閑話 メイドさん
ある日のこと。
僕は美澄さんこんなメッセージを貰った。
『こんにちわ、青音さん。どうしても今日はアジトに来て欲しいの。詳しくはアジトに着いたら話すことにするけど、今日は野暮用で遅れます。気にせず、先に四階の部屋で寛いでください』
なにやら、陰謀の気配がするぞ。
最近は一緒に居るとつい、穏やかな気持ちになるけど、彼女はお茶目などころがあるからなぁ。
もしかしたら、何かしらのサプライズを企んでいるのかもしれない。
『気にしないでいいよ(*´∀`*) 野暮用はしょうがないよね(ノ∀`*) 先にアジトで待ってるねー٩( ´ω` )و』
よし! 今回も無難な返答になったぞ。送信っと!
何が待ち受けてるのか楽しみにしつつ、アジトに向かう。
☆☆☆
言われた通りにアジトの四階に向かった。そしてプライベートルームのドアの前に立つ。
(む……? なにやら気配がする?)
いや、何となくそう思っているだけで、何か確信があるわけではない。
サプライズの可能性なら、少し考えすぎているだけなのかも。
とか言いつつ、ドアに耳を当ててみたり。
(壁に耳ありだぜ!)
「…………」
僕は静かにドアから離れる。
(そういえば防音ドアだって美澄さんが言ってだっけ)
『なにをしても漏れずに安心よ』
そんな要らぬ解説を添えて。
(馬鹿なこと考えてないで、さっさと開けよう)
僕は結局備えずにドアを開くことにした。
「お、お帰りなさいませっ。ご、ご主人様っ」
「……は?」
そこには見知らぬ女の子が両手をついて深々と頭を下げていた。
メイド服を着て。
「み、美澄さん……? じゃない!? 誰だよ、君!」
一瞬、美澄さんなのかと、まじまじ観察したけど、やっぱり知らない子だったよ!
「あ、あの、わたしっ……お嬢様にここでご主人様の相手をしなさいって言われて……や、優しくしてください!!」
「桃菜ぁぁーーー!! 何やってんだ、お前ぇぇーー!!」
僕はあらぬ限りの声量で叫んでいた。
「キャッ! ど、どうしましたか、ご、ご主人様っ」
「その呼び方やめて! そういうのはお店だから嬉しんであって、こういうプライベートで呼ばれると……イケナイことを強要しているゲス野郎みたいじゃん!!」
「そ、そういうのはご提供してないですぅー!! ……あぅ!?」
「とっと! だ、大丈夫!?」
顔を真っ赤にして両手で覆い隠すように逃げようとして、ドアの前に立っていた僕に正面衝突。
慌てて倒れこまないように抱きしめてしまった。
「あうあう」
「君……もしかして、ウェイトレスのお姉さん!?」
もはやパニクってあうあうしか言わないけど、よく見ればウェイトレスのお姉さんだった。
まじまじ見ると童顔すぎて同い年ぐらいにしか見えない。
「お姉さんは何歳なの?」
「あ、あぅ……二十歳ですぅ……」
「見えないよ! すごく若く見えるね!」
「あぅ……そ、そのぉ……は、はなしてぇ」
「あっ! ご、ごめんなさい!!」
抱きしめて至近距離でお話してしまった。
(な、なんという柔らかさなんだ! つい夢中で抱きしめてたぞ!?)
まるで、そう、まるでマシュマロボディのようなふっくらとした柔らかさだった。
美澄さんとだってこんなに密着したことないのに。二、三回程度しかあったことの無い、しかも歳上のお姉さんを抱きしめてしまった。
その事実に僕は軽く絶望する。
僕は素早くその場にしゃがみこみ、土下座を実行した。
人生最速の動きだったと思う。
「ご、ごめんなさーい!! 悪気は無かったんです!! 許してください!! お、お願いします!! お、お金なら頑張って払いますからぁ!!」
「あ、あのぅ……」
「その怒りはごもっともでごさいます! 知り合いとも言えないような野郎に抱きしめられ! セクハラ紛いなことを聞かれ! あまつさえ過去に二度にわたって失礼きまわりないような発言をしてお姉さんを辱めたことは本当に申し訳なく思っております!! どうぞこの身を煮るなり焼くなりお好きにしてくださいっ!!」
「す、すきにって……そ、そんな、私気にしてっ」
「ですからぁ……ですからぁ……! 通報だけはぁ……ご勘弁ぉ!!」
いつかはやらかすと思っていた。最近は美澄さんとスキンシップをするのが当たり前になっていって、このままでは僕が定めた恋人しかしてはいけないスキンシップすらしてしまう勢いだった。
本来、勝手に触れていい存在じゃないんだ。
彼女たちは世界における優先的人類女性であり、冷遇的人類男性が無許可に触れようものなら、人生を棒に振るってしまうほど高貴なお方々なのだ。
僕は美澄さんの優しさに甘えて、ベタベタ触りすぎたんだ!
