重要な話

「まあ、ともかくかのちゃんが元気で良かったよ。今回の件でかのちゃんが他界しちゃったら、私、どうしようかと思ったよ」


 「他界」とは、大袈裟である。……ここでいう「他界」とは、文字どおりではなく、シオンのファンを辞めることを指すのだが、そうだとしても大袈裟である。



「心配しないで。私はずっとシオンのファンだから」


 なずなが、座布団に座ったまま、ポンっと私の肩を叩く。



「頼むよ。かのちゃん、かのちゃんは私のTOなんだから」


「TO……」


 これまた大袈裟である。


 「TO」とは、「トップオタク」の略で、要するに、シオンのファンの中で一番という意味である。


 シオンのファンの中には、私よりも足繁くイベントに通っている人もいるし、私よりもジャバジャバとお金を使っている人もいる。


 私には、自分が一番だなんて自覚はない。



「なずなちゃん、やめてよ! 私、シオンのTOなんかじゃ……」


「TOが誰かは私が決めるの!」


「でも、私なんかよりシオンで強いファンの人たくさんいるから……」


「じゃあ、かのちゃんは、楠木なずなのTOね」


「え!? 絶対違う!」


 私は顔の前で両手を振る。



「冗談だよ。私はただの中の人で、アイドルじゃないから」


 なかなかドキッとさせることを言ってくれる。


 なずなの一番になれることは、シオンの一番になれること以上の栄誉であるように思えた。



「かのちゃん、反応可愛いね」


「……や、やめてよ。私をおもちゃにしないで……」


 その私の反応にもなずなはご満悦のようで、口に手を当ててうふふと笑っている。



「それより、なずなちゃん、たしか、私に話したいことがあるって……」


 何とかして話題を変えなければと思っていたところ、そのことを思い出した。


 なずなは配信でも、「かのちゃんに話したいことあるんだけど、どうすれば良い?」と言っていたのである。



「そうそう! かのちゃん、とても重要な話があるの」


「……重要な話?」


 なずなの次の一言は、たとえどんなに心の準備をしていたとしても、耳を疑ってしまう内容だった。



「かのちゃん、アイラッシュに入らない?」



 私がアイラッシュに入る……



 ええっっ!!!??



「え、あ、その、なずなちゃん、それは、その……え?」


「かのちゃんのリアクション最高」


 なずなが腹を抱えて笑い出す。


――なるほど。そういうことか。



「なずなちゃん、それって、私の反応を楽しむためのドッキリだよね?」


「そんなわけないでしょ」


 なずなはピシャリと言う。



「ガチの勧誘だよ。アイラッシュに欠員が出ちゃったからさ」


 欠員とは、言わずもがな、自殺した皐月のことである。

 ヒナノは今、「体調不良によりしばらく休養」という扱いになっている。

 その休養が明けることがないことは言うまでもない。



「……ど、どうして、私なの?」


「私のお気に入りだから」


 なずなはサラリと言う。



「いや、でも、なずなちゃん、私、ただのファンだから……」


「かのちゃん、ダウト」


「……え?」


「かのちゃんは、今や売れっ子アイドルである大椿妃芽花とデュオを組んでた元アイドルだよ」


……そういえば、なずなを泊めた夜、なずなに部屋の写真を見られてしまったのである。



「ちなみに、私、YouTubeに上がってるキャンディー・クルーズの動画は全部見たから」


「なずなちゃん……私の黒歴史漁らないで……」


「黒歴史なんかじゃないよ! かのちゃんは立派なアイドルだった! 歌もダンスも良かったよ!」


 妃芽花とのツーショット写真を部屋に飾っていたのは、あくまでも妃芽花のファンとして、という感覚であった。

 ゆえに、YouTubeにキャンディー・クルーズのライブ動画がアップされていることはもちろん知っていたが、決して見返すことはない。



「なずなちゃん、お世辞はやめてよ」


「お世辞じゃないよ! それに、お世辞じゃ勧誘なんかしないよ。アイラッシュはパフォーマンスが売りなんだから!」


 そこまで言われてしまうと、ぐうの音も出ない。



 もちろん私はアイラッシュのファンであり、アイラッシュが大好きだ。


 なずなのことも大好きである。


 なずなと一緒にアイラッシュのメンバーとして活動できるだなんて、夢のような話である。願ってもいない話だ。



 とはいえ、なずなの勧誘を承諾するのは、あまりにもハードルが高い。


 今まで封印し続けていた「私」を解放することは、そう簡単なことではない。



「とにかく、かのちゃん、まずはメンバーとの顔合わせね! 今日の午後、レッスンがあるから、私についてくること。オーケー?」


「え!? メンバーと!?」


 それは、ミマの中の人、スミレの中の人、ユウキの中の人とのご対面ということか。私にはあまりにも荷が重い。



「かのちゃん、オーケー?」


「え?……いや、えーっと……」


「オーケーだよね? ね?」


 推しの押しはあまりにも強過ぎる。



「……見学だけなら……」


「かのちゃん、大好き!!」



 なずなの腕の中で、私は自問自答する。



 推しのお願いを断れるほど、ファンは偉くはない……


 ということで本当に大丈夫かな?

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