第六話 命名
先日のお誘いから翌々日。
バイトを挟んで一日が経った。
今日は土曜日。
学校がお休みの日だ。そう言うと父さんは決まって昔は土曜日にも学校があったんだと言う。確かに昔のラノベやノベルゲーをやると土曜日の午前は学校がある描写が多い。ご愁傷様としか言いようがないよ。だって、週で一日しか、午前中いっぱい寝れないんだから。可哀想でしかたないよ。ま、僕には関係ないことだけど。
僕はアジトと呼ばれる四階建てのビルに午前中に訪れた。
うちの組織は、緩いのだ。
バイトがある日はお休み。テスト期間もお休み。気分が優れないのならお休み。
もはや、緩いクラブの活動レベルではないか。
最高だ。良かった。これで美澄さんがどんどん悪者をやっつけようとか言ってきたら、どうしようかと。僕たち二人だけの組織なんだし、出来ることはほぼ無いんだから。もはや組織じゃなくてチーム。チームじゃなくてバディだよ。不思議だよね。普通の体育の授業だと、二人組とか言うのに、プールの時だけバディって呼ぶんだもん。もしかしたら僕の地域だけかもだけど。
ポケットから鍵を取り出し回す。ガチャりと扉が開く。
中に入ったら鍵をかける。防犯は大丈夫だね。
エレベーターで三階のボタンを押す。
チーンと音と共に扉が開く。前の扉をさらに開けば、作戦会議室。
「いらっしゃい、青音さん」
「うん。おはよう美澄さん」
今回で三度目の会合。
僕は彼女の誘いを受け、この組織に所属することにした。だから、部活にも入らないことにした。
「そういえば、うちの組織名はなんなの?」
先日帰った後に気になったことだ。
流石に組織としか言わないのは、微秒な気分がするよ。
彼女は少し考え込むようにぼーっとする。あれ、なんだろう。既視感。
「そうね。青音さん、星は好きかしら?」
「嫌いじゃないよ。苗字にも入ってるからね」
「なら、星から取りましょうか」
それは悪くないかもね。それに皮肉もきいている。
「星が見れないことで有名なこの町で星に関する組織を作る。いいね」
「そうね。それも一つ
「ん? 他にもあるの?」
「いいえ、大したことないわよ」
なんか含みのある言い方だな。
まあ、大したことじゃないだろうし、いいか。
「取り敢えず“エトワール“とても名乗ろうかしら」
「えっと、星という意味だっけ?」
「ええ。ちなみにこの前行った喫茶店のステラも星という意味よ」
「ほえ〜色んな呼び方があるんだね」
「エトワールはフランス語。ステラはイタリア語よ。他にもあなた好みなのは、ドイツ語のシュテルンとロシア語のズヴィズダーなどもあるわ」
「かっけぇなおい。ならエトワールを選んだのは何故?」
「覚えやすいのと響きが美しいと思ったからよ」
「なるほど。それは大事だ」
確かにズヴィズダーだと言い難いし、シュテルンは印象に残りにくそうだ。
「分かった。エトワールだね。じゃあ、定番のコードネームとかも星から?」
「ええ。星座から取りましょうか」
「おお。僕は微塵を分からないから任せるよ」
星が見れないこの町で星に興味が湧いたことはない。苗字に入ってるからってわざわざ調べたりしないものだ。
だから、どんなコードネームになるのかワクワクする。
「あなたは決まっているわ。シリウスよ」
「シリウス! なんか聞いたことあるよ」
「全天においてもっとも明るい星と呼ばれているわ」
「そんな大それた星の名前を頂いてもいいの!?」
こんなモブに与えられるべきじゃないだろ。
「ほ、他のやつにしようよ。もっと大人しいやつ」
「いいえ。シリウスしかありえないわ。何故ならシリウスは和名で大星、青星と呼ばれているのだもの。あなたの為の星とは思わない?」
「なんだ、そのドンピシャな星」
僕の名前は、星雫青音。星と青が名前に入っているし、父さんと母さんが意図的に付けたのか? 星空で一番輝くような人になれって意味を込めて。
「僕のルーツはこの星だったんだね」
大それた名前付けやがって。帰ったら肩もみしてやる。
「……まあ、私が最初に付けたものでは無いけれど」
「ん? どういう意味」
耳のいい僕は聴き逃したりしないよ?
「いずれ分かるわ。いずれ、ね」
「もう。意味不なことばっかり言うんだから」
この子は何かを隠しているようだけど、それはいたずらっ子みたいな理由とみた。つまり、害はないと思う。
「じゃあ、組織のボスである美澄さんはどんな星の名前を?」
「オリオン」
「あれ、オリオン座なのは分かるけど……なんか複数の星の総称じゃなかった?」
「ええ。二つの一等星と五つの二等星で構成された星座ね」
「すっげぇースケールの大きな星座だね」
それはアリなのか? とか思いながら、まあ組織の長という意味ならピッタリかも。
「ええ。これからよろしくね、おおいぬさん」
「ん? よろしく」
おおいぬ? なんだそれ。まあ、美澄さんのことだから、深い意味とかないんだろう。
「しっかり私の後をついて来るのよ。決して離れないでね」
「分かったよ。オリオン」
僕は彼女について行く。
今日からエトワールの一員として活動開始だ。
☆☆☆
僕は今、美澄さんと一緒に繁華街に赴いている。
二人とも私服から服装を変えて、全身黒ずくめだ。
黒ずくめと言っても、ランニングウェアだから休日にランニングに洒落込む若者二人にしか思われないだろう。
キャップも被っているし、なんならサングラスみたいなものも懐に入れている。フードが付いているタイプだから、それを被れば凝視されない限り顔は分からないだろう。
「こうしていると、バカップルに見えるのかしら?」
「かもね。ベアルックみたいだし。それにしてもこのランニングシューズといい、服のサイズといい。なぜか、ピッタシなのですが」
いつ測ったの? 存外に視線にその意味を含めて彼女を見やる。
「……とある筋から」
「なにそれ!? 怖いんだけど……」
「情報が少し
「どこ情報よ。吐け。キリキリ吐け」
「いひゃい」
僕は遠慮を捨てた。
美澄さんの頬っぺたを摘んでもなんも思わないぐらい。うそ、ドキドキはしている。こんなことしていいのかと、自問自答してしまうほど。でも、なんかこういう扱いをすることを彼女が喜んでいるみたいなんだよね。Mっ気があるのかもしれない。
「例え何をされても情報源は吐かないわ。そう……例えどんなエロいことをされても」
「うっ……」
そう言われると引くしかない。ずるいぞ、そういう体を張ったやり方!
