一体になる

 なずなのパジャマは、なずなの匂いがする。


 それを身に纏えただけで、なずなと一体になれたようで、私は幸せな気持ちになる。



――これからもっと一体に、これからもっと幸せになれるのだ。



 まさに一日千秋の思いで、私はベッドに腰を掛け、両脚をブラブラさせながら、なずなが部屋に現れるのを待つ。



 私が先にシャワーを浴び、なずなが今、お風呂場にいる。


 ブォーンというドライヤーの音が聞こえるので、もうそろそろなずなの支度も終わるのだろう。



「……ああ。もう。本当に心臓がもたないよ」


 なずなのベッドは、窓に面して設置してある。


 私は、窓の外の景色でも見て気持ちを落ち着けようと、カーテンを開ける。



――あれ? これは何だろう?



 私の注意を引いたのは、窓の外の景色ではなかった。


 窓辺に置いてある小瓶である。


 私はそれを、親指と人差し指で拾い上げる。

 


 薬局でよく見かける、薬の入った瓶に見えるが、ラベルは貼っていない。



 透明な瓶から透けて見えるのは、二十錠ほどの錠剤。



 一体何の薬だろうか。



「かのちゃん、お待たせ!……何見てるの?」


 予期せぬタイミングでネグリジェ姿のなずなが現れたので、私はビクッとする。


 なんとなく決まりが悪くて、私は瓶を背中に隠す。



「なんでもないよ!」


 無論、隠し切れてなどいなかった。



「かのちゃん、それは睡眠剤だよ」


「睡眠剤?」


「ほぼ毎晩飲んでるの」


 予想外の回答だった。

 なずなの性格は、溌剌として明るく、そういうものに頼っているイメージはなかったのである。



「こう見えて、昔色々あってね」


「……昔?」


「昔アイドルをやってた時に……」


 なずなは私の手から小瓶を取り上げる。



「なずなちゃん、アイドルをやってた時に何があったの?」


「……今話す内容ではないかな」


 なずながそう言う以上は、今深掘りするのは適切ではないのだろう。

 とはいえ、そう簡単に、頭の中から排除できることでもない。


 私の考えによると、実物アイドルでも十二分に通用するルックスのなずなが、あえてボイスチェンジャーを使いながらVRアイドルをやっているのは、過去にやっていたアイドル活動を隠したいから、なのである。


 なずなのアイドル時代に何があったのか。


 いつかそのことを、なずなが私に話してくれる日は来るのだろうか。



 なずなは、ベッドに座ると、小瓶を高く持ち上げ、ルームライトで照らす。


 なずなは、瓶を傾けながら、中身の錠剤をじーっと観察している、ように見えた。瓶の中で錠剤が転がり、ジャラジャラと音がする。



「……言っておくけど、なずなちゃん、私、中身は何も弄ってないよ」


「本当に?」


「本当だよ!」


「怪しい……」


「私を信じて!」


 なずなとしては冗談のつもりだったのだろうが、私が躍起になってしまったので、いつものようになずなが笑う。



「かのちゃんを揶揄うの面白い」


「なずなちゃん、やめてよ……」


 なずなは小瓶を窓辺に置き直すと、私の肩をそっと抱く。



「今日は睡眠剤は要らないかな」


「どうして?」


「かのちゃんが私の心を満たしてくれるから」



 なずなが、私をベッドに押し倒す。


 少し乱れたなずなの息が、直接私の顔に降りかかる。


 なずなの下で、私は訊く。



「……私が毎日なずなちゃんのおうちに泊まれば、なずなちゃんは睡眠剤をやめられる?」


「どうして?」


「私、なずなちゃんにはそういうものに頼って欲しくない。……代わりに私に頼って欲しい」


「ありがとう」


 でも、となずなは言う。



「かのちゃんと一緒だと、むしろ、毎晩寝れなくなっちゃうかも」

 

「もう」


 私は、私に覆い被さる華奢な美少女を迎え入れる。



 しばらく互いの唇を貪り合った後、なずなが電気を消す。



 そして、私のパジャマをボタンを一つ一つ外す。



 私も、なずなのネグリジェをゆっくりと脱がす。



 女の子の肌は、柔らかい。


 重なり合うと、反発することなく、互いに吸い寄せられていく。


 

 シングルベッドの上で、私たちは、ついに一つになる。



「なずなちゃん、大好き」


「シオンと私、どっちが好き?」


「うーん、両方好き。だって、両方なずなちゃんだから」


「そうかな?」


「そうだよ……アッ……なずなちゃん、ダメ……」



 快楽と幸福の絶頂。



 このまま一晩中、いや、永遠になずなと一体になっていたい、と心から思った。

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