第九話 決意
「ごめん……負けた」
「負けてないわ。あいつがずるいだけよ」
そんなことは無いことぐらい美澄さんにも分かってるだろうに。
正々堂々戦って負けたんだ。
「今、膝枕されてる?」
「お気に召したかしら?」
「すごく幸せを感じてる」
「現金なのね」
顔にかかってた髪を優しく払われる。
見つめられた美澄さんは相変わらず無表情な筈なのに、泣きそうな顔だと思った。
「美澄さん。こんなこと今更言っても説得力無いかもしれないけど」
「聞かせて」
僕は一度瞼を閉じる。
深呼吸をする。なんか肺が痛いんだが。内臓は無事だよね? 無事じゃなかったらリュークの野郎許さん。
目を開きしっかり美澄さんの目を見る。
「チャンスをください。アイツに勝つためのチャンスを僕にください」
「……どうして? だって、あんなに傷付いて」
ああ。本当に泣きそうだ。
僕は軋む腕を動かして、彼女の顔を撫でる。
見えない涙をぬぐってやらないと。
いつまでも泣き止んでくれない。
「君を泣かせたくない」
「……っ」
「後悔させたくないんだ。この選択を」
「もう、いいのよ。我儘だったの。もう普通の学生に戻りましょう? アジトは好きにしていいの。あなたのために用意したものだから」
「なら、僕は一人でも戦うことにするよ」
美澄さんが安全な場所に居てくれるなら心置きなく戦える。
「どうして……私のことは気にしないでいいのよ」
「気にするよ」
「どうしてよ。出会ってそんなに経ってない女に付き合って、危険な目にあって、女だけ無傷であなただけ傷だらけで……不公平じゃない! 始めたのは私なのに!」
「実は僕は…………Mなんだ!!」
「………………えっ?」
「とか言ったらどうする?」
「冗談ならキスするわ」
「冗談とは言えない状況に追い込まれた!」
「冗談なの?」
「黙秘権を行使する!」
「ズルいわ」
ずるでも何でも、自分を責める君を見てられないよ。
やはり、早くリュークの奴に勝たないと、彼女はずっと自分を責め続ける。
「なら、折衷案といこうか」
「聞くだけ聞くわ」
良かった。少しだけ落ち着いてくれたみたいだ。僕がMという事実無根な可能性がシュレティンガーの猫みたいになったけど。尊い犠牲と言えよう。
「次にアイツらを突き止めて、リュークと戦うことが出来たらその勝敗で普通の生活に戻るか、続けるかを決めよう」
「……分かったわ。あなたが負けたら取り敢えず私をめちゃくちゃにしていいわ」
「魅力溢れる敗北を提示するのは無しだよ!! 普通にゲーセンとか一緒に行く友達になろうよ」
「それであなたの有り余るリビドーはどうするの?」
「君が気にすることではない! 断じて、ない!」
シモの心配されてたまるか!
「そんで勝ったら、僕を信じて欲しい」
「……なにを?」
「この先、絶対に僕が負けたりしないって信じて欲しい」
無理難題なのは分かってる。
ボッコボコにされてるんだ。
説得力はない。
だから、彼女的には高確率で望む結末に突き進むことになる。
例え不本意な結末だとしても。
「どう? 今のところ敗北濃厚だよ」
「なら、やっぱり敗北の時は私を好きにして欲しい」
「だからそれは」
「勝つつもりなのでしょう?」
「……」
「なら、私にもリスクを負わせてほしい。でなければ賭けにはならないもの」
「ズルいこと言うね」
「あなたに学んだのよ」
それを言われたらおしまいだよ。
負けることが絶対に出来なくなってしまった。
だが、万が一負けてしまったなら。
「分かった。その時は覚悟を決めます」
それが責任の取り方ってものだ。
「身体を綺麗にしておくわ」
「僕は匂いフェチなんだ」
「……どうしましょう。私はお風呂好きなのだけれど」
「ふははっ! その時が来るまでせいぜい悩むがいい!」
「やっぱりあなたはズルいわ」
そうして夕日が沈むまで休んでから、彼女に肩を貸してもらって家まで送ってもらうという情けなすぎる姿を晒してしまった。
本当は手当をしたいみたいだけど、さすがにもう日も遅い。後日、改めて話し合おうと別れた。
「別れたはずなんだけど」
「お父様、お母様。この度は暴漢から青音さんが身を呈して助けて頂いた美澄桃菜と申します。青音さんのお傷が治るまで是非、お世話をさせていただく為にお伺い致しました。末よろしくお願い致します」
って、一回帰ったあとに速攻で荷物を持ってやってきたよ。
両親も速攻で彼女のことを気に入って、好きなだけ居てねと肯定的だ。
「おい桃菜」
「二度目ね、名前を呼んでくれたの」
「親御さんが心配するでしょうから、帰りなさい」
「一人暮らしよ」
「あっ……なら、保護者に連絡を」
「叔父様には許諾を得てるわ」
「そっか」
論破されてしまった。
だが、諦めない。テンプレートを行使する!
