金髪美女

「なずなちゃん、私、本当に行かなきゃダメ?」


「かのちゃん、この土壇場で何言ってるの?」


 たしかに土壇場も土壇場だ。私はなずなに連れられて、アイラッシュのレッスンが行われるビルの前まで来ていた。


 そして、二人は今、四階のレッスン場に向かうエレベーターに乗り込んだところだった。



「私にはやっぱり無理だよ。もう帰ろうかな」


「何言ってるの? 絶対に帰らせないから」


 そう言って、なずなが「閉」ボタンを押そうとしたところで、


「待って!」


とエレベーターに駆け込んで来る女性がいた。



――なんて綺麗な人なのだろう。



 シルクのように美しい金髪のロングヘア。リカちゃん人形のような小顔に抜群のスタイル。優しく撫でたくなるような長いまつ毛。


 私は、「自らの危機」も忘れ、その女性に見惚れてしまう。顔面が強い子に出会うと目と心を奪われてしまうのは、アイドルファンの悪い癖である。



 美女がエレベーターに乗り込む。狭い空間に、甘い香水の匂いが充満する。



 エレベーターのドアが閉じるやいなや、美女の妖艶な唇が動く。



「なずな、その子が噂の新メンバー候補かしら?」


「そう。かのちゃんだよ」


 Tシャツに短パンという軽装であることから覚悟はしていたが、やはり、この美女は、レッスンに訪れたアイラッシュのメンバーで間違いないようだ。



「はじめまして。私、勅使河原てしがわら凛奈りんな。アイラッシュの紫色担当スミレの中の人」


 心の中で納得する。

 髪色は全く違うが、凛奈は、クールビューティーなスミレとイメージが重なる。



「はじめまして! 私、早宮果乃といいます! 今日はレッスンを見学させていただきます!」


「かのちゃん、そんなに固くならなくて良いわ。アイラッシュには、先輩後輩とかないから」


「はあ……」


 私が敬語を使ったのは、凛奈が先輩だから、ではない。凛奈がアイドルで、私がそのファンだから、である。



 なずなが、人差し指と人差し指で罰を作る。



「かのちゃん、そういうわけだから、今日は敬語は禁止ね」


「……分かった」


「というか、たしか私には最初からタメ口だったよね?」


「なずなちゃんは親しみやすかったから……」


「私ってそんなに親しみにくいかしら?」


 凛奈がボソリと言う。



「いえいえ、凛奈さん……いや、凛奈ちゃん、そういう意味じゃ……」

 

 ピンポーン――



 私の弁明を妨げたのは、エレベーターの到着音である。



 これから、アイラッシュの中の人にあと二人も会わなければならないのだ。楽しみ以上に、気が重い。


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