第十六話 一応の結末

「んんっ。もう大丈夫だから続けて。拓斗さんも話を遮ってごめんなさい」


彼女の手を離すのは名残惜しすぎるけど、流石に恥ずかしい。だから、断腸の思いで手を離す。


むっと少し美澄さんが不機嫌になったので、あとでフォローしないと。まったく、しょうがないな〜。ニヤケそうになる顔を必死に堪える。


「ああ、気にしてないよ。誤解が解けて良かった。やっぱり美澄穣は変わったね。素敵な女性になった」

「変わりもするわ。あれから四年経っているのよ」


四年? ……ってことは美澄さんが小六の頃の話かよ。そんな頃に婚約やらなんやらがあるなんてお金持ちはスケールが違うぜ。


僕の小六の頃? ふふ……必死にかめはめ波の練習したり、螺旋丸を生み出せないか扇風機の前で手の平を捏ねたりと研究熱心な少年だったよ。……ほんっと、昔から頭空っぽだな、僕! でも、そんな自分が嫌いじゃない。


(そういえば中学でハンドボール部に入部したのって、螺旋丸ぽかったからだっけ)


我ながら意味のわからない理由で入部を決めたものだと思う。でも、今になってはいい思い出だ。


「あれほど“素敵“なフラれ方をされたのだから、みちるさんとは上手くいっているのよね?」

「……そうだね。上手くいっていると思うよ」


みちるさんという名前が出たときの、拓斗さんの苦笑はなんだか優しいものに思えた。


誰だろうか、みちるさんとやらは。


「みちるさんというのは、$重国しげくに重工の令嬢よ。拓斗さんと婚約破棄をして、復縁を果たした人でもあるわ。その騒動の間に私の両親が無理やり婚約を持ちかけたのよ」

「なんかすごい話だなー」


早速、僕の疑問に美澄さんが説明してくれた。


そして僕が異世界の話を聞いているようにぼけーっとしていたら、美澄さんが僕の耳元に顔を寄せてきた。吐息がくすぐったいよ。


「いつか話すわね。拓斗さんがお見合いの席で、いかにみちるさんのことが好きかカミングアウトした話」

「う、うっわぁ〜」

「待って美澄嬢? なにやら、よからぬ事を企んでいないかい?」


僕の生ぬるい視線を敏感に察した拓斗さんが美澄さんを問い詰めるけど、彼女は素知らぬ顔で髪を後ろに流し、自信たっぷりに言う。


「ピロトークよ。場をわきまえなさい」

「お前がわきまえろ」

「あう……最近気持ちよくなってきたわ」


ダメだ。この子、Mに目覚めかけてやがる! 他の手段を考えないとっ!


引っぱたくのはやはりなんか嫌だし。形容された行為が、万人に受けるとは限らないから。


……今度から脇腹をつねるというのはどうだろうか? ……いやいや! それは変態チックすぎる!


僕が彼女の変人発言を止めるための手段を探す間に、拓斗さんを呼んだ大凡のあらましの説明を美澄さんが済ませてしまった。


「なるほどね……分かった。同じ学び舎に通う学友だ。何とか・・・しよう」

「お願いするわね」


あっさりと承諾してしまった。


えっ、本題終わり? もっと、こう、なんで俺が! みたいな一悶着あると思ってた。


僕がよっぽど変な顔をしてたのだろう。拓斗さんは僕に尋ねてきた。


「青音君。君は好きな食べ物はあるかい?」

「餃子、パスタ、ラーメン、うどん、そば、カレー、ピザ、グラタン、ホワイトシチュー、ハンバーガー、味噌汁、わかめスープ、たまごスープ、カシューナッツの炒め物……ええっと」

「そ、そこまで答えなくていいんだけど……」

「今度作ってくるわね」

「ヘルシーにお願い」

「ええ。分かったわ」


身体を鍛え直すからね。カロリーは抑えないと。


若干、引いたように引きつった顔の拓斗さんは、気を取り直したように言う。


「こほん。まあ、そうだね。……ダンボールにぎっしり詰まっているリンゴをひとつ齧ってみたとするね」

「僕、果物あんまり好きじゃない。杏仁豆腐は好き。あと、さっきの質問の意味は?」

「オヤツは杏仁豆腐にしましょう」

「やったー」

「お願いだから説明させてくれる? 美澄嬢は少し静かにしてくれるかい?」


なんなんだ。せっかく人が質問に答えたのに。美澄さんに僕の好物が知られただけじゃないか!


