第十一話 約束

注文してから数日の間に、僕は自分のコンディションに磨きをかけた。


なんて言えばアスリートっぽいけど。やってることは走り込みと筋トレだ。


そして美澄さんから取り引き日時と場所が決まった報告を受けてそれに備えた。


相手の中にも学生の連中が居るからか、時間は夕暮れとき。


僕と美澄さんはこの前と同じランニングウェアに袖を通す。


「プロテクターは要らないのね?」

「動きを阻害するからね」


あのリューク相手に僅かな隙も致命傷になりえる。でも指ぬきグローブは心くすぐるから付けようか。


ぶっちゃけ、プロテクターを付けていったらぶちギレられそうだし。


「やっぱり着いてくるの?」

「足手まといなのは承知しているわ。でも私だけ安全圏で高みの見物をするのは嫌よ」


本当は連れて行きたくない。


だが、リュークが相手なら希望がある。


アレは僕の一方的な口約束すら意識してか無意識か分からないけど守った。美澄さんに手を出さないでくれた。


だから癪だけど、リュークの漢気を信じることにした。


(これで美澄さんに危害を加えそうなら末代まで呪ってやる)


リュークの絶対的な力に従う連中が、もしもリュークが敗れたときにどういう動きをするかは不安だけど。


そんなことを言ったらキリがないけど、考えずには居られない。


「大丈夫よ。自分の身は自分で守るわ」


そう言って、美澄さんは懐から色んなものを取り出した。


「催涙スプレーにスタンガン、防犯ブザー。爆竹。サイレンの音が録音されている小型スピーカー。煙玉。札束。ブラックカード。叔父様の名札」

「……なんだろう。叔父様の名札が一番恐ろしいんだけど」


でも彼女も本気で備えてくれた。


僕が彼女に気を取られてしまわないよう、安心して戦えるように。


「それじゃ行こうか」


僕と美澄さんは取引場所に向かうべくアジトを後にした。


実は新兵器がある。


体力を取り戻すべく走り込みをし始めたわけだけど、やはりヘッドホンのヨハネくんは激しい運動には向いてないと痛感。


バイトで稼いだお金で一念発起。


ブルートゥースイヤホンを購入することにしました。


これも業界最高水準のノイズキャンセル機能を小型ながら搭載されており、周囲の音を遮断する。


そしてこの子は僕がリュークに勝つために手に入れたものと言っても過言じゃない。


なので名前はジャンヌちゃんにしました。


どんな逆境に立たされても味方を鼓舞し、勝利へと導く戦乙女。


そんな伝承を持つジャンヌ・ダルクから取りました。


僕は移動中ジャンヌちゃんを耳に着けて、普段より大きめな音量でハイテンポな音楽を流し続ける。


何気に美澄さんと一緒にいる時は音楽を聴いていなかったから、彼女が不機嫌になるかもと不安だ。


でも、今回は必須なのだとあらかじめ説明したからきっと大丈夫。だよね? 拗ねてないよね?


そんな不安をよそに僕たちは指定の場所に辿り着いた。


電車が走る歩道橋の真下。


不良の溜まり場としか言えない場所にリュークは一人で居た。


「お前らが来ると思ってたぜぇ?」


ニヒルに笑い、タバコをふかす。


「なんで分かったし」


僕は前に出て、美澄さんを背中に庇う。


「そりゃあ、あんなふざけた名前のやつが他にいると思えねぇーからよぉ」

「オリオンさん。どんな名前で注文したの?」

「言いたくないわ」

「なんで?」

「だって怒るでしょう?」

「怒るような名前にしたのっ!?」


リュークには本名は知られてないだろうから、事前にコードネームで呼び合う打ち合わせはしている。


でも、初っ端から出鼻をくじかれた気分を味わうことになるとは。


「待って、考え無しじゃないの。普通に取引してもあなたの目的のリュークに会えないかもしれない。むしろ、襲ったことを告げられて余計に会えなくなるかもしれないと思ったの。だから、確実に会えるように分かりやすい名前を使ったの」


言い訳がましいぞ。本当なのか? 敵に尋ねるのは癪だけど、美澄さんははぐらかす気だし。


「リューク。教えて」

「方形太郎坊」

「オリオンさーん?」

「待って、叔父様が悪いの。私は知らずに使っただけよ。責めるなら叔父様にして。姪にこんな恥ずかしい名前を使わせるなんて酷い人ね」

「今は一応シリアスな場面の筈だからなにも言わないけど、あとでしっかりお説教だからね!」


どこに分かりやすい部分があんだよ!


タチの悪いイタズラと思われてるわ!


「そんなに嬢ちゃんを責めんなよ太郎坊」

「そんな名前ちゃうわ!」

「久しぶりに笑ったぞ? それにしても嬢ちゃんは良くやったよ」

「……」


何故かリュークは美澄さんに対して感心するように言う。美澄さんは逆に黙ってしまう。


「オリオン?」

「なんだ、教えてないのか」

「過ぎたことよ。もういいでしょう? 結果的に彼の望むようにあなたとのリベンジマッチが行えるのだから」


美澄さんは何かを隠しているのか? それこそ敵のリュークが感心するような何かをしたのか。


「教えてよ、オリオン」


リュークの前だから名前を呼べないことがもどかしい。


「俺が教えてやるよ。SNSをやっているウチのやつの一人の元にメッセージが届いた。内容はこうだ『以前そちらのサイトで薬を購入した者ですが、個人的なトラブルでクレジットカードが使えなくなりました。そこでその時に取引してくれたリュークさんと言う方からその場合は現金手渡しでも構わないと言ってもらえたのですが本当でしょうか?』ってな」

「そんなやり取りしてたんだ」


僕は知られていない事実に驚く。


「なあ、坊主。お前にこういうメッセージが届く。しかも知り合いの名前が出てきた。なら、どうする?」

 「えっ……『確認してみますからお待ちください』かな?」

「はぁ……」

「嬢ちゃんの相方はバカなんだな」


えっ、二人ともどうして呆れるの? 普通でしょう? だって知り合いを知ってるんだし。


「そいつは匿名・・なんだぜ? いくらでも偽れるSNS上のやり取りだ。本職の奴らなら無視・・するのが正解だ」

「……あっ!」

「彼らはリスクのある取引をしているのよ? 決まった手順以外の接触は全て疑わしいから無視するのが定石になると思うわ」

「中には警察のなりすまし客も居るかもしんねぇーからな。だからわざわざ回りくどい嘘サイトを経由してんだ。スクショを取られるネットでの個人やり取りなんかしねぇーよ」


でも、リューク以外の奴らはみんな素人だ。だから安易に知り合いの名前を出されただけで、警戒を解いてしまった。


「納得いったか? で、メッセージを受けた奴は俺に連絡を取ったわけだ。知り合いか? ってな。 だから直ぐにお前らだと分かった。この“リューク“って名前は俺の部下のそいつらを抜けば、聞かれたお前達しか知らねぇーからなぁ。だから答えたわけよ。『ああ、知り合いだ。ソイツにはクレジットカードの項目を空欄のまま注文すればいいって伝えな』ってな!」

「そのメッセージを受け取った私は念を入れる為に『今日中に注文しますのでよろしくお願いします』と返して、あなたに連絡したわ」


それが美澄さんが僕に手掛かりを見つけたと連絡してきた時のことなんだ。


「その後にふざけた名義で注文を取ったんだね?」

「ええ。もしもあなたの気が変わったなら注文をせずに居るつもりだったの。“約束“は今日中に指定したから」

「でも僕の意志は変わらなかったからリュークに会える段取りを取ってくれたんだ」


凄いことをやってたんだ。僕からしたら手掛かりを見つけただけ凄いと思っていた。だから美澄さんがそんな用意周到なことをしているなど露ほどにも思わなかった。


「でもどうして隠してたの?」

「それは……」

「確証がなかったからだよなぁ? 俺が本当にお前らの前に一人でのこのこ現れてくれる保証なんざよぉ。だから俺に裏切られたことで坊主・・がショックを受けることを避けたんだ。ダメだろ坊主。敵の俺を信じきゃよ〜」



僕の為? リュークを無意識に信じた僕が騙されて傷つかない為?


「それだけじゃねぇーぞぉ? その嬢ちゃんは最初ここに来た時、ポケットに手を入れてたんだ。恐らく俺に騙されて連中に囲まれた時の為に直ぐに警察を呼べるように準備してたんじゃねぇーか?」


そこで思い出す。美澄さんの過剰までの防犯グッズ。アレは彼女だけじゃなくて、僕も守る為に用意したものなんだ。


そして、警察が来るまでの時間稼ぎのためのものでもあったのかもしれない。


「いやぁ〜本当に愛されてるねぇ〜坊主」

「当然のことをしたまでよ。彼を巻き込んだのは私だもの」

「人が良すぎる相方を持つと苦労するなぁ嬢ちゃん」

「私には勿体ないぐらい素敵な相方よ」


なんだろう。胸が熱くて仕方ない。


自分が情けないことも、考え無しなのも分かってる。


(でも嬉しくてしょうがない)


こんなに彼女に尽くしてもらえて。


「今度は僕の番だね」


僕は更に一歩前に出る。


「……怒らないの? 秘密にしてたこと」


美澄さんが恐る恐る尋ねるように聞く。


彼女は表情には出さないだけで、本当は感情豊かな女の子なんだ。


だから時折、不安になってしまう。


僕に嫌われてしまうんじゃないかと。


そんなわけあるか。


(嫌いになんかならないよ)


こんなに想われて、こんなに尽くされて。


だから真っ先に言うべき言葉は決まっていた。


「ありがとう。全部僕の為のことなんだから怒ったりなんかするもんか。……惚れ直したぐらいだよ」

「……えっ」


美澄さんは本当に素敵な女の子だよ。


「だから勝つね」


僕は更に一歩前へ。


トン。


背中に暖かいなにかがぶつかる。


「今更、今更だけど。あなたの勝利を信じています。だから、勝って・・・私のシリウス」


ああ。こんなことされたら負けるに負けられないよ。だから、僕もこの想いを言葉に乗せよう。


「分かった。任せろ。必ず勝ちます。そこで見守ってて、僕のオリオン」


トンと今度は後押しされるように僕は前に押し出された。


もう何も怖くは無い。


あんなに大きく見えたリュークに正面で向き合いながらも胸の高鳴りは止まらなかった。


「甘酸っぱいもん見せやがって」

「あなたを信じて良かった。リュークさん・・


僕は手の中にあったジャンヌちゃんを懐に仕舞う。


「……だからぁ、敵を信じすぎんなって」

「あなただから敬意を示すんだ」

「……ちっ。裏切られて後悔してもしんねぇーぞ」

「ふふっ」


それ言うやつが裏切る確率低くない?


「ああ、もう! 待ちくたびれたぜ! さっさとやろうか!」

「その前に一つ聞いてもいい?」


全身に力が漲る。心臓の鼓動が早まる。


「喋りすぎて喉が涸れそうなんだが……最後だからな。答えたら直ぐ、やんぞ」

「ありがとう。リュークさん、僕と戦ってくれる間はクールなまま・・・・・・でいてくれるかな?」

「あん? ……ああ、この前みたいにブチギレるなってことか。……まあ、いいぜ? 決着が着くまでクールなままでいてやるよ」

「“約束“だよ?」

「ああ、“約束“だ」


良かった。約束してくれた。


…………。



…………………。



…………………………本当に良かった。


これで心置き無く戦える。

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