ムードメーカー
「かのちゃん、すごーい!」
「完全にスミレだったね!」
「果乃、今度はシオンをやってよ!」
この「特技」をまさかご本人たちの前で披露する羽目になるとは、思ってもみなかった。
アイドルファンを長年続け、ライブ動画を繰り返し見ることによって身に付けた「特技」――アイドルモノマネ。
歌とダンスの特徴を掴み、それを若干大袈裟に表現するもので、オフ会での鉄板ネタである。
「シオンはボイスチェンジャーを使ってるから、難しいんだけど……」
とはいえ、私の推しメンである。
似せ方は研究している。
私はカラオケのリモコンを操作し、シオンの声にもっとも近い「女声テクノ」に設定し、ビブラートも調整する。
「曲はこれかなあ」
アイラッシュも少しずつメジャーになってきていて、カラオケには、機種によるが、最近の曲を中心に、二十曲程度の登録がある。
私は、その中から、シオンのソロパートの多い「エレクトロアイランド」をチョイスする。
この曲は、イントロが無く、シオンの歌い出しから始まる。
私は、ぎゅっとマイクを握り締める。
〜 Twinkle Wonder キミの瞳に Sparkle Soler 夢の島〜
「すご〜い! 私だ!! かのちゃんにこんな特技があるなんて!! どうして今まで私に隠してたの!?」
隠していたも何も、こうしてカラオケにでも行かない限り、披露する機会がないのである。
まさかアイラッシュの中の人とカラオケに行けるだなんて――
それだけでもう夢のようである。
私は、薄暗い部屋の中、シオンになりきって歌って踊りながら、感慨に耽る。
「エレクトロアイランド」を歌い終えると、拍手の音とともに、私の目の前に、金色の液体が入ったジョッキが差し出される。
「これって……」
「シャンディガフだよ」
ジョッキを私に差し出したのは、ユウキの中の人――
真ん丸の顔と真ん丸の目が特徴の美少女だ。シースルーの薄着から露出する白い肩に思わず目を奪われる。
アイドルをやる前は、大手メイドカフェで働いていて、人気ナンバーワンだったらしい。
アイラッシュの中の人は、つくづく強者揃いである。
「ビール?」
「違うよ。シャンディガフ」
「……本当にビールじゃないの?」
「すごく甘いよ」
「ちょっと、真央李、やめなよ。果乃が困ってるじゃん」
この空間で一番の年長者である風華が、私からのSOSに気が付く。
「シャンディガフは、ビールをジンジャーエールで割ったものでしょ。まだ十九歳の果乃には飲ませちゃダメ」
「うちのプロデューサーは厳しいなあ」
「私が厳しいんじゃなくて、法律だから」
風華に諌められて、真央李は、真ん丸のほっぺをさらに丸く膨らませる。
そして、「仕方ないな。これと交換ね」と、私にオレンジジュースを差し出し、自らはシャンディガフに口を付けた。
おそらく、アルハラの下りは、ジョークであり、最初からそうするつもりだったのだ。
真央李は、お茶目であり、いわゆるムードメーカーだ。
ただ、それだけではない。
なずなの予告どおり、定刻から三十分遅れでレッスン場にやってきた真央李だったが、ダンスのキレはピカイチだった。
モノが違う、と思った。
曲が始まった途端、真央李は、自らの世界に没入し、全身で表現をする。
モーションキャプチャーでは捉えきれないであろう動きも多々あり、VRにしてしまうのは、あまりにももったいない。
ともかく、これだけ踊れるがゆえに、真央李はレッスンに遅刻しても許されているのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます