あどけない少女

 レッスン場は、バスケットボールのコートくらいの広さがあり、奥の壁が全面鏡張りだった。


 キャンディー・クルーズのときは、会議室を借りて練習をしていたので、こういうレッスン専用のスペースにはずっと憧れていた。


 レッスン場に到着した三人を迎えてくれたのは、あぐらをかいて座っていた二人の女性である。



「おお、噂の新入りちゃんね」


 そのうちの一人――ストリート系のキャプを被った女性、私を見つけるや、私に手を振る。

 私は小さく手を振り返しながら、凛奈も言っていた「噂」とは一体どういうものなのか若干不安になる。



「私、アイラッシュのプロデューサー兼マネージャーの新家しんや風華ふうか。よろしくね」


 この女性はメンバーではないようだ。たしかに歳は一回りくらい上に見える。



「私、早宮果乃といいます。今日は見学させていただきます。よろしくお願いします」


「かのちゃん、敬語禁止なんだけど」


 なずなはすかさずツッコんだものの、同世代のメンバーと、年上のプロデューサーとでは話が違うのではないだろうか。


 そんな私の心の声を読んだのか、なずなが「アイラッシュは、プロデューサー含めて上下関係なしだからね」と説明する。


 風華も、「そういうこと。かのちゃん、私のことオバサン扱いしないでね」と、笑う。


 屈託のない笑顔から、良い人さが滲み出ているように見えた。



 レッスン場にいたもう一人は、おそらく私と同世代の少女である。


 間違いなくアイラッシュのメンバーだろう。例に漏れず、超絶可愛い。


 体型は小柄で、顔はあどけなく、思わず庇護欲を駆り立てるようなルックスである。



「わ、私、琴平ことひら珠里じゅりといいいます。よ、よろしくお願いします!」


「ちょっと、じゅりちゃん、どうして敬語なの?」


「……え? だ、ダメなの?」


「ダメ」


 珠里は、目をパチパチさせる。


 若干だが、挙動不審である。


 それも含めて、愛おしくてたまらないのだが、はてと私は疑問に思う。


 あれ? アイラッシュのメンバーに、こんな感じの子いたっけ?



「じゅりちゃんは、緑色担当ミマの中の人だよ」


「ええ!?」


 失礼かもしれないが、思わず感嘆の声を上げてしまう。


 莉亜の推しメンであるミマのキャラクターは、目の前の幼なげな少女とは真逆で、気の強いお姉さんタイプである。


 それに――



「……身長が違うよね?」


 ミマはアイラッシュで一番の高身長である。



「さすがかのちゃん、よく気付いたね。じゅりちゃんがミマをやるときは、身長を変えてるんだ。私がシオンをやるときに声を変えているように」


 それは知らなかった。


 ただ、言われてみるとたしかに技術的には可能なのだろう。髪型や体型も変えられる以上、身長くらいは簡単に変えられそうである。



 口には出さないが、珠里に対してはもう一つ疑問を抱く。


 たしか、なずなは、アイラッシュの中の人は、全員が元アイドルと言っていたはずだ。


 しかし、ミマの中の人である珠里のルックスは、完全にアイドルのそれである。

 むしろ、中年男性ウケしそうなあどけなさを加味すると、この空間にいる誰よりもアイドルっぽいルックスだ。


 アイラッシュは、VRアイドルであるにも関わらず、顔採用なのだろうか、などと勘繰ってしまう。 



 だとしたら、私は――



 パチンと手を叩き、プロデューサーの風華が場を仕切る。



「それじゃあ、人も揃ったし、早速レッスンを始めるよ! かのちゃんの歓迎会はレッスン後で!」


 私は首を傾げる。



「……あれ? ユウキは?」


「ユウキの中の人は遅刻常習犯だから」


 なずなが答える。



「三十分遅れで来たら良い方かな。ライブとかイベントには遅れずに来るんだけど」


 「とはいえ、いつもギリギリだけど」と、凛奈。



 レッスン場に来てわずか数分であるが、やはりアイドルの裏側は知らないことばかりだ、と私は思う。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る