閑話 トランプ

ある日のこと。


僕はすっかり馴染んだエトワールのアジトで寛いでいたんだ。


場所は四階であり最上階である通称プライベートルーム。あるいは憩いの場。


ここは三階の作戦会議室と違って、フローリングにもふもふのカーペットを敷き詰め、柔らかいクッションや座椅子など、地べたに座り込むことをメインにした部屋だ。


部屋の端っこにはキッチン設備が一通り整っているため、美澄さんが紅茶などを入れてくれたりする。


怖くて聞けないけど、はたしてこの設備を整えるのにおいくらかかってるのか分からぬ。


多分聞いても、「大したことないわ。あなたが過ごす場所だもの。最上のくつろぎを提供するのは当然よ」などと、にべもなく言うんだろうなぁ。


彼女は僕をやたら評価する。一度助けただけなのに。その後直ぐに、期待を裏切る敗北をした挙句庇われたというのに。


(日に日に、彼女からの信頼が増している気がする)


一応はリベンジマッチで小狡い勝ち方はしたけど、その後の大魔王の蹂躙からしたら、お遊びに感じるレベルなわけだし。


(それにしても拓斗さんは濃い人だったなぁ〜)


お金持ちってみんなあんなめんどくさい人ばかりなのかしら? と、失礼にも思ってしまったよ。


一言言う間に、マシンガントークが襲ってくるんだ。何となくだけど、会話に飢えてるのかと錯覚したぐらい。


彼ほどのイケメンで御曹司という最上のステータスを持った人間が、喋る相手に困るとは思えないしなぁ。きっと気のせいだろう。


何となく美澄さんと出逢ってからの思い出を振り返ってみたけれど、一ヶ月すら経ってないんだよね。濃すぎだろ、僕の高校一年目。


「青音さん、居るかしら? ごめんなさい。クラスの子に捕まって遅れたわ」


ドアから絶世の美少女が姿を現す。


クッションでぐでーっと寛いでた僕は、慌てて体勢を整えてしまうぐらいには、高貴なオーラが彼女から放たれていた。


靴を脱ぎ、カーペットに上がり込んでくる彼女の御御足は何と白くてスラッとしている事だろう。


とことこと僕の隣に来て、膝を着いた彼女からは爽やかな匂いがした。


「何か飲む? 青音さんは炭酸が好きよね」

「そうだね……コーラで」

「すぐ用意するわね」


またしても、立ち上がりとことことキッチンの方に向かい、冷蔵庫から冷えたグラスを二つとコーラのペットボトルを取りだし、冷凍庫の方から店でしか見たことないようなまあるい氷を冷えたグラスにトングで入れる配慮の極み。ドクドクと注がれたコーラはなんと美味そうな。


ゴクリと唾を飲み込んでしまう。


(こうしてキッチンに立っている彼女の後ろ姿は……グッとくるね)


料理を頼めば、制服の上にエプロンを付けて僕の好きな料理を作ってくれるだろう。


さすがに気後れして、まだ頼む機会には恵まれてはいないのだけれど。


と言っても、既にウチに泊まった時に母さんと合作だけど手料理は頂いている。すんごい美味かった。いいお嫁さんになるとは、両親の言葉。言われずとも分かりきったことだろう。


そんな僕の最近の悩みというか、疑問というか、モヤモヤすることがある。


(美澄さんの無表情をどうにか出来ないものか)


澄ましていると言えばそうなんだけど、彼女の色んな表情を見てみたいというのは僕のわがままだろうか。


こんなに可愛い子の笑顔が見れないのは勿体ない。


「笑顔見てみたいなー」

「私の? 難しいわね……」


気がつけばトレイにコーラが入ったコップを二つ乗せた美澄さんがそばに座っていた。


この子は音を出さないで移動するよね。ビックリするから……どうすればいいの? 音を立てろって言えばいいのかな。そっちの方が失礼にあたりそうだし、これでいいのかも。


「ごめんね、つい。美澄さんの笑顔を見たことないなぁって思ったんだ」


聞かれた以上は誤魔化すことは良くない。当人の話をしているのに、聞かれてもはぐらかされたらきっとモヤる。僕なら拗ねるかも。


僕の返事を聞いて、むむっと表情は変わらないけど、少し困って硬直する美澄さん。


その間にコーラを飲む。乾いた喉にきっくぅ〜。


一見、何も悩んでおらず、凛々しくも堂々たる佇まいにみえるが、実際はかなり表情豊かならぬ、身動ぎ豊かな女の子なのだ。まあ、普通の人からしたら分からない誤差の範囲なんだけどね。


付き合いが徐々に長くなっていく度に、彼女の身動ぎ一つでどういう感情を抱いているか分かるようになってきた。


(ふふ。僕だけの判別方法だ)


他の人には分かりまい。ちょっとした優越感だ。


意を決したように美澄さんは口元を少しだけ歪ませる。


「ど、どうかしら。笑顔になれてる?」

「凄く素敵な笑顔だよ」


本心でそう思う。


笑顔が見たいと言い、それを叶えようとしてくれることこそ、最高の笑顔なのさ。と、ちょっとクサイことを言ってみたり。


でも、それは僕の見たかったものじゃないんだよ。


だから、両手を伸ばし彼女の口元に触れて、いつも通りの一文字の形に戻してあげる。


「うん。やっぱりこっちの方が僕は好きだよ」


無表情だけど、もう親しみを感じるぐらいは見慣れている。退屈とか冷めているから無表情なのではないことは痛いほど理解しているから。


「少し悔しいわ」


僕の両手をニギニギして、自分の頬から離させない美澄さん。こういう触れ合いが増えていく。


「昔はこれで良かったのよ。求められていないものだったから。……でも、今は表情を上手く作れないことが悔しい。あなたの願いを叶えられないことが悔しいわ」


甘えるように目を閉じて僕の手に顔を擦り付ける彼女には、言いたいことがある。


「ゆっくりでいいよ。この先もずっと一緒に居るつもりまんまんだからさ……君が許してくれるなら」


照れくさいけど、伝えるべき時に伝えられないような人にはなりたくないから、僕の精一杯を言葉に乗せたよ。


彼女は僕の両手を胸の前に抱き留めるようにギュッと握る。


「許すもなにも、あなたのそばに私を置かせてもらっているの。だから、あなたが許す限りはそばに居させてください」

「うん。喜んで」


いつか。いつかわかる日が来るのだろうか。


君に対するこの想いがなんなのか。


そうしたら告げられるだろうか。


この甘酸っぱい温かな気持ちを。


「さ、さぁー! 暇だし、なんかやろうか、ね!」


なんかこれ以上は身が持たないと感じて僕は咄嗟に元気な声で誤魔化す。


「そうね。なら、これを一緒にやりましょう?」


彼女は直ぐに乗っかって、僕の手を離し学生鞄から透明ケースに入ったトランプを取り出した。


じんわり熱を帯びた手を僕は握りしめる。


彼女の想いの残り火が宿っているように感じた。


「いいね。何やる? 大富豪……は、人が足りないか。なら、スピード? ババ抜き? 神経衰弱? なんでも良いよ」

「私が思いついたゲームをやりましょうか」

「へえ、オリジナルってことか。面白そうだね」


そして彼女はトランプをケースから取り出し、数字が描かれているはずの面を見せてきた。


「なんも書かれてないじゃん」


白紙のトランプだった。


「ここになんでもいいから意味のある言葉を書く。そうね、十枚ぐらいにしましょうか。書いたらそれを裏にして相手にシャッフルさせる。そしたら互いの手元に戻して、一枚だけ取って見えないように額に当てる。そのカードに書かれた内容に関して一言だけ感想を述べる。それを十回繰り返す。そうしたら、述べられた感想を元に自分が書いたどの内容かを推理して、多く当てた方が勝ちというのはどうかしら?」

「思ってたよりしっかりしてる……でも、面白そうだし、いいよ」


二人して背中合わせになって、再利用出来るように水性ペンで書く。


(書くのは何でもいいんだよね……なら、ここはオタク趣味の強みを生かすか)


一枚目『サイヤ人』

二枚目『火影』

三枚目『レールガン』

四枚目『戦隊モノ』

五枚目『スイッチ』

六枚目『日本刀』

七枚目『ライトノベル』

八枚目『友情! 努力! 勝利!』

九枚目『何やってんだーお前!』

十枚目『エトワール』


うん。すっごい適当になってしまった。いきなり思いついたりしないもんだなぉ。でも、ある程度分けてあるから、予測しやすいはず。


「書けたかしら?」

「ばっちり!」

「なら、勝負といきましょうか?」

「望むところだ!」


お互いに内容が見えないように裏返して、相手に渡す。


シャッフル。


相手に返す。


そして一枚選び取り、見えないように自分の額に当てる。


ゲームスタートだ。


一戦目。


彼女の額に書かれた内容はこうだ。


『私は貧乳です』


「そうなの!?」


服の上からもわかる膨らみがあるのに!? それとも同年代だと貧乳と揶揄されるというの!?


「それがあなたの感想なのね?」

「あっ……」


何となくだけど、なにか嵌められた気がする。


「なら、私からは『日本男児は好きよね』ね」


ぐっ、絞れそうで絞れない絶妙なライン。


二戦目。


彼女の書かれた内容は。


『実に面白い』


「なにが!? ……はっ!」

「それでいいのね?」

「ぐっ……コメントプリーズ」

「そうね……『強そうよね』」


……どれだ!? ざっと4つほど候補があるぞ!


三戦目。


彼女の書かれた内容は。


『うしろにサプライズ』


「えっ!」


ばっと後ろを振り向かえるけど、特に気になるようなものはなかった。


そして正面を向き直ると彼女のしてやったりと言わんばかりの雰囲気を醸し出していた。


「感想を聞いても?」

「分かりきってるくせに」

「そうね。それでいいわ。こちらからは『生み出した人はきっと天才ね』かしら」


やはり一つに絞れぬ。


四戦目。


彼女の書いた内容は。


『私は巨根です』


「嘘つけ! ついてないだろ!!」

「もはや、答えを教えてくれているわよ」

「ぐっ……」

「なんなら、確かめてみる?」

「え、遠慮しと、く」

「そう……残念だわ。ふむ……そうねぇ『あなたを育てた要素の一つね』とかどうかしら?」


また曖昧な!


五戦目。


『今日、泊まりに行ってもいい?』


「だ、だめ!」

「残念。『知らない人のほうが少なそうね』」


なんにでも当てはまりそうだ。


六戦目。


『今度一緒にゲームセンターに行ってくれる?』


「喜んで」

「ありがとう。『男の子なら持っている方が多いかしら?』」


ラノベかスイッチか。


七戦目。


『桃菜と名前で呼んで欲しい』


「ぜ、善処します」

「むぅ遠慮しなくていいのに……『私とあなたの繋がりね』」


これの答えはさすがに分かった。


八戦目。


『好きな映画のジャンルを教えて?』


「ホラーかな……」

「参考にするわ。『それを言って欲しいの? 言わせたいの?』どっちかしら」


八枚目と九枚目のどっちでもありうる。


九戦目。


『あなたと出会えて良かった』


「それは……こちらこそだよ」

「嬉しいわ。『危ないものね』かしら」


者か物か判別出来ないな。


十戦目。


『叔父様はあなたを気に入っているわ』


「そ、それは恐れ多いというかなんというか」

「今度会ってみる?」

「……遠慮しとく」

「私もそれでいいと思うわ。最後ね『好きよ』」

「えっ……それは……」

「言って欲しいの?」

「る、ルール違反だから、いい」

「あら、残念。これでおしまいね……どうかしら?」

「完敗だよ」


そもそも僕の理解度が足りなかった。


本当に完敗だ。


彼女はズルい。

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