第七話 覚悟
暫くして、ヤツらはゲーセンを堪能したのか、漸くゲーセンから出る。
僕と美澄さんはそれを追尾するように尾行する。
陽は落ちきっていない。変に近づき過ぎたら怪しまれるだろう。
「青音さん。こういう時は堂々としている方が怪しまれないものよ。本来なら悪いことをしている人なら少しぐらい警戒心を湧くものだと思うけれど、アレらにはそのような殊勝な心構えなどはないようだし」
「確かにね。傍から見たら休日をエンジョイしている大学生にしか見えないね」
でも、アイツらは美澄さんに手を出そうとしたんだ。普通ではない。それは間違いない。
(問題はやはり、規模だ。取り扱っている品によっては手に負えないぞ)
流石にチャカとかハジキとか呼ばれている銃器とかの取引だったら速攻逃げないと。僕たちはあくまで素人が違法なことをしていることを辞めさせるのが目的だ。言わば、裏社会の浅瀬の連中を退治するのが目的。どっぷり浸かっている奴や本職の人達を相手にするつもりは無い。
(といっても、それでもかなり危ないと思うんだけどね)
でも、やはりスリルを求めてしまうのかもしれない。
自分の手で何かが成し遂げられるかもしれない。
普通の人はやらないことをやる。
(やってることは違うけど、今どきの若い人たちと根本的には一緒なのかもね)
物が溢れた今の世の中で、新しい何かを作り上げることはとても難しい。だから、達成感を得られる機会はどんどん減っていって、ニュースで流れる世間は不景気を常に更新し続け、物価は高く、収入は増えず、なのに生活を維持する水準だけは上がり続ける。
みんな、明日を不安に思い、未来に希望を抱けなくなる。
だから、手っ取り早く幸福感を得るために犯罪に手を染めてしまうのかもしれない。
どうせ、未来は悪くなっていくのならば、今を楽しもう。
短絡的で破滅的な思想だが、痛いほど分かってしまう吸引力がある。
(誰だって人よりいい思いがしたいよね。ちょっとした度胸試しで周りより優位になれるならチャレンジしてしまう)
昔の根性焼きみたいなものかもしれない。
“それ“をすればみんなの仲間入り。
犯罪もみんなでやれば怖くない。
僕たちが尾行しているヤツらも仲間が大勢一緒にやってるから怖さから逃れられているのかもしれない。
(それは僕も一緒かも。美澄さんが一緒だからこんなことが出来る。一人だと見て見ぬふりをするかもしれない。仕方ないと理解を示すのかも)
でも、彼女は動機こそあれだが、一人で挑む勇気がある。度胸がある。
だから本当の意味での強さと言うのならば、僕よりも彼女が遥かに強い。
だから、彼女の進む先を見届けたいのかもしれない。
「青音さん見て。電話しているわ。きっと仲間と次の取引の段取りを取っているのよ」
「願望ダラダラだね。でも、それなら手っ取り早いね」
きっと僕たちのやってる事なんか、ごっこ遊びだ。
怖いもの見たさに近づいてキャーキャー言いたいだけなのだ。本当の闇なんかに近付きたくないのかもしれない。
でも、僕はどうなんだろうか?
その闇に触れたとき、僕は後悔するの?
それとも、恋焦がれたような熱に酔いしれるの?
知りたい。
だから、美澄さんの手を取ったのだ。
彼女が危険な目に会う可能性を形容したのだ。
僕は彼女に好かれる資格など持ち合わせていないんじゃないか?
本当に大切なら今にでもこんなことは辞めて、ゲーセンで一緒に遊ぶべきなのだ。
ああ、ブレブレだ。
一緒に頑張っていこうなどとほざきながら、内心はぐちゃぐちゃで思考が纏まらない。
だから、そんな自分に一つの決心を今一度決めさせる為に、彼女に問おう。
これで最後だ。
彼女の答えを聞いたらもうブレずにいよう。
「美澄さん、一つ聞きたいんだ」
僕は彼女の瞳を真正面から見詰める。
「ええ。なにかしら?」
彼女も僕の真剣さを感じ取ったのか真っ直ぐ見詰め返してくれる。
「君は本当にアイツらを懲らしめたいの? それとも言った通り、ただの暇つぶし?」
僕の問いに美澄さんは一瞬の逡巡の後、迷いながら言う。
「……分からないの。私にはもう、したいこともするべきことも分からないの。ただ、毎日を屍のように生き続けているだけ」
「うん」
「だからこれももしかしたら、自分の生きる意味を探す為の代償行為の一つなのかもしれないわ」
「手探りなんだね」
「そう、ね。人と一緒のことをしても満たされなかったわ。だから、人のやらないことをしてみたら満たされるかもしれない。そう思ったからこのような手段に手を出したのかもしれない」
「じゃあ、これでも満たされなかったら?」
僕の言葉に少し目を見開いたあと、彼女は初めて表情を崩した。
「だったら悪い子になるしかないかもしれないわね」
「そっか」
なんだろうね。
うん。
一緒なんだと思った。
分かんないよね。
自分のしたい事なんか。
大抵はその場の勢いだよね。
あとから考えたら、ありえないことをしているかもしれないし、馬鹿げているのかもしれない。
後悔しまくって死にたくなるかも。
「だから、美澄さん」
「……なに?」
迷子のようなこの女の子と一緒に探してみよう。
「一緒に見つけようね。僕たちが満たされる方法」
僕の言葉に彼女はしばしの沈黙のあとに一言だけ答えた。
「うん」
もう迷わない。
この子を護る一等星になろう。
僕は彼女(オリオン)の仲間(シリウス)になったんだから。
「よし! こっから明るくいこう!」
うじうじ考えるターンはもう終わり。
もう、野郎ともの心境なんか汲んでやらん。
悪いことしたんだから、しっかり反省させてやる。
「ありがとう」
動き出したヤツらを追う僕の背後から澄んだ声音が耳をくすぐる。
「どういたしまして」
耳のいい僕はしっかり言葉を返す。
それだけで良かった。
二人にはこれだけの情報量で事足りた。
(やっぱり僕と美澄さんは似たもの同士なのかもしれない)
生まれも育ちも違えと、分かり合える。
この出逢いはきっと運命なのだ。
広大な星空で、シリウスがオリオンを見つけ寄り添うように。
僕達はしばらく尾行していくと、人気が少ない場所にたどり着く。
「おいおい。尾行されてんじゃねーか。気を付けろと言ったろ」
「ま、マジすか。しゃーせん」
「くそっ! 誰だ! こんな舐めた真似しやがったやつは!!」
バレた。
待ち合わせと思わしき場所に、一人だけ男が居たけど普通じゃない。一目見て直感した。
二十代中頃で無精髭を生やし、タバコを吹かす男。
(やっばっ。勝てる気がしないぞ)
まともに喧嘩したことの無い僕でも分かる。
あれは、恐ろしく強い人だと。
「美澄さん。逃げよう。無理だ勝ち目がない」
あの人に勝つビジョンが微塵も湧いてこない。
「分かったわ」
頷く美澄さんと顔を合わせ、その場から離れようと踵を返すそのタイミングで男が場を支配するほどの低い声で呼び止めた。
「逃げるのは得策じゃねぇーな。本当に生き延びたいのなら俺とやり合おうぜ」
「リュークさん。俺達もやりますよ」
「おめぇーらは取引があんだろうが。さっさと行ってこい。ここは俺一人で片付ける」
男は吸い切ったタバコを地面に落とし、足底で踏み躙る。
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