第17話 魔術の神の見解。
男は本の外に意識を向ける。
少し疲れた。
意識バランスを変更して、カインを1割で残りを本の外に向ける。
ライムとパールには「無理をしすぎて疲れました。少し半分眠る形で後を着いていきます。次はキチムーの街で情報収集ですよね?着くまでには元に戻る筈ですが、敵襲の時には僕の頬を叩いて起こしてください」と伝えておく。
男は今のうちに食事を済ませて仮眠を取る。
本の中はキチムーに向けて無事に進んでくれている。ブランドの治療は食事の時にパールがヒールをかけていて、ようやく人の形になってきたが煩いし、歩かせても碌な事にならないので、ライムが箱に押し込めて封をするとカインと引きずっている。
男は一度カインに戻ると「もう少しこのままでも良いですか?」と了承を得てから、外に出て魔術書の中に意識を分けて入る。
魔術書の中で、魔術の神は「ほう。分身術を応用して意識を分けて2冊に入ることもできるなんて優秀だな」と男を褒める。
「そりゃどうも」
「なんの用だ?俺はあっち側は見れないからな。伝心術を使え」
男が伝心術を使うと、魔術の神は不服そうに「魔術をなぜ使わない?」と聞いてくる。
「魔術理論を応用して魔法には使っている。ウインドブラストでの飛行と着地も、術知識が無ければやれないだろ?それに魔術は隠し球にしている。イリゾニアの中は初めに試したが、毎回襲われる度に敵の量や強さが前以上になるから、近々魔法の限界が来る筈だ。だが、だからこそ意見が欲しい。この状況はなんだ?あのブランドは何者だ?」
魔術の神は「なるほど」と言って笑うと、「まず一つ、イリゾニアは集合知だ。まあ厳密には知識とは違うが、沢山の人が読んだ物語を、改竄に近い状態で荒らすお前は倒すべき敵だ。だから世界が敵対をする。読んだ奴の中には、本来の勇者ブルガリと勇者クラムの愛を望むものがいる。だからこそ世界がそれを求める。お前がイリゾニアで散れば、イリゾニアは不思議な力で本来のカインを呼び戻すだろう。そうすれば帳尻は合う。まあ所詮は本の浅知恵だから、お前が外の人間だと話されても、異物だと理解しても、外の人間という理解は不可能なんだ。だから殺す事に躍起になっている。まあ気になるのは入本術をして登場人物になるなんてのは前例がない。お前の妻の影響かもしれないな」と言った。
「そういうことか、あの神子は?」
「あれこそイリゾニアの意思の一つ。本の作者、読者の意思の一つで、お前を受け入れることで物語を正常化させようとしている」
「最後はブランドだ」と言った男の質問に、魔術の神は不敵な笑みを浮かべて、「魔術書は他にもある。入門部分にはどうしても入本術なんかも載っている。それこそ不思議な力が起きたのだろうな。ブランドは別の本からイリゾニアに入ったんだろう。何の為かは分かりかねるが、あの弱さだと術も碌に扱えない。戦力外だな。まあ死なないから、魔物の群れに放って囮にでもすればいい」と言った。
「別のイリゾニアから来た男」
「そうだな。先を知る者、お前の邪魔になる存在だな。気をつけると良い」
話すことのなくなった男は、魔術の神に礼を言って魔術書を後にする。
魔術の神は楽しそうに、「入本術だけの力ではないが、それはまあいいだろう。奴を排除できない以上、その説明は不要だしな」と言うと、男のいた場所を見ていた。
本に戻ると、旅路はキチムーに着くところだった。
ブランドは箱の中で暑いだの丁寧に運べだのと煩かったが、全員で無視をしていた。
パールはライムと過ごす中でブランドに嫌悪感を覚えていて、ヒールも最低限で会話もなかった。
ナイメアでの日々が功を奏していた。
愛の力に目覚める為と言って、女を抱いていたのに何の力も示せずに倒されたブランド。
詭弁で逃げ出そうとした姿、メイジーの死、誰1人救えなかった事で、カインの存在を受け入れる気になっていた。
ブランドはキチムーに着くと、ようやく自力歩行が可能になっていた。
どこでどうしたら情報が回るのか不思議だったが、ナイメアの事は広まっていて不安がる人々を、ブランドが勇者として励ましていく。
その滑稽さにパールが嫌悪感を募らせて、軽蔑の目を向けながら「カイン、魔物を倒したのは自分ですって言いなさいよ」と言ったが、男は穏やかな顔で「いえ…適材適所ですよ。僕は魔物を倒しただけで、ナイメアの人達は救えませんでした。パールさんを助けられて良かった。それだけで十分です」と言うと情報収集に奔走した。
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