「その齧ったリンゴは腐っていたんだ」

「リコールだ! 不良品掴まさせやがって! ネットで晒してやるー!」

「青音さんになんてものを食べさせるの? それの販売に携わった製造会社と運送会社と販売会社を今すぐに取り潰すべきね」

「……その場合、青音君は同じダンボールに入っている他のリンゴをどうするんだい?」


なんか反応してくれなくなったぞ。僕たちがバカみたいじゃないか! 美澄さんは若干ガチ感あるのはよそうか。


さすがにそろそろ真面目にならないと拓斗さんが怒るかもしれないし、ここら辺が潮時か。


「ほかのも腐ってそうだし、食べないで捨てるか、ダンボールを閉めて放置かな」

「そう! まさに臭いものに蓋をするのさ! 大正解だよ!」


良かった。拓斗さんはご満悦のご様子だ。


「たとえほかのリンゴに問題が無かったとしても、ひとつでも腐っていたものが一緒だと、全てがダメと判断してしまう人達が居るんだ! 今回の件もそうさ。同じ大学に通っている学友が犯罪に手を染めた。だったそれだけで無関係な人達もバッシングの対象になりかねない!」


極論すぎやしないか? さすがに世間様もそんなにバカじゃないでしょう?


可能性がある・・・・・・。それで十分さ。それだけで人はいくらでもでっち上げる・・・・・・ことが出来る。身に覚えはないかい?」


マスコミやメディアという言葉が脳裏に過ぎった。


彼らは時に過剰に過激に、そして偽りの記事を書くことがある。


「人が知識を得るのは誰かに教えられたときと、自分で知ろうとしたときだ。そして教えられた知識というのは、自分で知ろうとするよりも記憶に残りづらいし関心が薄い。そして、自分でより“知ろう“としないことの方が多いだろう? だから、旬がすぎた話題が後からデタラメと公表されても気づかない人達は居る。何故か? 興味が無い・・・・・からだ! “真実“というのはいつだって偽りフィクションよりつまらないからだ! だから興味がもてないし、要らないんだ!」


拓斗さんはまるで叫ぶように力説する。


その様に僕は魅入られていた。


「だから煙が立たないうちに火元を消すんだ。知られたら“お終い“なんだよ。この先、いくら大きな偉業を成し遂げようが、栄光を手に入れようが、過去に陰りがあれば……必ず見つけて糾弾する人は現れる」


近い話を思い出した。議員に当選した人の話だ。


彼は清廉潔白を前面に押し出し、見事に当選した。


だが、十数年前の小さな雑誌のインタビュー記事で人種差別のような発言をしたことを、ネットのユーザーが見つけ出し、SNSで投稿した。


結果は、当選取り消し。


彼は自分すら思い出せないほどの過去のひょんな過ちにより、全てを奪われたのだ。


「身から出た錆ならまたいい。だが、近くの人の過ちすら擦り付けられる可能性がある。それだけで俺はこの件を引き受ける価値があるんだ。これは俺の為でもあるんだよ」


確かに拓斗さんの言う通りなのかもしれない。


臭いものには蓋をする。


イジメがあったというだけで、その学校の生徒全員が加害者のように取り上げるメディアもいる。


家族から犯罪者が出たら、過剰にその一族の人達を攻撃して一纏めに犯罪家族だと糾弾する評論家の人も居る。


たまたま近くに居た。あるいは話したことがある。もしくは、接点が少しだけある。


そんな理由で“もしかしたら“と憶測でものを言われる。


拓斗さんはお金持ちだ。しかも御曹司。


将来を約束された人だ。


そんな人が通う大学に犯罪者が多数出た。


さて、メディアやマスコミはどう記事を書く?


間違いなく北川拓斗というビッグネームを記事に取り上げて話題性を高めようとするだろう。


『北川グループの息子が通う大学で麻薬取引のグループを一斉検挙!?』


こんな記事を読んで、拓斗さんがかかわり合いを持った人達が犯罪を犯したと誤解する人も出てくるかもしれない。


その可能性を潰すということは。


「全力で揉み消す・・・・さ。無かったことにして、俺の潔白は保たれる。そう言うと俺が悪の親玉みたいだね? でもね、俺は“北川“なんだよ。大きな会社をいくつも経営している“北川“なんだ。千を越える社員と万を越える従業員の生活を背負っている一族の一員なんだ。だから、彼らの生活を脅かす“かもしれない“すら起こすわけにはいかないんだよ。北川の“名前“が記事に乗るということは、会社の株価や評価も変動することを意味する。良くも悪くもね」


どんなに会社の経営が順調でも、経営者のひとつの発言、行動、態度で多くのことが動く。


それが経営者なんだと彼は力説する。


いきなり語られても困るよ。


僕は一介の学生でしかないんだから。


でも、理解はした。


今回の件は拓斗さんにとっても、他人事ではなかったのだ。


「だからありがとう。おかげで命拾いしたよ。君達は命の恩人だ」


拓斗さんは立ち上がり、深々と頭を下げる。


美澄さんはどーんと構えているけど、僕はあたふたしてしまう。


「いやいや、偶然だからっ! たまたまだからっ」

「その偶然のおかげで救われるんだよ青音君。もう少し遅れてたら最悪なことだって起きりえたんだ。今日帰ったら直ぐにでも動くことになると思うよ。安心してくれ。もう彼ら・・が悪さをすることはないよ」


こ、怖ぇ……。何する気だよ。


少しだけアイツらに同情するよ。


まあ、自業自得だけどね!


「話が長くてくどいわ。青音さんの貴重な時間をあなたの暇つぶし・・・・のお喋りに付き合わせないでちょうだい」

「出厳しいなぁ。久しぶりに警戒せずに話せる“友人“を得たんだから、もう少しぐらい良いじゃないか」

「そんなに“北川“が重荷なら捨てればいいじゃない」

「捨てられないよ。君とて“美澄“を捨てられないじゃないか。……少し羨ましく思えるよ。不謹慎だけど、御家の名を名乗れたうえで、ある程度の自由を許された君が」

「もう名ばかりの“美澄“よ。本家は叔父様が引き継いだもの」

「あの人なら安心出来るね。経営者としても人としてもある種の完成系だ。言い方は良くないけど、君の両親は……急ぎすぎた。傍から見れば彼らは君を」

「両親の悪口はたとえ、あなたとて許さないわ」

「悪かったよ……にとっては良き両親だったんだろうね」


うぅーん。よく分からぬ。


僕が理解出来ないなら忘れちゃうよ?


拓斗さんが言ったんじゃないか。人からの知識は記憶に残りづらいって。


それにその話は美澄さんにとって楽しいものじゃ無さそうだし。


「もうお終いにしよう? これ以上は僕が退屈・・だ」

「すまないね。長々と付き合わせた」

「ごめんなさい。こんなくだらないことを聞かせてしまって……」

「反省した? もう、お話も話し合いも相談もないよ……ね?」


流石にこれ以上なんかあるなら、カットしちゃうから。僕の記憶にすら残さないからね!


「もうないさ。満足だよ」

「ええ。もう彼と話すことはないわ」


そっか。良かった。


「よーし! なら拓斗! 桃菜! 三種のチーズ牛丼食いに行くぞー! 君達の奢りな!」

「ええ。行きましょう。どこにでも着いていくわ」

「良いじゃないか! 一度行ってみたかったんだよ! 是非奢らせてくれ!」

「ふざけないで。青音さんの分は私が払うわ」


冗談だったんだけど……まあ、いっか。


そんなこんなで、一件落着……かな?

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