夕暮れときの青春剥離

第十二話 再戦

震える。魂が震える。

震える。身体が震える。

歓喜に満ちた心身が熱を帯び、眼前の強者(リューク)に食らいついた。

｢はっ！ まずはおさらいだぁ！｣

彼は身動ぎする。

それだけで無数に選択肢が現れる。

(相変わらずだ。でも、見えてる（・・・・）)

右足の蹴りが届く前に半歩前に出て、逸らす。

お互いに半身が重なり合う。

バシッ！

お互いの手の甲が重なり合い、ノックするような体勢で止まる。

｢おい。もう盗んだのかぁ？｣

｢人聞きが悪い。復習しただけだよ｣

次の瞬間にはポケットに入ったままの拳が眼前に迫る。

それを予測していたし、カウンターも分かっている。

迫る拳を僕は手のひらを使って少し軌道をづらしてあげる。

そうすると膝蹴りが来る。

｢させない｣

が、足を上げる前に、踏みつけて阻止。

ここからはどうなるんだろう。

(ああ……頭突きか)

一瞬の間に、それを選びとる彼の経験の豊富さには舌を巻く。

｢くっ！｣

｢はっ！｣

避けられないなら、勢いがつく前に、こっちから頭突きだ。

互いに仰け反り、僕は踵に重心が移った瞬間には、一歩飛び退く。

ブォン！ と飛び退くまえに頭部があった場所に蹴りが通過する。

(やっぱり、キレが段違いか)

こっちが事前に予測して、初動を潰しつつ相打ち覚悟なのに。あっちはその間に次に繋がる動きを幾つも挟む。

(帰ったら絶対筋トレの量増やそ)

未来を予測してかろうじて均等を保つのが精一杯とか。最高に楽しくて堪らないよね。

更に僕の心身のエンジンが唸りをあげる。

足が地面に着くと同時にしゃがみつつ前に飛び出す。

そうすると既に正拳突きの姿勢を終わらせたリュークの懐に潜り込める。一瞬でも遅れてたらゲームオーバーだった。

｢ふんっ！｣

下から打ち上げるように鳩尾目掛けて振り上げる。

バシッ！

｢させねぇーよ！｣

突き出していない方の手のひらを、鳩尾と僕の拳の間に潜り込ませてきた。

(なんちゅう、反応速度だよ！？)

でも一瞬浮いた。

｢バカがっ！ 飛んだんだよ！｣

｢ぐふっ！｣

温存していたもう片方の拳を振り抜く前に、肩を蹴られて吹き飛ばされる。

地面を滑るように回転しながら、体勢を整える。

リュークはその間に着地を済ませて、首を鳴らしていた。

｢お前……この前と別人じゃねぇーか｣

｢でしょ？ 伸び代もまだまだあるよ｣

僕も立ち上がり、少し思考を巡らせる。

｢ふぅーーっ｣

これか？ これなの？ 違うなぁ。こう？ もっとあるか……。うん。そうだ。こんな感じだ。

幾つかの構えを想像（イメージ）して一番しっくりくる体勢を作る。

両手を下にだらけ切ったようにぶら下げつつ、足はつま先だけ地につけ前倒体勢にする。少し猫背っぽくなるのがポイント。低めの姿勢は不思議と懐かしいものだった。

(ハンドボールの時のディフェンスに近いな、この姿勢)

守る時は手を上にあげて、腰を落とせ。相手のパスコースを制限しろ。それがディフェンス時のテンプレ。これはバスケも同じような感じだった気がする。意識が高いと、そこに絶え間なく足踏みを加える。あれ、疲れる割に効果薄いんだよね。左右に切り替えるには向いてるけど、そんなもん反応が遅れなければいいだけだし。パスはシュートより遅いんだから。見てから余裕でしょ。って、余計なこと考えちゃった。

