第八話 初めての喧嘩

「ほら、出てこいよぉ。約束してやる。他の奴らには手出しさせねぇーからよぉ」


僕らが追っていた二人組はこの場から渋々離れていく。


僕と美澄さんは彼の前に姿を現す。


「おらぁ!! 周りのヤツらも邪魔だ、失せろぉ!!」


リュークと呼ばれた男の一喝で、周囲がザワザワし、暫くして静かになる。


(囲まれていたのかよっ!)


今更ながら背筋が凍った。


規模を読み間違えてた。


もっと大きなグループだったんだ。


そして、そんな連中を意のままに動かす。


「思ったより大物のようね」

「そうだね。少なくてもこの人だけは半端者じゃないよ」


つい先程決意した覚悟が早速揺らぎそうです。


(最悪、美澄さんだけでも逃がさないと)


彼女を護るように前に出る。


「私も支援するわ」


恐らく懐のスタンガンを使うつもりだろう。


「女は引っ込んでろ。こっから男同士のタイマンだ。半端に手を出すと容赦しねぇーぞ」

「……っ」


男からの冷めた鋭い眼光で睨まれて、美澄さんは固まってしまう。


「君は下がってて」

「え、ええ……」


美澄さんはコクコクと頷いて大人しく下がる。

その肩は震えており、見た目以上に小さく見えた。


「約束してください。僕がどうなろうと彼女には手を出さないと」

「おうおう。おもしれぇーこと言うなぁ? そういうのもひっくるめて勝者の権利だぜ?」


ズボンのポケットに手を突っ込み、コチラを見下すように顔を上げる。


(すっげー見下されているなぁ)


でも、なんも言い返せない。


それぐらいの力量差は痛感していた。


身動ぎ一つとっても、次にどう動くか想像(イメージ)出来ない。


「てめぇの意見通したいなら勝てや、俺に。そんだけの話だろぉ?」

「分かったよ……勝つ!」


僕は見よう見まねで拳を構える。


もはや、退けない。


護ると誓ったんだ。


こんなところで負けら


「ぐっ!?」


気が付けば僕は顔を殴られていた。


僕は慌てて正面を向いて男を補足しようとする。


そこにはドアをノックしたような体勢の男が立っていた。もう片方の手は相変わらずポケットの中だ。


「勝負中に考え事か? 最近の若いヤツらって余裕があんだなぁ〜」


(二メートル以上離れてたんだぞ!? 一瞬で詰められる距離じゃないよ!)


思考が混乱する。本当に自分は人間を相手にしているのかと。


「仕掛けてこないのか? 最近の若いヤツらは受け身なやつばっかだなぁ」


一歩。二歩。ゆっくり迫ってくる。


「来ねぇーと、やっちまうぞ?」


ゾクリと寒気が全身を駆け巡る。


(殺気? 実在してたのかよ)


でも、このまま受け身だと本当に終わってしまう。そう直感した。


「行くぞっ!」

「威勢だけは一丁前だな」

「ふっ!」


駆け込み、拳を振り抜く。


本当に手加減なしの攻撃だ。


当たる。


そう思った次の瞬間。


「がはっ」


逆に僕のお腹にリュークの拳が突き刺さった。


「気持ちいいのが入ったな」


その場で蹲る僕の頭上からリュークの声が響くように聞こえた。


「もうやめなさいっ! これ以上やったら許さないわよ!」

「女は黙ってろって、言ったろうがぁ!!」

「うっ……」


駆け寄ろうとした美澄さんを一喝するリューク。それだけで美澄さんは立ち止まってしまう。


ああ、情けない。美澄さんに心配させるなんて。


「大っ丈夫だからっ!! 待ってて、そこで見ててっ!!」

「で、でも……あなたが」

「男の覚悟に水刺すんじゃねぇーよ、コイツの女なら信じてやれよ」


なんだよリューク。お前、実は良い奴か?


でも、訂正させろ。


僕は何とか立ち上がりながら言葉を返す。


「僕の……女じゃないよ。とても大切な人だっ」


そこを勘違いするな。


僕は精一杯、リュークを睨みつける。


「へぇ……いい顔するじゃねぇーか」


リュークは心底嬉しそうに笑う。


邪悪な男の筈なのに、邪気を感じさせない笑顔だ。


「なら! ならば! かかっこいっ! 男ぉ見せろやぁあ!!」


両手を広げかかってこいと叫ぶリューク。


「うぅぅおおおおお!!!!」


思考がブチギレるまでに想像イメージする。


リュークの指の動き、肩の震え、足の爪先の移動、眼球の動き、顔の向き、腰のひねり、太もものゆくえ。


全てを僕は想像イメージを読む。


これは決して未来予知ではない。


未来予想だ。


相手の未来の動きを朧気なイメージで予測する。


経験則から導き出された最適解を勘で再現し、予測による分岐を想像する。


これははたして特殊能力かと問われれば、きっと勘が鋭いだけ。


誰もが持ち合わせている力。


同じ経験を重ねれば相手が似たような動きをした時、おおよその未来の動きが予測できるようになる。


僕はそれが人より少ない経験で早め・・に分かるだけ。


リュークに迫る。


右足がくる。初見。蹴りだ。何とか防ぐ。痛い。ヒビ入ってない!? 大丈夫だよね? ね?

