タオル

 ピンポーン――


 インターホンの音がしたものの、しばらく待っても、何の反応もなかった。



「留守なのかな?」


「分からない。もう一回押してみるね」


 なずなの細い指が、もう一度インターホンのスイッチに伸びる。


 ピンポーン――



 またしばらく待ってみたが、何も反応はなかった。



「きっと留守なんだよ」


 というより、どうか留守であって欲しいという思いである。「最悪の事態」だなんて、本当に勘弁して欲しい。



「皐月は出不精なんだよね」


 なずながそうは言うものの、出不精の人も、コンビニに買い物に行くことくらいはあるだろう。



 なずなはさらにもう一度インターホンを押す代わりに、今度はドアノブを捻り、引いた。



 当然、ドアは動かない――ものと思っていた。



 もっとも、実際にはドアはスーッと開き、少し開いたところで、何らかの抵抗する力によって、バチンと止まる。


 ドアの鍵は開いていた。


 しかし、チェーンロックが掛かっているのである。



「内側からチェーンが掛かってるということは、皐月は中にいるということだね」


 論理的には、なずなの言うとおりである。チェーンを掛けた状態で外出することは不可能だ。



「ドアノブを持ってて」


「うん」


 私はなずなの指示どおり、ドアノブを持つ。試しに思いっきりドアを引いてみたが、やはりチェーンの抵抗に遭い、僅かにしか開かない。


 なずなは、その僅かな隙間に顔を突っ込む。



「皐月! いるんでしょ!? 皐月!」


 部屋にいる者には間違いなく聞こえる大きな声。



――しかし、何の反応もなかった。



「かのちゃん、部屋の中を見てみて」


「うん」


 今度も私は素直に指示に従う。ドアを引っ張る立場をなずなに引き継ぐと、先ほどのなずなのように、僅かな隙間から部屋の中を覗き込む。



 まるでモデルルームのように、何もない部屋だった。



 靴箱に収納されているのか、玄関には靴は無く、廊下にも何も物は置かれていない。その先のワンルームに関しても、少なくとも視界に入る範囲では、フローリングの床以外には何も見えない。


 皐月はよほどの綺麗好きなのだろう。



 それはともかく、大事なことは、皐月の姿はどこにも見えない、ということである。



「……皐月ちゃんはいないね」


「……かのちゃん、ベランダを見てみて」


「え? ベランダ?」


 間取りは非常にシンプルなワンルームである。玄関、廊下、居間が一直線に並んでおり、居間と接続しているベランダまで、ドアの隙間から見通すことができた。



 ベランダには、洗濯物と思われるタオルが干してある。真っ白なタオルである。



――否、真っ白ではない。


 あれは――



「血?」


 タオルの中央部分が赤く汚れているのである。


 私は、頭を金槌で打たれたような強い衝撃を受ける。



 仮に、あの汚れが血だとすれば、それは明らかに新しいものである。あの色は乾いた血の色ではない。真っ赤な鮮血の色だ。



「な、なずなちゃん……あ、あれは……」


「……かのちゃん、落ち着いて」


 かく言うなずなも決して冷静ではない。


 ドアノブを握る手は、大袈裟に見えるまでにプルプルと震えているのである。



「皐月はお風呂場にいるのかもしれない」



 お風呂場――その場所が何を意味するのかは、私にも何となく分かる。



 なずながドアをバタンと閉じる。



「かのちゃん、もしかするとベランダの窓の鍵が開いてるかもしれない。急いで裏に回り込んでみよう」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る