バーチャル

「果乃! 今日のライブ映像、もうアップされてるよ!!」


 大手町にある、昼は喫茶店、夜はバーという、女子会向きのオシャレな店。

 アイスティーのグラスを左手に持ち、右手でスマホを弄っていた軽部かるべ莉亜りあが、興奮混じりに、私に報告する。



「え!? 本当!?」


 チーズタッカルビを突いていた私も、フォークを置き、すかさずスマホを拾い上げる。


 島の高校を卒業した私は、決意を抱いて、というよりも、やむをえず、島を離れ、内地で暮らし始めた。


 大学に進学するためである。

 島には大学は1つもないのだ。



 私が妃芽花に唯一勝っている点があるとすれば、それは勉強ができることだった。


 特に将来やりたいことがあるわけではなかったが、両親からの強い勧めによって、東京の大学に進学した。いわゆる「一流私大」に属する大学だ。


 学部は、親から「潰しが効く」と勧められるままに、法学部にした。



 東京には誘惑が多い、というと月並に聞こえるかもしれないが、私にとっての最大の誘惑は、アイドルだった。


 元々そういう素養があるのだ。


 島で、不向きながらもアイドルを続けられたのは、アイドルが好きだったからだし、キャンディー・クルーズの解散後も、島に残った私は、女性アイドルの動画ばかり見ていた。



 上京した私がハマってしまったアイドルは「アイラッシュ」である。


 アイラッシュは、女性5人からなるユニットであるが、「普通」のアイドルではない。


 VRアイドルなのである。


 すなわち、ステージで踊るのは、生身の人間ではなく、3DのCGであり、ファンは、VRゴーグルを装着しながら、ライブを見る。


 メンバーそれぞれに中の人がいて、歌もダンスもトークも中の人が行っているのだが、ファンは、中の人の顔を知らない。


 そういう新しい形態のアイドルなのである。Vtuberのアイドル版といえば伝わりやすいかもしれない。



「本当だ! もう上がってる! 運営超優秀じゃん!」


 公式YouTubeに、つい数時間前に私と莉亜がステージで見たばかりのパフォーマンスがアップされている。


 私は、周りの飲酒客の騒々しさに掻き消されないように、スマホの音量をMAXにして、動画を再生する。



 曲名は「バーチャル」。


 アイラッシュの代表曲である。



 ステージに、それぞれのイメージカラーを身に纏ったVRアイドル4人が、凛と立つ。



 青色担当は、ユウキ。丸顔で愛嬌のあるルックスで、歌唱力はメンバー1。



 緑色担当は、ミマ。背中まで伸びるロングヘアーが特徴の綺麗なお姉さん。莉亜の推しメンである。



 紫色担当は、スミレ。普段はおとなしいタイプだが、ステージの上ではキレキレのダンスを見せる。



 そして、私の推しメン――白色担当のシオンだ。ミステリアスな雰囲気をまとった色白の少女である。



 アイラッシュは本来は5人組であるが、今日は、ピンク色担当のヒナノは「体調不良」で急遽休みであった。



 一音一音を刻むようなシンセサイザーのイントロ。先ほどまでその最中にいた興奮がまた蘇ってくる。


 スネアドラムの音と一緒に、メンバーのダンスも始まる。

 身体全体を使った伸びやかなダンス。



 よく勘違いされがちなのだが、予め作られた映像が流されているわけではない。


 メンバーの中の人は、ステージにはいないが、その裏側でリアルタイムで踊っている。


 その動きが、中の人の身体に付いているモーションキャプチャーによって、ステージの上のVRアイドルにそのまま反映される。


 動きだけではない。表情もそうである。


 特殊なカメラが中の人の表情を読み取り、それに合わせてVRアイドルも目を見開いたり笑ったりする。



 要するに、VRアイドルのライブも、生身のアイドルのライブ同様、その場限りのものなのである。同じライブは一つとして存在しない。



 イントロのダンスが終わり、まずはユウキがマイクを口元に持ってくる。



〜生まれた時から私はバーチャル〜

 


 伸びのある力強い歌声。生歌である。


 アイラッシュのメンバーは、基本的に声の加工は行わず、ステージでは生歌を披露する。


 基本的に、と言ったのは、例外があるからだ。



〜現実を茶化しながら

 もがく人を嘲笑いながら〜


 機械的に加工された、甲高い声。


 シオンのパートだ。


 アイラッシュで唯一シオンだけは、常にボイスチェンジャーを使っている。


 ファンの中にはそれを嫌がる人もいないではないが、どちらかというと肯定的なファンが多い。音楽の世界観が広がる、と考えているのだ。


 もちろん、シオン推しの私は、ボイスチェンジャー肯定派である。


 シオンのミステリアスな雰囲気にも合致していると思う。



 曲はサビに入る。メンバー全員のユニゾンだ。



〜それでもバーチャルを愛して欲しい

 それは私じゃないけれど

 バーチャルを愛して欲しい

 それは私が作ったバーチャル


 だからバーチャルを愛して欲しい

 それが嘘で塗れていても

 バーチャルを愛して欲しい

 その中にしか私はいない〜


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