閑話 ゲームセンター

約束通り、美澄さんとトランプで遊んだ翌日に、僕たちはゲームセンターに赴いていた。


「この前は邪魔をされたもの。今度はしっかり遊びましょう?」


美澄さんはワクワクしたように視線を忙しく幾つものゲームコーナーに向ける。


「やりたいやつは全部出来ると思うよ」

「そうね。青音さんのオススメはあるかしら」


うーん。そう言われでもゲーセンにはさほど通わないからなぁ。


昔は大賑わいだったようだけど、今じゃ音ゲーマーやコインゲームをやりに来ている人達のたまり場みたいになっていて近寄り難い雰囲気を醸し出しているんだよね。


(あとは、スマホを使って配信する人とかが一ヶ所を独占したりとやりたい放題だ)


そして夜栄市の繁華街は治安が悪くて有名だ。


そんな場所にあるゲーセンは魔の巣窟だろう。


(でもそういうのもスリルがあって、期待してしまう)


平穏な日常を望んでいたなら、美澄さんとエトワールとかいう組織を作ってない。


普通じゃ満たされないから、危険がある裏社会の浅瀬を歩くんだ。


「そうだなぁ、シューティングゲームが空いてるよ」

「二人で遊べるのは素敵ね。あれにしましょう」


僕は普通の学生にしか見えないけど、美澄さんは言わずと知れた美少女だ。そんな子が治安最悪のゲーセンに現れたらどうなるなんかお察し。


「なんだなんだ? 君、可愛いね! 俺と遊ばない? すっげぇー楽しい遊び知ってるからさ」


早速、チンピラに絡まれるのも予測できていた。


だから僕は彼女を守るようにチンピラの前に出る。


「あ? なんだ? ぱっとしねぇー奴連れてんじゃん。もしかして荷物持ち? オラァ、俺が代わりにやっとくからお前はもう帰れよ! 邪魔すんな」


うっわー。見事なまでのイキリよう。


美澄さんと出逢う前の僕なら、萎縮したり怯えたかもしれない。


でも足りない。物足りない。


(こんな脅しじゃあ、滾らないなぁ)


「青音さん。気にせず楽しみましょう? 今日は遊びに来たのよ?」


いつもの美澄さんなら、何かしらリアクションをとる場面だけど、眼中にすらないからかシカトしている。今の気分を害されたくないのだろう。


僕自身も言葉を発していないから、チンピラが独り言を言って喚いているように見える。


あの人なんだろうね〜。みたいに美澄さんと隣りを通り抜けようとする。


「無視してんじゃねぇーぞ!?」


視界の端に拳を振りかぶるチンピラが見えた。


僕はチンピラに向かってバックステップをする。それだけでチンピラの懐に背を向ける形で密着することに成功した。


「……っ!」


驚いたチンピラは拳を振り上げたまま動かない。


僕が背中越しにチンピラの足を踏みつけているからだ。


チンピラにしか聞こえない声量で言う。


「今日はさ、遊びに来てんだよね。だからさ……邪魔したら、足の小指踏み潰すよ?」

「ぐっ……わ、分かった……邪魔しないっ」

「ならいいんだ」


僕は軽くチンピラの胸を小突いて、離れる。


傍から見れば仲のいい友人同士のじゃれ合いに見えるだろうから、騒ぎにならない。


「お疲れ様。カッコよかったわよ」

「こんなんで疲れないよ。でも、ありがとう」


こんな騒ぎも日常茶飯事な場所。それが夜栄市の繁華街だ。


師匠との死闘で、僕は少し変わったと思う。


肝が据わった。度胸が付いた。躊躇が無くなった。


多くのものを得た。それは裏社会の浅瀬を歩むのに必要なものだ。


そしてそれは表社会には必要のないものかもしれない。


美澄さんとシューティングゲームを始める。


「むぅ……狙った通りにいかないわ」

「まあ、最初ならそんなもんだよ」


美澄さんは不器用でないけど、上手く操作に慣れてないからか、エイムがおぼつかない。


(ふっ……僕の神エイムを見せる時が来たか)


そして僕は華麗にテンパリ、速攻でゲームオーバーになった。


「青音さん」

「何も言わないで……ゲームが好きだからって、上手いとは限らないんだよ」

「そ、そうね。そういう日があってもいいわね」


あの美澄さんが少し言葉を濁してしまうぐらいは酷い腕前だったのは事実だ。


僕はゲームが上手いわけじゃない。


特にアクションゲームと格闘ゲーム、シューティングゲームは致命的に下手くそなのだ。


(だって、自分の思い通りに動かないんだもん)


僕ならもっと上手く動けるのにっ! って感じでいつもプレイしてしまう。


僕の未来予測は“実際“に目で見た無数の細かい動きの集計をして、おおよその予測を立てるものだ。


でも、ゲームのキャラクターたちは決まった動きしかしない。でも、それは現実的に有り得ない。しかも僕は細かいことを覚えるのが苦手だから、毎回同じ初見殺しをくらう。


「だから、だからね。僕はゲームは好きだけど、上手くはないんだ」

「そういうことね。人より“見える“からこそ、有り得ない挙動や物理法則を無視した動きに理解が追い付かないのね」


僕なりの分析を混じえた解説に、美澄さんは見事な理解を示してくれる。


僕の未来予測は直接対峙したときぐらいしか、効力を発揮しない。なんなら、テレビ越しですら能力が半減してしまうぐらい。


その場の空気、息遣い、筋肉の動き、視線、そういう集約を肌に感じて、目で見る。そのプロセスを怠ればなんの力も発揮はしない。


意外と日常生活には使えないものなのだ。


逆にスポーツや格闘技などにはかなり有利に運ぶという脳筋仕様だ。


「そうなるね。ごめんね、下手で」


彼女は僕と遊ぶことを楽しみにしてたのにこのざまぁだ。恥ずかしくて申し訳ない。


「私としては気にするようなことではないわ。あなたは私が笑わないことを形容してくれたように、私とてあなたがなんでも出来る人だとは思っていないもの。むしろそういう弱みも愛おしいわ」

「あはは……ありがとう。なら、僕たちなりの楽しみ方を模索しようか?」

「ええ。楽しみましょう。あなたと一緒ならなんでも素敵ないっときになるわ」


もう。そういうことをサラッと言ってくれる。


「よしっ。それじゃ次はあれをやろうか」


でも少しはかっこいいところを見せたいので、バスケットボールをカゴに放り込むミニゲームを選んだ。


「なるほど……あれなら、青音さんの力を発揮出来るわね」

「そういうことさ」


だが、僕は勘違いしていた。


こんな場末のゲーセンのバスケットボールがしっかり空気を入られているわけがなく。


「なんだっ。この空気の抜けたボール!? 全然飛ばないんだけど!?」


結果は惨敗。


「お店に抗議してくるわ」

「いや、いいよ。所詮、百円の損失だし」


君の抗議は最悪、このお店を潰しかねないからね。


気を取り直して、今度はレースゲームをやってみた。


「意外と簡単ね……青音さん、大丈夫?」

「な、なななにが?」

「先程からぶつかってばかりなのだけど」

「あ、あれだよ。極めたレーサーというのは常に乱数による最適解を求めるような走りをするんだ。今日はたまたま、乱数の女神に嫌われちまったのさ。もし全てが上手くいってたらワールドレコードは確実だったね!」


そのせいでコーナーとダンスっちまったんだ。


「将来、免許を取りに行く時はついて行ってもいいかしら?」

「そこまで心配になるほど悪かった!?」


エアーホッケーをやれば。


「……勝負にならないのだけれど」

「ご、ごめんなさい。つい、反射的に反応しちゃって」

「青音さんは手を使うことを禁ずるわ」

「どうやれと!?」


あまりにも一方的だったから、拗ねちゃった美澄さんに、自販機のアイスを奢って取り成したり。


プリクラを撮れば。


「……正直嫌いだわ。青音さんが別人じゃない」

「そうかな? 肌が白くなったり、お目目がバッチリしてたり面白いことにはなってるけど、存外悪くないと思うよ」


逆に完成されすぎて、そのまますぎる美澄さんが写ってたりしている。驚いた。まさか機械すら美澄さんの美少女っぷりに手を加えられないなんて。


「青音さんはありのままが素敵なのに、まるでこれは青音さんを完全否定しているみたいだわ」

「いやいや! そういうもんだから! そういう度し難いほどの加工を楽しむものだから」

「なら、何故私は無加工なのかしら」

「そんなもん、美澄さんが可愛すぎるからだよ!」

「そ、そう……なのね。うん。分かったわ。今回は怒りを収めます」


大いなる犠牲を払って彼女の怒りを収めるのに成功したけど、公開処刑レベルの羞恥に身悶えそうだ。


しばらく美澄さんはご機嫌になってくれたのは良かったことだよね。


「青音さん。彼らはなにをしているの?」

「人生の賭けを楽しんでいるのさ」


競馬をゲームに熱くなる男たちを遠目に見る。


「本当の競馬に行けばいいんじゃないかしら?」

「彼らは浸っているんだよ。既に引退した名馬たちの勇姿を」


どんな名馬とて引退はする。最近はスマホゲームで人気を博したこともあり、過去の名馬たちのファンになった人もいるだろう。


でも知った時には、もう名馬たちは走ってなどいない。だから、架空だろうが走り続けることの出来るこの場に来るのだ。


「ちなみに青音さんはどんなお馬さんが好きなのかしら?」

「ナイスネイチャ」

「……なるほど。ああいうめんどくさい感じが好きなのね」

「誤解しないで!? 女の子になった方じゃないからね!? いや、きっかけはそうだけど、大きな大会で三着を取り続けるという惜しい感じが応援したくなる魅力というか! そもそも、あの子はバーを経営するお母さんや地域の人達に愛されているし、その期待に応えたいという健気な気持ちに胸を打たれたとか、自信がなくて卑屈だけど絶対に諦めない不屈の闘志にうるっとしたとかあるけども!!」

「史実よりゲームのシナリオの方に感情移入しているように思うのだけど」


ぶっちゃけゲームでの見た目と性格が好みすぎて。


ほんっと、ナイスネイチャが主人公のストーリーでアニメ化してくんないもんかね!


「むぅ……なんか妬けちゃうわ。そんなに夢中になって語るなんて」

「あ、僕にとって美澄さんのほうが……大切だから」

「嬉しいわ。私もお馬さんの耳と尻尾を付けないといけないのかと」

「やめとこうね? シリアスの場面で、ウマの娘の美澄が居たら台無しになるからね?」


むしろみんな気になりすぎて、会話が頭に入ってこなくなるよ。


『待てシリウス。その……となりの女はなんだ?』

『気にするな。ウマの娘のオリオンさんだ』

『訳が分からないんだが!?』


みたいなコミカルな感じになるぞ、終始。


そして、カードゲームのアーケード。


「青音さん。あれをやるのはどうかしら」

「よすんだ。あれは“資格“がないと楽しめないし、安易に手を出してはいけない」


彼女が硬貨を取り出したところで肩を掴んで止める。危ないところだった。


「“資格“とは何かしら?」

「もっともな疑問だね。“資格“とは別売りのライセンスカード (税込660円)を別途用意しないとスタートラインにすら立てないんだ」

「大変だわ。それが無いと遊ぶ資格を得られないなんて。それは、どこで売られているのかしら?」

「大きなショッピングモールとかだね」

「……待って、ここには売ってないの?」

「売ってない。何故かゲーセンには売ってないんだ。ゲーセンが売ってるのはコインゲームや同じ開発元のアーケードゲームの共通ライセンスカードだけなんだ。アーケードのカードゲームはそもそも一タイトル事に専用のライセンスカードが必要だから、複数楽しみたいならそれごとにライセンスカードを買うために近所のスーパーとかショッピングモールに探しに行くしかない」


ほんっと理不尽だよね! なんてゲーセンの受付とかで売らないの?


「……そう。でもそのハードルさえ乗り越えたらようやく遊べるのね?」

「うん遊べるよ。四百回は」

「…………何かしらその数字」

「ライセンスカードには読み込み回数の制限がされててね、四百回読み込んだら新しいライセンスカードを買わないとデータの引き継ぎが出来ないんだ。ちなみにお金を入れなくてもスロットに差し込めばデータの中身が見れるんだけど……それだけで一回消費します」

「私は耳を疑っているのだけれど? その言い方からしてまだ使えるライセンスカードを定期的に乗り換えないといけないように聞こえるわ」

「公式の見解だとその回数を越えたあたりからデータの破損の恐れが出るからって言ってるけど、んなわけねぇーだろ! とはプレイヤー全員の心の叫びだよ」


だってさ、ゲーセンが発行するライセンスカードに使用回数なんか無いんだぜ? そりゃあ、アーケードのカードゲームの場合はスロットに差し込むという負担はあるんだろうけど、ならタッチ式に切り替えろよとツッコミたい。


太鼓を叩くヤツはそうしてんじゃん。出来ないとは言わせねーぞ? そもそもスマホにライセンスカード代わりのアプリを配信しやがれ。そっちの方が人口が増えると思うぞ!


「だからね、美澄さん。アーケードのカードゲームは安易に手を出さないほうがいいよ。一度手を出したら……理不尽にお金が溶けるから」


楽しんだけど、付随した準備がめんどくさ過ぎるし、少しプレイしていないうちに持ってるレアカードが産廃になり、新弾の最高レアカードを手に入れないと勝てないボスとかが現れて、控えめに言ってハゲる。


「青音さん。妙に詳しいけど……まさか」

「中学の頃に小遣いを注ぎ込んでました。残ったの思い出だけです」

「そう……なら、ここはスルーしましょうか」

「ありがとう。そうしてくれると、助かるよ」


ここは危険すぎる。


もう、二度と遊ぶことは無いだろう。


バイバイっ! 僕の青春、ヒーローズ!



その後も幾つものゲームを堪能してゲーセンをあとにした。


「どうだった? 楽しめたならいいんだけど」


何度か絡まれたりしたけど、最初のチンピラ同様に脅したらみんな逃げて行った。


(まったく、絡んでくるならもう少し頑張って欲しい)


所詮は、ゲーセンで女を漁るハイエナ共か、


なんてニヒルに決めたいけど、流石にうんざりした。出来れば当分来たくない。


だから、これで美澄さんが満足しなかったらもっと安全などころに行こう。


僕の問いに美澄さんは立ち止まり僕を見つめる。


「とても楽しかったわ。連れてきてくれてありがとう青音さん」

「僕もとても楽しかったからおあい子だね」


連れてきてよかった。


喜んでくれる美澄さんが見れただけで僕は満足です。

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