そして、今日も深く考えることなく、ウェイトレスのお姉さんを抱きしめてしまった。
唾棄すべき行為だ! 万死にあたる罪だ!
許されるべきおこないではない、断じてない!!
今はとにかくお姉さんのお怒りを鎮めることに務めるべきだ。
全面的に僕が悪いんだから!
謝れ! ひたすら謝れ! そうしないと、本当にバッドエンドだぞ!!
地べたに額を擦り付けるレベルで頭を下げ続ける。
ふと思う。
(こんなんでいいのか? こんな謝罪で許されるのか……? いや、足りない……足りないだろぉ!!)
僕は土下座のその先を見つけた。
少し頭を地面から離す。そして……
「あ、よ、良かった……頭を上げて「ふんっ!」ちょぇ!?」
バコッ! 思いっきり地面に打ち付けた。
(これが土下座の向こう側……頭突き土下座だ!)
「誠に (バコッ!)申し訳 (バコッ!)ござい (バコッ)ません!」
バコっ!! くそっ。カーペットの上だからイマイチ誠意が足りないのかもしれない。
ならば廊下に出よう。
そこならかなりいい音がしてお許ししてくれるかもしれないぞ!
「ま、待ってくださいね。今、もっと凄いのを」
「も、もうやめてくださいぃ!! お、怒ってませんから! それ以上やったら死んちゃうぅぅ!」
「ほ、本当ですか!? 許してくれるんですか……? あんな酷いことをした僕を?」
「は、はい! 許します! 全部! ぜえぇんぶ! お許ししますぅ! だから、もう変なことしないでぇぇー!!」
お姉さんは僕の腰に抱きついてまで止めてくれた。
なんだ、女神様はここにいたのか。
いや、聖母様か? 聖母神様なのかもしれない。
「こ、こんな僕を許してくれるなんて……うぅ……凄くお優しいんですね……ぐす」
あまりにもお優しい言葉をかけてもらって、僕は生まれて一番泣いた。
「この御恩は忘れません!」
「忘れてくださいっ! 今日あったことも、前にあったことも、全部忘れてくださいっ! お願いですから!」
その後、しばらくはお互いが落ち着くために時間を要した。
☆☆☆
「美澄さんに雇われたんですか!?」
「は、はぃ……ですので、言われた通りにしたのですがぁ」
「……可笑しいとは思わなかったのですか?」
いくらなんでも、ご主人様はないでしょう? 美澄さんはお嬢様と呼ばれても違和感ないけどさ。
「お、思いましたけど……」
「けど?」
「お、お給料がいいんですぅ!!」
「ならしょうがないかも!?」
大事なことだ。うん。お金は大事だもんね。
時には我慢してでもやらないといけないことがある。それがお金という対価を得るためならば理にかなっているというものだ。
お金の魔力は人を狂わせる。
その被害者がお姉さんなのだ。
(美澄さん鬼畜過ぎない? 札束でお姉さんの尊厳買ったんか?)
まじまじ見てはいけないと思いつつ、お姉さんのメイド姿はグッとくるものがある。
美澄さんの特注なのか、生地は安っぽくなくてしっかりした手触りだった。
メイド服と言っても、スカートは膝丈まで長さがあるし、胸元だって開いていない。かなりクラシックなメイド服かもしれない。
なので、いらやしいというより、儚いとか物静かというイメージを抱かせる。
(美澄さん……グッドです)
だがその職人技には納得せざるおえない。
「それで雇われたって今日だけですか?」
「違います。喫茶店でのバイトも兼任していいから、暇な日や時間に、このビルの清掃やお嬢様とご主人様のお世話をして欲しいという条件でした」
「自分で言うのもあれですが……怪しすぎません?」
そんなふわっとした条件で頷くのは、あまりにも危機感が無さすぎだろ。
「で、でもお給料は良かったんですっ」
「お給料が良ければ何されてもいいの!?」
「い、いいわけないですよぉ! お、お嬢様はなにも怖いことはないと、約束してくれましたから」
「……」
もしかして、このお姉さんは……頭が弱い? そんな口約束でホイホイ着いてきちゃだめでしょう!
