第九話 オフ会
「あ、よろ」「あ、ああ……」「えっと……こんにちは」「うぃ〜す」「ど、どうも……」
上から眼鏡の大学生の男性。三十過ぎの男性。赤ちゃんを背負った二十代の女性。神楽道さん。そして僕だ。
この五人がオフ会のメンバーである。
カードショップの前で待ち合わせの予定だったようで、僕と神楽道さんが到着して三十分足らずで集まった。その間に色々彼らのことを聞いている。
神楽道さんはようやく出会えた仲間たちに笑顔を向けるけど、男性諸君がチョドっている。
赤ちゃんを背負った女性は少し大人しそうな人だ。
彼氏を連れてくると前もって伝えてたらしいけど、明らかに本当に彼氏居たんだ〜感がヒシヒシ伝わってきますがな。
恐らく女の子とすら思われていない説。
まあ、ネットゲームで出会う自称女の子はみんなオッサン説が提唱されているもんね。
(僕もネットだけのやり取りなら相手を女性とは絶対思わないだろうし)
ネカマなのを込みでオフ会に誘ったのだろう。
なんなら神楽道さんがネカマなのを隠したくてオフ会を渋ったと勘違いされてた可能性濃厚。
まあ、それは良い。良い方だ。問題なのは……。
僕や男性諸君は自然と視線をもう一人の女性の……抱いている赤ん坊に向けられていた。
みんな同じ気持ちなのだと初対面ながら分かった。
(((何故に赤ちゃんが)))
これに関しても、神楽道さんから結婚している人も居ると聞いてたけど、まさか結婚の結晶たる赤ん坊を連れてくるとは思わなんだ。
みんなの視線に気づいた女性は申し訳なさそうに言う。
「ご、ごめんなさいね。旦那が自分探しの旅に出ちゃったの……今朝」
「明らかに旦那さん嘘だよね!?」
思わずツッコミを入れてしまった。
そのおかげか場が弛緩する。
「そうだと思うんだけど……あんまり束縛しても、ね」
「良くできた奥さんだこと!」
感謝しろよ! 自分探しの旅に出かけた旦那さん!
「だからごめんなさいね。この子が泣き出すなら直ぐに帰るから」
「あ、気にしないでいいよ、俺子供好きだし」
「子は宝と言うからな、歓迎する」
「お母さん似の美人さんに育ちますよ」
「ありがとう。でも、男の子だからかっこよく育ってほしいかな?」
「きっと旦那さん似の素敵な男の子に育ちますよ!」
「可愛い子だよねー。お名前は?」
「りくって言うの」
「りくくんかぁ〜よろちくねー」
みんなで苦労してそうな奥さんをフォローする。
さすがは神楽道さんか。するりと赤ん坊の名前を聞き出し、お母さんの好感度を爆上げだ。
「改めて自己紹介しよっか……私は分かるよね〜? ココミッチーだよー。散々人を馬鹿にしてさー彼氏 (妄想) (笑)みたいに言われてたけどさ〜。ほれ、モノホンの彼氏」
場を取り直すように神楽道さんが仕切る。
ココミッチーとは彼女のゲーム内のユーザーネームだろう。
何故ココミッチーなのか? 理由は簡単。
彼女のフルネームが“神楽道ここの“さんだからだよ。だからココミッチー。分かりやすい。
「えっと、紹介にあずかりました彼氏の……ビッグスターです……はい。オフ会のことを聞いて興味があって見学させてもらいに来ました。よろしくお願いします」
うん。無いよ。無いわー。
なんだよビッグスターって。昭和のネーミングじゃんね。
僕じゃないよ? 付けたの。神楽道さんだから。
酷くない? 自分はしっかりとしたあだ名なのに、僕はその場で適当に付けました感が凄いぞ。
彼氏のあだ名なんだからもう少しまともなの付けようぜ。
ほら、ほかの三人が若干だけど、引いてるじゃん。
そしてほかのメンバーも自己紹介を済ませる。
赤ん坊を抱えてるのが『ミルク姫』
眼鏡な二十代なのが『つとむんむん』
三十代の寡黙な男性が『アキラ50%』
うん。大差無かった。
みんなネーミングセンス壊滅的じゃない?
(よく人のあだ名にドン引きしてくれたな!)
それに、ミルク姫以外本名じゃね?
あれか、ゲームの中であわよくば女の子に名前を呼んでもらえるとかそんな……いや、ないな。そんなわけないか。考えすぎた。
「それじゃ〜行こうか」
神楽道さんが先導するように言う。
いつまでも外に居るのもなんだし、みんなでカードショップの中に入ろうということだろう。
僕は一歩踏み出して、止まる。
何せ行こうとか神楽道さんが言ったのに、みんなその場でゴソゴソと荷物を漁り出すんだもん。
男性二人は制汗スプレーと消臭スプレーを取り出し、自分と荷物に吹きかける。
女性二人は香水と思わしき小瓶を取り出し、自分と荷物に吹きかける。
「じっとしててね〜」
神楽道さんは僕にも香水を吹きかけてくる。
「首周りに塗るようにしてねー」
言われた通りにする。
そして気づく。
僕と神楽道さんは今同じ匂いを発していることに。
実質ペアルックなのでは? ペアフレグランス? ペアパルファム? なんかドキドキする。
お風呂上がりの美澄さんが僕と同じシャンプーを使っていた時にもドキッとした。
鼻のいい僕には女の子の香りは弱点なのかもしれない。
「そもそも何しているの?」
危うく恋愛脳に支配されかけたけど、普通に何故今、こんなことをしているのか。
「マナーだよ」「ルールだ」「常識」「エチケットかな」「あう」
やだ可愛い返事貰っちゃった。
少し和んだけど、どうやらみんなマジなご様子。
「ビッグ……入れば分かる」
アキラ50%がダンディな声で言う。
「ビッグ……あんまり顔に出さないようにな」
おさむんむんが悲しそうな顔で言う。
「ビッグくん、無理そうなら息を止めてね」
ミルク姫が心配そうにアドバイスしてくれる。
「ビッグスター。……覚悟は決まった?」
ココミッチーが真面目な顔で聞いてくる。
もしもゲームなら、ここから先はセーブが出来ません。やり残したことはありますか? と、聞かれてしばらく今までの出来事を振り返る時だ。
僕は出会ったばかりなのに、既に戦場を共にした戦友のような気持ちを彼らに抱いていた。
僕はゆっくりと頷く。
「ああ……行こう」
みんなも凛々しい顔で頷く。
そうして僕たちは最後の戦場に向かった。
カードショップのドアが開いた瞬間。
僕は何とも言えない臭いに襲われた。
「どうよー。すげぇでしょ? まあ、私も初めて来たけどねー」
「私も初めてきたから少し……クルね」
「俺も……くっ、こんなに強烈なのか」
「耐えろ……いずれ慣れる……筈だ!」
「お前らも初めてなのかよ!?」
なんか来慣れている感出てたじゃん!
「ドアの前だとあれだから、あっちに行こー」
神楽道さんの指さす方へ向かう。
カードショップの中は、中々広くショーケースに飾られたレアなカードが所狭しと並んでいた。
そして奥側にテーブルが沢山設けられ、そこで好きにカードゲームで遊べるようになっている。
この意味が分かるかな? つまり奥の方がキツい。
僕たちが向かったのは奥の空間から離れたトイレ前の、自動販売機横。
「ねえ、この臭いの正体はなに?」
僕はジトーっとオフ会のメンバーを見る。
みんな目を逸らしつつ、各々答える。
「カードのインクの匂いが原因かもしれないらしい」「一説によると体臭らしい」「生乾きの服の匂い説も濃厚」「お風呂に入らない不届き者もいるみたい」「あう」
だから和むから相打ちうたないでね、りくきゅん。
「とりあえず述べた全てを備えている場所に連れてきたの?」
「いや〜行きたいと思ってたんだけどねー勇気湧かなくて」
ウチの彼女さんはそんな図々しいことを言う。
「ほかのメンバーも?」
「オフ会をキッカケに通えればなぁって」
「リアルでカードゲームやれるのはココぐらいだからな」
「趣味を共有したくて、ね」
どうやら、このオフ会メンバーはみんなカードショップ初体験らしい。
そして一人じゃ来る勇気が湧かないから、オフ会というテイでカードショップデビューしよう! と、そういうことか。
「通りでオフ会に彼氏なんか連れてくることを許すわけだよ! 道連れを増やしたかったんだね!」
僕の言葉に、みんな一斉に顔を背けた。
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