第八話 待ち合わせ

騒動から数日が経過し、休日がやってきた。


この日もアリバイ工作の為のデートに行くのです。ゆくのです。頑張るのです。


無理やり奮起しないと屍ばりのテンションになりそう。


一応可愛い女の子とデートという名目があるんだからもう少しテンション上げてかないと相手に失礼だ。


(でもすっごい作業的なんだよね〜)


神楽道さんが決めた場所に行き、決めた順番にお店に入り、スマホを向けられた時だけ、画角の中で恋人になる。


神楽道さんは移動中、終始無言だし。


と言っても、あれは付き合って数日で決行したデートだ。


何度も一緒に下校を繰り返したことで、多少なり仲良くなれたと思う。


今では手を伸ばせば触れ合えそうな距離に彼女が居る。最初はもう少し遠かった。


そんな二度目のデートの日、前日に神楽道さんからこんなメールが届いた。


『やっほー! 今度の休日は少し遠出するかラフな格好でおっけぃだよ。場所は駅前に午前十時に集合ね〜^> ·̫ <^』


メールは記録に残るからか、ダウナーな様子を一切見せない徹底ぶり。それに思ったよりギャル特有の言葉を使ってこないことに好印象。


恐らくだけど相手によって書き方を変えている模様。僕も万が一見られた時の為に神楽道さんの彼氏に相応しいメッセージを送らねば!


『りょうかーい! (៸៸>⩊<៸`) 僕も神楽道さんとのデート楽しみすぎて眠れないよー(*/ω\*)キャー!! 明日は楽しい一日にしようねっ( ⸝⸝ᵒ̴̶̷ωᵒ̴̶̷⸝⸝)』


よし! 今回もかなり無難なお返事ができたぞ。


ラフな格好か。


この前はかなり格好のアドバイスを受けてからデートに行ったけど、今回は随分要求ハードルが低い気がする。


少し心配になりつつ、暑くなってきた季節だからTシャツに薄い上着を羽織るぐらいの本当にラフな格好で向かう。一応、父さんに教わってワックスの付け方とか学んだけど、上手くいっている気がしない。