「こほん。じゃあ、探索しようか」
「……しないの? エロい事」
「なんでガッカリしてんだよ!? やらないよ! まだ、捕まりたくないもん」
「そう? 合法だと思うんだけど」
彼女は首を傾げるけど、何がそんなに不思議なんだよ。
頬っぺたを摘むのは付き合ってもいない男女のスキンシップのほぼ上限に達してるんだぞ。僕的には。それ以上は結婚を覚悟しないといけないレベルだ。
美澄さんが僕に対して恩義を感じているからって、そこにつけ込んで好き勝手するのは最低のことだ。
(少なくても、僕は美澄さんに嫌われることも、傷付けるようなこともしたくない)
そう思うぐらいには、彼女のことを他人のように思えなくなっていった。
これが恋と呼ばれるものかは分からない。でも、彼女のことは好きになりつつあった。
二人して繁華街を練り歩く。
正直、僕は人の顔を覚えるのが苦手だ。もっと言えば名前を覚えるのも苦手。声を覚えるのは割と得意。その人の歩き方や体の動かし方は覚えれられたりする。へんな記憶の仕方だと思う。
だから、アイツらのご尊顔を知っているのは美澄さん一人のみ。
「頼んだよ。美澄さん」
「……不思議ね。みんな同じ顔に見えるわ」
「期待はずれだよ美澄さん」
「あんなモブの顔を覚えられるほど私の記憶領域は広くないわ」
「自慢げに言ってるけど、遠回しに覚えられないと言ってるだけだよね?」
「その可能性は否定出来ないわね」
「そもそも、アイツらがやってることを突き止めて、潰そうと言ったのは君だよね? もう少し、覚える努力をしようよ」
我ながら正論だと思う。これには彼女もぐうの音も出ないだろう。
「あ、青音さん。ゲームセンターよ。私、行ったことないの。行きましょ」
「しょうがないなぁー」
まあ、それはそれ。これはこれである。
繁華街のゲーセンだ。僕も行ったことない。はたしてどれほどの魔の巣窟になってるのやら。気を引き締めていこう……ワクワク!
「あっ」
「どうしたんだい、美澄さん」
「……いいえ。何でも無いわ」
なんか露骨に視線を逸らしたな。
彼女が元々視線を向けていた方向に目を向けると。
「アイツらじゃん」
顔は覚えてないけど、背格好や、身動ぎからあの夜にエンカウントした連中だと、直感した。
「おいこら桃菜」
「初めて名前を呼んでくれたわね」
「誤魔化すなっ。なんで一回見なかったことにしようとしたのっ!?」
僕の追求にサッと目を逸らしながら彼女は可愛いことを言ってくれた。
「だって、せっかくあなたとゲームセンターに来たのよ? 楽しみたかったの。……初めてだし」
「ぐっ……気持ちは痛いほど分かるよ。でも、それはまた今度、今回の問題を片付けて清々しい気分のときに来よ? きっとそっちのほうが楽しいよ」
萌えキュン死しかねたぜ。この子無表情なのになんでこんなに可愛いの? 表情筋動いたら僕死ぬのでは?
「そうね。我慢するわ。あの邪魔者共を血祭りにしましょう?」
「その意気だ! と言いたいけど、それじゃ根本的な解決にならないし、そもそも規模もわかんないんだから落ち着いて」
「大丈夫よ。スタンガンは二丁ほど懐にあるもの。首筋を焼けば昇天してくれるわ」
「昇天というか死ぬしっ! 抑えて」
「すぅ〜ふぅ……落ち着いたわ尾行してみましょう? 今度は絶対に顔を忘れないから」
「おーよしよし。えらいえらい」
何とか怒りを収めた美澄さんの頭をつい撫でてしまう。
「……悪くないわね。もう少ししてくれたら、完全に落ち着きそうよ」
「そ、そう? なら、もう少しだけ」
無意識にしてしまったことだけど、気に入ってくれている? みたいで一安心。でも、やはり罪悪感は湧いてしまう。僕は自分の欲求を彼女にぶつけているだけなのではと。
(自制しないと。取り返しのつかないことになるかも)
密かに、僕は撫でる腕をつねって痛みで理性を保つ試みをする。
(何、呑気にゲーセンで遊んでだよ! 悪いことしてるなら、そんな楽しそうに遊ぶなよっ!)
まるで悪いことをしている罪の意識すら抜け落ちていそうな連中に今だけは、美澄さんの分まで怒りを込めて睨みつける。
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