第四話 再会
待ちに待った放課後。
「んじゃ」
友人たちに最小単位レベルの別れの挨拶を済ませ、僕は教室を飛び出すように駆け出す。
もちろん廊下は走りません。早足です。
いつも通り、ブルートゥースヘッドホンのヨハネくんによるバリアを使い、繁華街を颯爽と通り抜け駅前へレッツラゴー!
駅前で立ち並ぶオシャレなお店たちの中から目当ての喫茶店を探し出すのはそこそこ大変だ。
ごちゃごちゃしているところでのマップアプリの使えなさは異常。おおよその見当を付けてくれるだけありがたいけども。
「見つけた!」
逸る気持ちを押さえつけて深呼吸。
近くのショーウィンドウで髪の毛や服装に違和感がないか身だしなみをチェック。
(うん! 僕みたいなボブの変化なんか誤差だったわ)
普段から鏡なんか見ないからよく分からなかったよ。
腹を括り、オシャレな喫茶店へと足を踏み入れる。
カランコロンとドアのベルが鳴り響き、店員の人がやってくる。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか」
「あ、待ち合わせです」
「かしこまりました。ごゆっくりどうぞー」
流石はオシャレな喫茶店。店員さんの熟練度がパない、と思う。よく分からない。一応、僕とてカラオケ店のカウンターの一翼を担っているんだけども。
少しテンパりながら美澄さんを探す。
「……うわぁ」
そう声を出してしまうほどその場のオーラが違った。
周りでノートパソコンをカタカタ鳴らすOLやサラリーマンが場違いに感じるほど、様になっていた。
彼女の場所だけ貴族御用達の高級レストランのよう。探すまでもないことに今更気付く。
(って、これから僕はあの空間に踏み入れるの? 場違いでは済まされないぞ?)
少しの逡巡のうちに彼女が僕に気付いた。
「よく来てくれたわ。さあ、こちらに座って」
手をお向かいの椅子に差し伸べるその所作ですら見蕩れそう。
「ごめん。待たせた?」
カラカラになった喉から絞り出すように言いつつ、席に着く。どうしよう。貴族令嬢にタメ口をきいている馬小屋の丁稚ぐらい身分差を感じる。
周りの視線が気になって仕方ないけど、今は思考の端っこに追いやる。
「いいえ。来たところよ」
「そっか。なら良かった」
「素敵なやりとりね」
「えっ? そう、かも?」
「ええ。まるでドラマのワンシーンみたい」
無表情ながらロマンチックなことを言う。
「僕じゃ役者不足も甚だしいけどね」
だからつい自虐してしまう。勘違いしないように。
「それを決めるのは私よ。あなたじゃないわ。私にはあなたがとても素敵な殿方に見えるもの」
「そ、そうかなぁ〜照れるぜ」
お世辞でも嬉しくて堪らなくて、頭をかいてしまう。僕も何かを言うべきだろうか? ダメだ。何を言ってもセクハラちっくな感じになってしまう。
(おのれぇ〜僕の語彙力っ!)
そうして黙りしてしまった僕に彼女はメニュー表を差し出す。
「何か注文したら? お礼なのだから好きなものを頼んでちょうだい」
「う、うん」
うわぁー。コーヒーにもこんなに種類があるんだぁー。と小学生並みの感想しか湧いてこない。甘いものはそんなに好きじゃないし、だからと言ってここでご飯ものを食べたら、家のご飯が食べられなくなる。意外と選択しづらい。
「もし望むなら『お・ま・え』でもいいわよ」
「ほへぇー」
そんな変なメニューあるんだ。
あれ? そんな品ないよ?
……はっ! そういうことか。
『お・ま・え』という響きは英語にするとなにかのメニューになるのかもしれない。こういうオシャレなお店は呪文みたいなメニューが当たり前と言う。母さんが言ってたから間違いない。結婚記念日でメニューに価格が乗ってないレストランで食事して両親が放心状態で帰ってきたことがある。きっとそのレベルのメニューなのだ。
(恐らくは常連客しか知りえない裏メニュー)
きっと高めの値段だろう。表メニューですら僕の時給に迫る品々が並ぶ。
でも、オススメされた以上は美澄さんとしては頼んで欲しいものなのかもしれない。
「決めたよ」
「そう? なら呼ぶわよ」
美澄さんがすっと手をあげればウェイトレスのお姉さんがたたたっと駆け寄ってくる。
「ご注文承ります」
威圧感を与えないようにか、しゃがんでの対応だ。
僕は意を決して言う。
「注文は」
「はい」
「『お・ま・え』で」
「えっ……」
おっと、聞き取れなかったのかな? それに僕はこのお店の常連客じゃないから、初見さんが頼むとは思わなかったのかも。
今度はすっーと息を吸い込んでから、ウェイトレスのお姉さんの目をしっかり見つめてハッキリ言う。
「『お・ま・え』が欲しいです」
「と、当店でそのようなご注文は承っておりませーん!!」
何故か顔を真っ赤にして、その直後トレイで顔を隠しつつウェイトレスのお姉さんが逃げていった。
「あれぇ!?」
場には静寂が宿る。
もしかして、もしかすると、いや、まさか。
「なんか、僕やっちゃいました?」
「そうね。それは彼女に向けて言う事じゃなかったのは間違いないわ。でも、面白いからいいじゃない」
「僕はよくないよ?」
なんか思ってた人物と違う。
それが僕の彼女に対する新しい評価だ。
「注文し損ねたわね。喉乾いているでしょう? 飲みかけで良ければどうぞ」
そして、アイスティーなるものを僕の前に移す。飲みかけだ。美少女の飲みかけが僕の目の前に置かれておりまする。
ゴクリ。つばの異常発生で喉が高速で潤うけど、僕はこの飲み物が欲しくてしかたない。
僕の葛藤をどうとらえたのか分からないけど、彼女は頷きグラスに手を伸ばす。
「ごめんなさい。気が利かなくて」
そしてグラスを百八十度回転させたではありませんか。
つまり彼女が口をつけた部分が僕の真正面になる訳で。
「さあ、召し上がれ。おあいにくさまリップはつけてないから跡は分からないけれど」
彼女の気遣いが心に染みる……。
「わけないだろ!? 君は僕をどう思ってるのかな!?」
「えっ……その、返答に困るわ」
「困るなし!? そりゃあ、初対面で君の頬をつねったりしたことは許されざることかもしれないけど……ごめんなさい!!」
やはり怒りが収まってなかったか! そういえば母さんが言ってた。女の子はその場では何事も無かったようにやり過ごすけど、その後ふつふつと怒りのボルテージが上がり続けるって。ターン制のゲームと相性良さそうだ。
父さんも悪くないと思っても謝れ。何年も前の出来事でも、いきなり掘り返してキレてくるから常に土下座出来るように練習を怠るなと教えられたっけ。
流石に喫茶店の中で土下座されたらもっと火に油を注ぐ事になるよね。どうしよう。詰んだかもしれない。
「先立つ不幸をお許しください」
もはや、僕に残されたのは終身刑を言い渡された死刑囚の心情だろうか。
「何を謝ってるの? 私は何も怒ってなどいないわよ」
「えっ……じゃあ、なんでこんな事したの?」
僕は溶けかけのグラスを指さす。
彼女はチョトンとした様子で首を傾げる。
「年頃の男子は女子との間接キスが三度のご飯より好きだって」
「どこのデマ情報だ! 訴えてやる!」
僕は激怒した。かのデマ情報を流した奴に万死の責め苦を味わせてやると。
「知恵袋よ」
「あ、特定無理じゃん」
パソコンが詳しい人なら特定出来るかもだけど、僕には出来ないことが確定していた。
「そう……デマなのね。ごめんなさい。よく考えたら人の唾液など気持ち悪いわよね」
「あー喉乾いた。いただきまーす」
ごくごく。味が行方不明レベルのドキドキが僕を襲う。
「ありがとう。ご馳走様。美味しかったよ」
「私の唾液が?」
「避けたよ!? 一応のマナーとして避けたよ! 飲み口!」
「そう。気にしなくてもいいのに」
「僕は気にするの!」
本当にこの子はなんなんだ? 見た目は貴族令嬢なのに、中身はおちゃめさんだ。
でも、もしかしたら僕が緊張していることを察して、場を和ませようとしてくれたのかも。そう考えるとそれは大成功と言えた。
「それじゃあ、会計を済ませて行きましょうか」
「……えっ。ここであの時の話をするんじゃないの?」
「流石に注目されている状況で話せないわね」
彼女が視線を促すように周りを見れば、周りのお客さん達がこちらをチラチラ見ていた。
(そりゃあ、あんなに騒いでいたら注目されるよね!)
「ご、ごめんね。お気に入りのお店だったんでしょ?」
「気にしなくてもいいわ。今日初めて入ったもの。でも気に入ったからリピートしようかしら」
「初めてにしては随分としてくれたな!」
「半分は自滅じゃないかしら?」
「ぐっ……」
確かに僕自身が騒いでた事実もなきしにあらず? まあ、過去は過去だ。未来に生きよう。
「他の喫茶店にでも行くの?」
「いいえ。私たちのアジトよ」
「は?」
颯爽と歩き出す彼女に僕はついて行くことしか出来なかった。
出会ってからずっと彼女に振り回されている。
でも、凄く楽しくもあってどうしよもなかった。
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