「そ、それに……あ、あなたに会えるって……」
「えっ?」
「な、なななんでもないですぅ!」
「そ、そうですか?」
なんだ今のセリフ。
まるで僕に会えるから引き受けたように聞こえるんだけども? んなわけないか。あんな酷いことしておいて。幻想を抱きすぎだ。
リアルの女の子はそんなにチョロくない。
だから、きっと別の意味なのだ。
例えば、あんなことをほざく野郎に復讐する機会を得るため、とか……やばい。自分で想像して少しブルっちまった。父さんが言ってた。女性の復讐の動機はそんなことで!? と驚くようなものがトリガーだったりすると言う。
「そ、そうですね。このビルの清掃を引き受けてくれると嬉しいです。お世話の方は無理せずに」
「そうですかっ! 良かったですぅ。お嬢様にはご主人様に気に入られなければクビにするって言われてましたから」
あのいたずらっ子はあとでとっちめてやる!
内心で義憤に燃えていると、コンコンとドアがノックされた。
「開けても問題ないかしら?」
顔だけ覗かせた美澄さんは、すんすんと鼻をビクつかせる。
「おいこら桃菜。なにを嗅いでいやがる?」
「おかしいわね……? あと片付けまでする時間は与えてないはずなのだけれど……」
なにを疑問に抱いているか分からないけど、取り敢えず美澄さんの頭をがっしりと鷲掴みにして逃げられないようにした。
「あらぁ、これは何かしら? 目の前が見えないわ?」
「随分と余裕のある態度だね?」
「青音さんがひどいことをしないって信じているもの」
「ぐっ……ずるいことを言いやがる」
でも、手を離してしまうんだよね〜不思議!
「アスタさんのことは気に入ったかしら?」
「アスタさん? ウェイトレスのお姉さんのこと?」
「ええ。このアジトの管理を任せるのよ? 非戦闘員とは言え、エトワールの一員よ? コードネームを付けるのは当然じゃない」
アスタ……ああ。アスタリスクか。意味なんだっけ? まあ、いっか。
「お姉さんの本名は?」
「五峰院みこね」
「変わった苗字だね。みこさんか」
なんだから似合っている気がする。
「いいえ、みこじゃなくて“みこね“よ」
「みこねさん?」
「うぅ……恥ずかしいのでアスタの方で呼んでくださいぃ」
「そうですか? 可愛い名前なのに」
「可愛いは成人した私には禁句ですよぉ!」
そんなこと言われても、可愛いんだからしょうがなくない? 童顔だし。高校生でも通じるあどけなさだよ。
「それでアスタさんは……どういう扱いなの? 流石に正規雇用なしでお金渡したら闇バイトとか扱いされそうだけど」
アスタさんと呼べと言うなら従うことにする。
そしてもっともな疑問を本人に聞こえないように美澄さんに耳打ちする。
僕の吐息にビクッと震えた美澄さんは反応してくれない。
「どうしたの、美澄さん?」
「……な、なんでもないわ。安心してちょうだい。叔父様の会社に契約社員として雇用しているわ。ここにはビルの管理という形で派遣しているの。私のビルだけど、今は未成年だから遺産の管理は叔父様に任せてあるのよ」
「そうなんだね」
「んっんんっ……」
そっか。思ったよりしっかりと雇用されていた。なら、僕の心配は解消されたから、今度は少しだけゲスい質問をしよう。
「ち、因みにおいくらで雇っているの」
「ひゃん……んんっ! そ、そうね、契約期間は一年で更新あり、月給三十万で税金と市民税と社会保険をもろもろ引いたら、手取りは二十二万ぐらいかしら」
思ってたより貰っている? のかしら。この街は都会に入るから家賃とかもかなり割高って父さんに聞いたし、そんぐらいは貰わないと生活出来ないのかも。喫茶店のバイトも続けると言ってたし、本当はギリギリの生活でもしていたのかな?
おや? 美澄さんの頬が珍しく赤いぞ? どうしたんだろう? もしかして無理している?
僕は彼女を支えるように肩を抱き、更に耳に口を寄せた。
「美澄さん。なんか具合でも悪い」
「ふぁ!? だ、大丈夫だから……す、少しはなれてぇ……」
弱々しく僕の胸を押す美澄さん。
(あれ? 美澄さんってこんなに色っぽかったっけ?)
美しいし、可愛いけど。そこまで色っぽいとは思ったことがなかったから、少しドキドキする。
それにいつも無表情な彼女に表情らしきものが見受けられる。なんか目が潤んでいるし、チラチラと上目遣いで僕を見るし、いつもの反応と違うぞ。
「そ、そう? なら、いいんだけど」
「わ、わわぁ。すごい場面を目撃してしまいましたぁ〜」
そのあと、しばらく美澄さんは僕を傍に近寄せなかった。
それにアスタさんからも少し距離を置かれている気がするのですが……。
「あ、僕のことはご主人様って呼ばないでくださいよ! 普通に名前で呼んでください」
「わ、分かりました。そちらの方が私も助かりますっ。それではシリウスさんと呼んでもいいですかぁ?」
「それでよろしくお願いします!」
こうして僕たちエトワールにメイドさんが加わったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます