LAST DANCE

《ノアの方舟》

 ピーピーピーピー


 耳をつんざくような超高音。


 「秘密の花園」である楽屋にいた十三名のアイドルたちは、ある者は驚いて椅子から転げ落ちそうになり、ある者はヘアアイロンを動かす手を止めて顔を顰める。



 やがて、一人のアイドルが、音の正体に気が付く。



「これ、下の階の火災報知器のブザー音じゃない?」


 たしかに、そのけたたましい音が聞こえるのは、楽屋の足元からである。



「誤報かな?」


 別のアイドルがそう言った。


 しかし、その子とは別のアイドルが指摘する。



「そういえばさっき、変な音がしなかった? ドーンって、なんか物が落ちるみたいな」


 その音は、イヤホンで音楽を聴いていた一部の者を除き、みんな聞いていた。



 そんな話をしている間にも、火災報知器のブザー音は一向に鳴り止む気配はない。



 ピーピーピーピー



 ついに、あるアイドルが、


「なんか焦げ臭い臭いがする」


と気が付いた。



 その一言で、楽屋の緊張感が一気に高まり、破裂する。



「逃げなきゃマズいよ!」


「みんな早く!」


 楽屋の狭い出入り口に、一気に大勢のアイドルが集中する。


 楽屋を出て、廊下に至ったアイドルは、火災報知器が誤報ではないことをすぐに確信した。



 下り階段から、黒い煙が立ち込めているのである。



 消防法上、別に非常階段が付けられていて然るべき

なのだが、誰も見つけることはできなかった。


 ここは最上階の八階である。窓から飛び降りるという選択肢もないだろう。



 すると、当然、次にアイドルたちが殺到するのは、一台しかないエレベーターである。



 一番初めにエレベーターのドアの前に立ったアイドルが、バンバンとエレベーターのボタンを連打する。


 しかし、それを嘲笑うかのように、フロア表示はノロノロと動く。



 アイドルでギュウ詰めになった狭い廊下では、人間の体温とは明らかに別の熱気が迫ってきていた。火である。



 そこにいるアイドルの多くが、十代の少女である。

 皆泣き出し、喚き、中には気を失う者もいた。



「早く! どうしてエレベーターが来ないの!? 早く!」


「助けてー! 暑いよー!」


「私死にたくないよー! ママー!」



 彼女たちが先ほどまでいた「秘密の花園」とはまるで違う、「地獄」の光景が繰り広げられる。



 階段からはついに赤い炎も見え始めている。


 熱気と煙で、上手く呼吸もできなくなってくる。



 もう残された時間はほとんどない。


 この極限的な状況下において、かろうじて冷静を保てていたわずかな者は、残酷な現実に気付いていた。


 それは、彼女たちにおいて、ということである。



 生存するためには、次に来るエレベーターに乗らなければならない。


 しかし、エレベーターの定員は七名。華奢の少女たちの集まりであることを考えても、限界まで詰め込んでがリミットだろう。



 八階にいるアイドルは全部で


 

 「ノアの方舟」は、ここにいる全員を乗せるには、少しばかり小さ過ぎるのである。

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