手を上げる代わりに、僕は腕をだらけ切ったようにぶら下げたほうが性に合っていた。だから一件サボっているように見えても、僕にとっては最速で動ける姿勢なのだ。

｢それがお前の“型“なのか？ 随分と俊敏に動けそうだなぁ？｣

｢げっ。一瞬で見破ぶらないでよ。えっち！｣

動く前にバレるとか、反則にもほどがあるよ！

｢速さに自信があんだろ？ 受けてやるからこいっ！｣

待ち構えるリュークは両足を開き、両手も広げる。

サッカーのキーパーの姿勢に似ていた。

(速さを捨てる代わりに懐に潜り込んだら掴んで来るぞぉ〜こっわ。ガチじゃん。ガチで潰しに来てるじゃん)

｢大人気ないぞ！！｣

｢大人だからな！｣

よしっ。喋ってる間にある程度、道は見えた。

それをなぞるように、動く！

一瞬で駆け寄り、拳を振りかぶる。

ビクッとリュークの腕が震えるのを捉えると同時に、前進を一瞬で止める。かなり無理やり運動エネルギーを抑えるから負担が凄い。具体的に例えるならだるまさんがころんだでどんな無茶な体勢になっても完璧に動きを止める感じかも。

案の定掴み取ろうと伸びてきた手が僕の胸ぐらすれすれで届かずに止まる。

にやり。

引っ込まれる前に手首を捕まえ、グルンとねじ曲げる。

｢ちぃぃ！｣

さすがにネジ切れるのは勘弁なのか、リュークも曲げた方向に身体を捻る。

｢そいっ！｣

ここで僕は掴んだ手首を引っ張ってこちら側に相手を持ってくる。掴んだ時は手の甲が上を向いていたが、捻る過程で手の甲が下を向いた。そのお陰で相手を引っ張る力が強まったから重たいリュークすら引っ張ってこれた。そして本邦初公開の蹴りが飛んでくるリュークに向けて放たれる。

｢くらえ！｣

バゴッ！ 今日初めての有効打。

リュークはそのまま転がるように離れる。

｢いってぇ〜｣

片膝立ちのリュークは顔を歪ませて、腹を押さえる。

｢この前のお返し｣

｢細けぇこと覚えてんなっ！｣

ふふふ。始まってからずっと腹を蹴るために戦っていたのでしたー。

(どうしましょう。このあとアドリブしかない！)

最初の攻防は僕のギリ勝ちかな。

｢おさらいは終わりだな｣

｢長いよ、おさらい｣

本当に底が見えないなこの人。

それにようやく確信した。

｢随分と動きを制限して戦ってくれてたんだね、この前は｣

｢……あん？ 何の話だよ｣

｢どう考えても僕が経験を積んで防げるように、わざと繰り返しの動きを入れたり、まともに入りそうな攻撃は意図的に力を抜いたりと随分手加減されてたことに今更ながら確信しましてねぇ〜｣

普通コテンパンにされて、数日で回復するとか有り得ないし。痛みこそ強かったけど、浅い傷ばかりだったし。

僕の鋭い指摘にリュークさんは目を泳がせた。

｢あの時はうんこ我慢してたんだ｣

｢はいはい。御指導ありがとうこざいました〜｣

｢信じてねぇーな！？ 本当だぞぉ？ もう少しで先っちょが出かかってたから！｣

｢照れ隠しだろうが、汚い話はナシだよっ！｣

どういう照れ隠しだよ。もう少し隠しようがあるだろうが。

でも、本当に悪い人に見えないや。

だって僕はこの人のことが少し好きになってきてるんだから。

(お兄ちゃんが居たらこんな感じなのかな)

一人っ子だから、少し憧れたりする。

少しだけ考えて苦笑した。

(兄弟喧嘩がえげつないことになりそう)

仲直りする頃には二人とも血みどろだろうと。

ここからが本番と言ったところか。

ならば、覚悟を決めよう。

そして見せてやろう。

僕の少しだけ凄い力を。

必ず勝ってみせる。