「年頃の未成年の男女がひとつ屋根の下というのはやはり問題があると言いますか」
「お母様からは空いてる部屋があるからそちらに泊まらせてもらうつもりよ。それに何日もお世話になるつもりじゃないわ。その傷の具合から考えて数日程度で目立たなくなるでしょうから、それまでの辛抱よ。そういえばあなたの部屋からはイカ臭い臭いがしないわ。もしかして他の部屋に案内していないかしら。気にしなくてもいいのよ。生理現象だもの。なんなら、お手伝い出来ることもあると思うの。大丈夫。恥かしいのならアイマスクを持ってきているの。指示をしてくれるならなんとか頑張って気持ちよくさせられると思うの。なんなら、お風呂でお背中を流させて欲しいわ。傷が痛むのでしょう? 安心して。水着も持ってきているの。ごめんなさい、スクール水着とビキニしか用意出来なかったわ。要望があるのなら言ってちょうだい。直ぐに取り寄せるわ。あと、部屋に鍵をかけても無駄よ。ピッキングぐらい出来るもの。夜中にあなたの寝顔を覗くぐらい朝飯前だわ。なんなら布団に潜らせてもらうわ。朝チュンってやつね」
「配慮の方向性がおかしくないかな!? あと、後半犯罪じゃないかな!?」
澄んだ声で言ってはいけないことばかり言ってないかな、この子。
僕につっこまれて、我に戻ったのか少しモジモジしだした。
「ごめんなさい。異性のお家にお泊まりするのは初めてだから作法を知らないのよ」
「そっか〜なら仕方ないね……ってなると思ったか! 愚か者」
「いひゃい」
「明らかに知的好奇心を多分に含んでだよね!?」
「ごへんひゃひゃい」
「心配してくれるのは分かるけど、もう少し僕が感傷に浸る猶予をくれるかな? 今日は枕を涙で濡らすつもりだったんだよ?」
「枕より、私の膝で、泣いてほしい」
「君のおかげ、その気失せて、元気でた」
お嬢様な筈なのに。どうしてこんなに一緒にいると楽しいんだろう。
ずっとこんな関係が続けばいいのに。
その為には僕が強くなってリュークをぶちのめすしかないよね。
さーて。今日は眠れない夜を過ごすことになるぞー。この子が侵入してくるのを阻止せねば! なんてね。さすがにそこまでしないだろう。しないよね? 不安になってきた。僕、怪我人でクタクタなんだけど。
「大変よ青音さん、聞いてほしいことがあるの」
「今度はなに? もう眠いんだけど」
「ワクワクして今日は眠れそうにないから子守唄を歌って寝かしつけて欲しいのよ」
「僕の歌は呪詛に聴こえるらしいからやめておこうか」
中学の時に呪われた歌声って言われて以来聴く専門になったんだ。
「なら、私が歌うわ」
「いや、寝ろよ。寝れないから子守唄を欲する当人が歌ったら本末転倒だろ」
その後も、なんやかんや騒ぐ美澄さんの相手をしていたら眠ってしまった。こんなにはしゃいで寝たのはいつ以来だろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます