第20話 命取りの油断。
肥沃山の戦いも一方的だった。
男はうまく会話を運んで、肥沃山に何があるかを探ると剛力のサシュが現れて、「やっと来たか!ここには聖剣を強化する聖鉄がある!それを手にして魔王様を脅かすつもりだな?」と言った。
男は白々しく「何!?それがあればブランドはもっと動けて、もっと沢山の魔物を葬れるようになるのか?」と言うと、それを聞いたパールは青ざめた顔をして、ライムはこの世の終わりのような顔でブランドを見る。
もうそこにブランドは居なかった。
ブランドは聖剣レイザーイに取り憑かれていて、魔物を退けて魔王を倒す為だけのキリングマシーン…殺戮兵器になっていた。
カパブリの神殿を出てからは、流石の男も同情してしまう程だった。魔物の気配を察知すると、我先にレイザーイはブランドを使い敵を殲滅してきた。
魔物が水中にいれば、不思議な力を駆使して無呼吸で潜り続けて、敵を倒すまで陸地に戻って来ずに、白く冷たくなったブランドが浮かんできて魔法で救い上げた。
魔物が空を飛べば、ブランドの口すら奪った聖剣レイザーイが、「空 飛ぶ 魔法 使ってくれ」と言い、男にウインドブラストを放たせた。
その戦い方はもう人のそれではない。
ウインドブラストで飛んだ≒吹き飛ばされたブランドは、飛行型の魔物を貫くと器用に動いて次の魔物を殺すが、最終的には落下をする。
落下をすれば受け身なんて取らずに、超高度から落ちてきたブランドは潰れたトマトみたいになるが、不思議な力で最低限の復元が済むと、「まだいる 飛ばしてくれ」と言って、敵がいなくなるまで飛ぼうとするし、現に飛んで潰れたトマトになる。
見かねた男が魔物を撃ち落とすと、ブランドはぐちゃぐちゃの身体で駆け出して魔物にトドメを刺してしまう。
そして終わると、ブランドは地獄の苦しみを味わいながら、パールのヒールでわずかばかりの治療を得てから箱詰めされる。
次に魔物が現れると箱を突き破って出てきて、魔物が居なくなるまで暴れ散らかす。
肥沃山までの数週間はブランドには地獄そのものだっただろう。
心が壊れたのか閉ざしたのか、ブランドはサシュを見て問答無用で斬りかかる。
サシュは嬉しそうに殴り返し、ブランドを引きちぎろうとするが関係なかった。
イリゾニアが死を認めない勇者ブランドは、首から上が千切れ飛ぼうが関係ない。
次の瞬間には辛うじて繋がった状態になり、千切れ飛んだのは目の錯覚だったのかと思わせてくる。
ただ勝利の為にブランドを使っていた。
サシュも負けじと岩を使ったり金棒を使ったりするが、戦いの流れはソシオと変わらない。
いずれブランドが勝ってしまう。
男はサシュが死ぬ前に聖鉄の話を引き出す事にする。
「剛力のサシュ!聖鉄はどこにある!?」
「うははは!お前達にはやらん!既に聖鉄は我が手中!そして強化に必要な深層水のある海底洞窟もスゥとエムソーが死守しておる!お前達はでも足も出せない!」
サシュは言うなり、肥沃山の火口目掛けて走り出して聖鉄を抱えて飛び込んでいく。
男は一瞬で様々な思案をした。
火口を凍らせる。
氷魔法のエンドレスフリーズならどうか?
だがエンドレスフリーズは、大気の魔法を集める為に発動までのタイムラグがあって時間がかかる。
術ならどうか?
可能だがここで見せるにはまだ早い。まだ魔王の前にエムソーとスゥが残っている。
ウインドブラストでサシュを持ち上げるか?
それをすると溶岩を持ち上げてしまってパール達が怪我をする恐れがある。
そんな中、聖剣レイザーイに支配されたブランドは、サシュを追って火口へと飛び込んでいた。
流石のブランドも新たな死の恐怖には抗えずに、自我を取り戻すと「嫌だぁぁぁぁぁ!!」と叫びながら火口へと落ちていく。
パールが「うわぁ」と言って青ざめた顔で火口を見て、ライムが「…聖剣の力って凄いのね」と言う。男は「…まあブランドも自分の願いで聖剣を求めたから、いいのかも知れませんね」と言って話を纏めてしまった。
数時間後、火口からボロボロで戻ったブランドは、ライムに聖鉄を渡すと倒れた。
多分両親でも自分の息子と見分けのつかない容姿になっていたが、不思議な力のおかけで見た目もなんとか元に戻ってくれた。
男の旅路はひどく快適になっていた。
足でまといのブランドが居ない。
魔物が現れると肉体の限界を超えて戦い、終わると箱に戻って物言わぬモノのようになってくれる。
パールもブランドの影響が少なくなった事や、これまでの活躍でカインへの認識を変えていて、肥沃山の攻略後には宿屋で「私ね、カインを知ってる気がするの。おかしいよね。今まで会ったこともないのにね」と話しかけてきていて、男は喜びをイリゾニアに悟らせないように「嬉しいです。この旅が終わってもパールさんとは仲良くしたいです」と返すと、「ライムも一緒に冒険しようよ」と言って穏やかな時間を過ごした。
その時の妻の顔はイリゾニアの外で出会った頃の顔だった。
これが油断に繋がったことを、男は酷く後悔した。
男はブランドへの警戒を一段も二段も下げてしまっていた。
元々の不遜な態度に加え、敵対していた上にイリゾニアの結末があったから警戒対象にしていたが、イリゾニアの意思と会い、無闇矢鱈な敵意が減った事、聖剣レイザーイを通しての、イリゾニアの意思がブランドを殺戮兵器に作り替えた事、パールが度重なる失態でブランドを軽蔑…否、嫌悪している事。
これらの要因から油断をしていた。
しかも旅は佳境だ。
水晶の谷はイリゾニアの意志もあってスルーできたので水晶竜との戦闘もない。サシュの言葉で深層水の名前も出てきてくれた。海底洞窟でスゥとエムソーを倒せれば魔王城へと繋がる魔法陣が解放される。
そもそも魔王城は大昔の人間の城だから魔法陣で繋がっている。
だがこれはデイドリーの王達も知らない古代の話。
聖剣レイザーイを強化できる鍛治王は流浪の人なので、たまたまデイドリーにやってきたところを捕まえればいい。これはイリゾニアならやるだろう。
本来ならヨチムーの街にある、超高性能の炉の代わりは男が魔法で勤めれば解決できる。
もう終わる。
この油断が文字通り命取りになった。
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