左手がくる。右手で見たパンチだ。躱す。はいおゆー。うそ、ぎりっぎり。

頭突き。初見。でも予備動作の腰で反射的に仰け反り、ダメージ軽減。でもいたぁーい。石頭め!

右手が開く動作。初見。でも多分掴みだ。ヤバい!! 本気のバックステップで回避! 危うく死んでた。


「おいおいおい。勘がいいとかセンスがいいとかのレベルじゃねぇーぞぉ? なんだぁ? 未来でも見てんのかぁ?」

「見てないしっ。ばーかばーかはんばーがー!」

「お前うぜえなぁ!?」


掴み損ねた手をグーパーしながらヘラヘラ笑うリュークをおちょくる。こうでもしないと怖くて仕方ないのだ。なにせ、攻めたのに防戦一方になってた。


「なら教えろよ。どう見切った? さっきまでトーシローだったろ」

「見逃せ! なら、教える」

「知能レベルが下がってねぇーか? お前」


お前の動きを見るのにほぼリソースを使ってんだよ!! 今にも迫ってきそうな身動ぎばっかしやがってっ!


「見逃す? こんなに楽しいのは久しぶりなんだから、つれねぇこと言わないでもっと遊ばせろよぉ」

「しつこいぞばかぁ! 嫌われちまえー!」

「誰にだよ!? お前口悪いぞ!」

「ブーメランだろ! 決めた! 今からお前はブーメラン仮面ねっ! はいけってー」

「おーけー。お前を今から黙らすわ」


お、おお……額に青筋が浮かび上がってる。


ガチギレじゃん。


誰だよ! キレさせたの! いい加減にしろ!


「って僕じゃーん!?」


少しだけ我に返った結果、僕が戦犯当選確実だった。


でも、ほら。怒らせた方が動きが単純になるという。


「鋭くなっとぅるるるぅぅぅーーー!!?」


ちょ、やばっ、はやっ、むりぃ。


へっ、さっき見たぞぉぉああ? 派生かよっ!? インチキ野郎ぉ!


右か!? 左か! そこ頭突きかよ!?


バックステップ! あ、足で引っ掛けるのは、ズル


「ぐごほっ!?」


痛い。いたたたっ。あたまうった。ちかちか、かすむ。


「ぐっ……うっ……はぁはぁ……」


結局ボコボコだ。攻撃ひとつすらまともに当てることが出来なかった。


「まあ、楽しめたな。だが、こんなんでへばるなんてガッカリだ、よっ!」

「がはっ」


倒れ込んでいた僕はリュークの蹴りで転がるように吹き飛ぶ。


ふいに僕の顔を暗闇が覆う。


「もうやめなさい! これ以上の暴力は許さないわっ!」

「み、ずみ……ざん」


息も絶え絶えで、名前すらまともに呼べない。


なんという体たらく。


美澄さんに庇われて身動きひとつ取れない。


「それ以上近づいてみなさい! 必ず殺すわ……どんな手を使っても、殺すわ」


彼女らしからぬ低く底知れぬ声音だった。


「おいおい。なんちゅーう顔をしてんだよ。このお嬢ちゃん」


リュークは驚くように言うが、僕には彼女の顔すら伺えない。僕は彼女にどんな顔をさせてしまったんだ。


「ダメだな。本当に近づいたら相打ち覚悟で殺されそうだぜ」


リュークの足音が離れていく。


だが、直ぐに立ち止まる。


「こんな半端な強さしかねぇならよぉ〜首突っ込んでくんなよ。最後は女に命懸けで庇われてよ、情けねぇわ、お前」


あまりにもその通り過ぎて、涙が零れそうになる。歯が砕けそうなくらいに噛み締める。


「でもよぉ……伸び代はあると思うぜ」

「……っ」

「次はこんな簡単に見つからねぇと思うけどよ、もし俺達を見つけられたらよぉ」

「……」

「今度はテメェの力だけで俺を負かせてみろ」


四肢に力が宿る。


震える手を拳に変えて力強く握り締める。


「そうしたら、今日言ったこと取り消してやるからよぉ」


次は絶対に負けない!


僕は自分にそう誓った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る