推しは人を酔わす
推しは人を酔わすものだ。
アルコールを一滴も入れていないのに、まるでお酒を飲んだときのような高揚感である。
……あ、私は未だお酒を飲めない年齢だけれども。
ともかく、推しは人を酔わすものだ。
たしか海外の研究で、推しのアイドル依存も、麻薬依存も原理は同じ、というような研究もあったと思う。
もちろん麻薬もやったことはないが、それは私において十分に実証されていると思う。
莉亜との打ち上げは、結局終電間際まで続いた。
ノンアルコールでこの時間まで店に居座り続けていた客は、間違いなく私たちだけだった。
女子大生二人の定番話題は恋バナなのかもしれないが、莉亜とは、アイラッシュの話しかしていない。
互いに、異性には興味はないし、もはや生身の人間に対する興味も薄れつつあるのかもしれない。
「はあ……さすがに眠い」
ダメな大学生の典型である私の生活リズムは、夜型だ。
それでも、零時を過ぎると、やんわりと睡魔が襲ってくる。
お喋りな莉亜と別れて、一人になると尚更だ。
地下鉄の長い階段を小走りで降りながら、ポケットからスマホを取り出す。
そして、充電のほとんど残ってないスマホにもう一仕事をさせ、電車の時刻表を確認する。
早稲田行きの終電は零時一三分。あと三分ある。
終電は大体定時に遅れるものだし、ギリギリだが間に合いそうだ。
東西線の駅のホームに着いたのは、目論見どおり、最終電車のヘッドライトが見え始めた頃だった。
これで無事家に帰れる。
私がホッと胸を撫で下ろしたその時――
「うぅ……」
真後ろで、女の人の啜り泣く声が聞こえた。
振り返ると、ホームのベンチに、泣いている女の人がいる。
顔を背もたれに埋めているため、私からは背中しか見えない。
シルクのブラウスの背中。
ベンチに乗っている脚から見て、華奢な、若い女性なのだということは分かる。
減速した電車の車体がホームに侵入する。
私は不安になる。
果たして、この泣いている女性は、最終電車が訪れたことに気付いているのだろうか。
本来駅のホームに人が残っているかどうかを確認するのは、駅員の仕事だと思うが、見渡す限り、周りに駅員はいない。
それに、ベンチの近くには、大きな柱もある。
正座をするような格好でベンチの上に収まってしまっている女性の存在が、見落とされてしまう可能性もある。
私は意を決する。
「あのぉ……すみません」
おそるおそる女性に声を掛けたものの、反応はない。
今度はそっと背中を叩いてみる。
「あのぉ……」
女性の背中がビクッと動き、女性の顔が背もたれから離れる。
――え!?
突然私に声を掛けられて驚いている女性以上に、私の方が驚愕した。
――何この子!? ものすごく可愛い!!
まず印象的なのは、目尻の垂れ下がった大きな目。この目を持っている時点で、この子はもう、私とは次元の違う生き物だ。
目だけではない。肌も綺麗だし、顔のパーツも全て収まるべきところに収まっている。
もはや「美少女」としか形容のしようがない。
涙のせいで目が腫れて、化粧がだいぶ崩れていたとしてもだ。
声を掛けてしまったことに罪悪感が湧いてくるほど、この子は尊い。
今はVRアイドルの追っかけをやってるけれども、私は、元々は三次元アイドル好きなのである。
こんな美少女を前にしては、思わずヨダレが出そうだ。
「……何?」
思わず私が言葉を失ってしまっていたので、女性は怪訝そうな顔をする。
――マズい。もしかしたらナンパか何かかと思われているのかもしれない。
あまりの衝撃に、私も、声を掛けた目的を忘れかけていたのだが、電車のドアがプシューと開く音が背後から聞こえて、何とか思い出せた。
「……今来てる電車、終電なんだけど……」
「え!? 本当!?」
やはり女性は気付いていなかった。
私が声を掛けてボディータッチまでしてしまったことは、何とか正当化された。
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