そうして人混みの多い時間帯の十時ではなく・・・・、十一時半に駅前から少し離れたオフィスビルの横に立っていた。


彼女から前もって伝えられていた本当の時間と合流場所だ。


万が一友人に見られて冷やかされに来られないようにメールでは嘘の情報を載せる。


彼女曰く、『ネットに遊びに行く時間をありのまま載せるとかありえない』とのこと。


防犯意識の高さが伺える。


待ち合わせ時間ピッタリに彼女は現れた。


この前の清楚系コーデと違って、ジャージにキャップ。挙句の果てに伊達メガネだ。


前はオシャレな小型リュックだったのも、肩掛けのポーチに変わっている。


「待った?」

「待ってないよ」


少し驚いたけど、まあ人の服装にとやかく言える立場ではない。


でも僕の様子を察したからか自分の格好を見て苦笑する。


「あ〜これ? 今日行く場所は着飾る方が場違いだからねー」


服装に釣られたのか、最初からダウナーモードだ。


時間などズラしたとしても、同じ市に住んでいる知り合いは大勢いるから、近場にいる間は明るいモードを維持しているのが彼女のスタイルというのに。


「その……そのままでいいの?」


遠回しに明るいモードに切り替えなくていいのか? と尋ねる。


「うーん。そうだねーでもさ、今の私を見て神楽道だって分かる?」

「もう少し自分が美少女だという自覚を持とうか」

「お、おう……意外な不意打ち」


美少女はどんなに地味なカッコをしようが可愛いことに変わりは無いのだから。


「でもその格好で行く場所って?」


オシャレ女子らしからぬラフさで何処に行こうと言うのか。


僕の質問にいたずらっ子みたいな顔を浮かべる。初めて見るタイプの表情に少しドキッとする。


「それは着いてからのお楽しみ」



☆☆☆



空いた時間の電車ということもあり、座る席は確保出来た。


「神楽道さんは座らないんだよね?」

「ま〜そだね」


なので二人してつり革を掴んで等間隔に並ぶ。


「付き合わなくてもいいよー」

「最近鍛えてるから」

「意味分かんねぇ〜」


くすくすと笑ってくれた。


最近は一緒に居ても、気まずくならなくなっている。


「私、今の学校は徒歩で通えるから選んだんだ〜」

「奇遇だね。僕もだよ」

「ほんと〜? あのハンドボール界の|大星(シリウス)とか呼ばれていた星雫君が?」

「それは初耳だってば。君に聞かされるまで自分が有名人だと一ミリも思ってなかったと言ったでしょう?」


彼女は僕がこの学校に来たのは裏があると思っているようだけど、本当に近いから選んだのだ。


何処でも良かった。ハンドボール部が無いのなら。


なぜならその部がある学校からはすべからく推薦状が届いていたからね。誤用じゃないよ。


だから僕はすべからくそれを避けた。


うん。すべからくという言葉ってなんか良いよね。奥ゆかしさを感じるというか。品を感じます。


「そっかぁ〜まあ、私は星雫君が彼氏だからこうやってだらけられるからありがたいんだけどねー」

「どういたしまして?」


本当にだらけるようにつり革を両手で握ってぶら下がる。


そんなにだらけたいなら座ればいいのに。


そして彼女は思い出した風に切り出す。


「あーこの前はありがとうね」

「ん? ああ、気にしないでよ。僕にも責任あるし」


この前のいじめの主犯と熱いレスバをしたことを指しているのだろう。レスバしたっけ? 覚えてないや。


「そうは言っても首を突っ込んだのは私だしー」


そう言って、目をドロンと濁らせる。


「久しく忘れてたよ……人の醜さとかいうの」


彼女の瞳に強い憎しみみたいな感情を感じた。


「だから、読み間違えた。君を恋人にしても大丈夫だって、思って、行動して、失敗した。そりゃあ、そうだよね……だって」


深い闇を帯びた瞳が僕に向けられる。


「他人の心なんか読めるわけねぇーもん」


ニコリと人形のように嗤う彼女の瞳に僕は魅入られていた。


恋焦がれるものを感じたんだ。


初めて彼女の本音が聞けた気がした。


何かを言う前に、目的地を告げるアナウンスが流れる。


次の瞬間にはいつものダウナーな彼女になっていた。


「よーし。いくぞー。びっくりする場所に連れてってあげる」



☆☆☆



僕の目の前には一つの建物が建っていた。


「どうどう? 驚いた? えへへ……意外っしょー」


ダウナーな彼女とは思えないぐらいハイテンションだ。ドヤ顔である。


でも本当に驚いた。


「まさかカードショップが目的地だったとは」


今どきJK筆頭みたいな神楽道さんとは結びつかないよ。


「今日ね、初のオフ会があんの。私が参加しているグループのね」


彼女はスラスラと教えてくれる。


彼女はスマホで配信されている実在するカードゲームのアプリ版を遊んでおり、そこで入ったグループのメンバーと今日オフ会をやろうと言う話になったのだと。


「今までなんだかんだ断ってたからさ〜ようやくオフれるよー」


本当にワクワクするように言う。


(なんで今まで断ってたのに、今は了承して彼氏の僕まで連れてきたんだろう……)


ん? 彼氏の僕?


……そういうこと?


オフ会と言っても今まで会ったことすらない人たちだ。


ましてや神楽道さんは防犯意識が高く、彼氏 (仮)とは言え僕とスキンシップすらしない徹底ぶりな身持ちの硬さ。


友人に送るデートの写真も僕とツーショットは撮るものの、手を繋いだり腕を組んだりするようなことはしない。


そんな彼女が、何があるか分からないオフ会に無関係の僕を同伴させた。それはつまり……。


(僕を信頼しているんだ)


その真実に気づいて嬉しくてたまらなくなった。


自然と頬が緩む。


「どしたの?」


疑問を投げかけてくれるけど、僕はニコニコしてやり過ごした。


彼女が少しとは言え、心を開いてくれたことが嬉しい。

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