ハグ魔でもキス魔でもない

 真央李は、ジョッキ半分くらいのシャンディガフを一気に口に流し込んだ。



「ねえ、鬼プロデューサー」


「誰が鬼プロデューサーじゃ」


「ねえ、鬼風華」


「鬼を取れ。鬼を」


 真央李と風華は仲が良さそうである。


 というより、アイラッシュは、スタッフである風華も含め、メンバー全員が友達みたいだ。



「風華的には、かのちゃんはどう? 新メンバーとして合格?」


「悪くないかな」


 風華は、私の方を見ないまま答える。


 私としては、今日はただの「見学」のつもりだった。


 しかし、レッスン後の「歓迎会」で「特技」を披露したことで、早速査定が始まってしまったようだ。


 アイラッシュの新メンバーになりたいのかどうか、私の中でもまだハッキリと結論が出ているわけではないが、プロデューサーに認めてもらったのは、率直に嬉しかった。



「だよね。私もかのちゃん良いと思う」


 どうやら真央李も私のことを認めてくれたようだ。そのことももちろん嬉しい。



「まあ、一緒にお酒が飲めないのは残念だけどね」


 ちなみに、今カラオケボックスにいる中で、お酒を飲めない年齢なのは私だけのようだ。

 真央李は相当な酒豪に見えるし、風華もそれに張り合うようにして飲んでいる。

 なずなと凛奈もカクテルを注文しているし、見た目的には私よりも幼く見える珠里も、黙々とレモンサワーを飲んでいる。



「珠里はどう?」


「……え? わ、私?」


「かのちゃんのことどう思う?」


「良いとは思うけど……」


「真央李、ちょっと待って」


 今度は凛奈が真央李を諌める。



「果乃を新メンバーにするかどうかは、平場で決めるべきことよ。明日ミーティングがあるんだから、そこでちゃんと決めましょう」


 レッスン後、なずなも言っていた。「かのちゃんの運命は、明日のミーティングで決まるよ」と。


 なずなの話によれば、アイラッシュは、月一の定期ミーティングを、メンバー全員と主要スタッフとで開催し、今後の運営について話し合っているらしい。


 そのミーティングが、明日なのだ。



「かのちゃ〜ん」


 私の隣に座っていたなずなが、突然私に抱きついてくる。


 お酒が入っているためか、いつも以上にハグのタイミングに脈絡がない。

 


 なずなは、私を覆うように抱きしめると、私の頭を撫で撫でする。

 まるで飼い猫のような扱いだ。



「かのちゃん、私は複雑な気持ちだよ」


「複雑な気持ち?」


「かのちゃんは私のTOなんだから。いくらアイラッシュのメンバーになってもらうためといえども、TOを差し出すのは心苦しいよ」


「でも、仮にアイラッシュのメンバーになれても、私はずっとシオンのファンだから……」


「かのちゃん、大好き」


 突然、視界が遮られる。


 私の目と鼻の先に、なずなの顔が迫っている。


 なずなは、私にキスをしようとしているのだ。


 いくら同性同士だからといって、それはさすがに――



 なずなの艶やかな唇が、私の唇に触れるほんの直前で、なずなの顔が離れる。



「……かのちゃん、今はやめておくね。みんな見てるから」


 なずなはそう言って天使の微笑みを見せる。


 私の心臓の高鳴りは止まる気配がない。



「……え!? なずなとかのちゃんってデキてるの!?」


 唖然とする真央李に、なずなは、囁き声で、「内緒だよ」と答える。



 唖然としているのは真央李だけではない。


 他のメンバーも、風華も、目を見開いているのである。



 仮になずなが普段からハグ魔でキス魔だったら、周りはこのような反応をしないだろう。



「私、誰彼構わず抱きついてるわけじゃないからね?」というなずなの言葉が思い出される。



 なずなは私のことをどう思っているのだろうか――



 明日のミーティングの結果と同じか、それ以上に、私はそのことが気になって仕方なかった。

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