第一章 空っぽの器
第一話 満たされた日常?
季節は流れ現在の僕は高校一年生。
五月に入り少しだけ大人になった僕はこの新しい日常に順応していた。
(今日はバイトの日だ)
放課後になり、僕は身支度の準備を済ませる。
高校に受かったお祝いで両親に貰ったブルートゥースヘッドホンを頭に装着。シャッキーン!
毎度ながらこのデカブツをはめるのは楽しい。
彼の名はヨハネくん。僕の相棒さ。
ヨハネくんは去年十月に発売されたばかりの最新機種だ。業界最高峰のノイズキャンセリング機能が搭載されており、彼を手に入れるために受験を頑張ったと言っても過言ではない。正式名称は横文字と数字が並ぶから早々に忘れた。ヨハネの黙示録とかいうカッコイイ響きに惹かれて軽く調べた時に、天使のラッパなるものがあることを知り、この名前にしたのだ。自分のセンスの良さに恐ろしさを感じちゃうよ。左利きの僕にはありがたいことに電源ボタンが左側に付いているのも高ポイント。切り替えボタンを押せば周りの音がくっきり聴こえるようになるモードは超便利。ヘッドホン外さずに会話も楽しめる代物だ。
閑話休題。つい熱くなっちゃった。
いけないいけない。バイトがあるんだ。余裕があるとはいえ、そこそこの距離を歩いていくんだ。もう行かないと。
「おう。もう行くのか?」
「今日はバイトの日だったな」
「うん。二人ともまたね」
仲良くしている気の合う友人に別れの挨拶をし、僕はリュクサックを背負い込み、教室から出ようとする。
「あ、おつかれ〜また明日ね〜」「また明日〜」「バイト? がんばー!」「今度遊びに行こうねー!」
「あ、うん。また明日」
クラスのイケてる女子たちがやたらフレンドリーなんだよね。こうやって高頻度で挨拶してくる。僕とさほどの接点はないはずなのに。ギャルはオタクにも優しいというのは本当なのかもしれない。
少し恥ずかしながら廊下に出ると、同じクラスのイケてる女子グループの一人が丁度入ろうとしてぶつかりそうになる。
「あ、ごめんなさい」
「ううん、
イケてる女子グループの中でも清楚で通っている神楽道さんだ。呼びにくいからみんな神楽さんとか神楽っちとかで呼んでいる。でもそれは仲のいい人達の場合だからね、もちろん僕は抵抗するで、神楽道さんって呼ぶ。星雫というのは僕の苗字だ。割と珍しい。
「う、うん。バイトもあるから」
「そっか! 偉いねっ。頑張ってね」
「あ、ありがとう」
「それじゃ、また明日」
「うん。また明日」
花が咲くような笑顔のエールを受け、どぎまぎしながら何とかやり過ごす。
「はぁ……ヘッドホンの意味って」
普通、ヘッドホン付けてる人に話しかけたりしないだろうに。彼女たちは構わずバンバン話しかけてくるから、音楽をかける間もないよ。
僕はようやくブルートゥース接続させたスマホから音楽を流す。最近1100円から1200円に月々の支払いが上がった音楽のサブスクリプションだ。沢山好きな音楽を聴けるから中学の頃から愛用している。
音楽を聴くと気分が浮上する。周りに対する興味とか視線がだんだん気にならなくなる。僕が僕個人として完結しているような安心感がある。
下駄箱でランニングシューズに履き替える。一応指定のローファーもあるけど、わりかしみんな履きたい靴を履いてきてたりと自由だ。流石にヒールやサンダルを履いてくるような人は居ないからか校則は緩い。でも、一度でも注意されたら制限がかかることはみんな分かってるから、無茶なことをする生徒は居ない。
校舎から出れば相も変わらず、運動部の掛け声で溢れているのだろう。それを音楽で相殺している僕には彼らの熱気は届かない。もう、届くことは無い。
一瞬、過去がフラッシュバックしたけど、無視して校門から学外に出ればそこは賑やかな歩道だ。
僕のバイト先は駅前のカラオケ店だ。
そこまで徒歩三十分程。いい運動になる。
運動部ではない僕には貴重な運動だ。
今更だけど、僕の生まれ育ったこの町の名前は
もちろんそれに付随して犯罪件数もずば抜けているからか、中学生の頃までは繁華街に近付くなと家族や学校の先生方にも口酸っぱく言われたものだ。
お陰で遊びに行く時は別の町に遠出するという訳の分からない面倒くささがあった。
高校生になった今も苦手意識が何となくある。
でも駅前は繁華街を通り抜けた先にある為、毎日ドキドキしながら通り抜けてる。
今日も人混みでごった返す繁華街の熱気はノイキャンを貫通して喧騒が届く。もう少し頑張ってくれ業界最高峰。これ以上音量を上げたら難聴になる危険があるから上げたくないのに。MAXボリュームの四割が80dBにギリ届かない限界なのだ。五割は84dBまで上がる曲が現れて大変なことになる。って僕はなんの解説をしてるのだ。
適当なことを考えつつ繁華街を抜け、駅前に辿り着く。
カラオケのフロアが入っているビルに入り、ビックリするぐらい狭いエレベーターに乗り込み、三階のボタンを押す。
しばらくして扉が開けば、直ぐにカラオケの受付カウンターがお出迎え。
カウンターには僕とそう年の変わらない女子と二十代ぐらいの茶髪の男性がお喋りに興じていた。実際は男性が一方的に話しかけてるのだけれど。
「あ、星く〜ん。おかえりぃ〜」
「……ただいまです。光崎先輩」
「んじゃ、俺上がるわ」
「あ、お疲れ様です〜」
「お疲れ様です」
「おう」
僕はヘッドホンを外しつつ、光崎先輩に挨拶を返す。光崎先輩は僕の一つ上の女子の先輩だ。少しおっとりとした喋り方と、変な挨拶をする人でもある。
そして二十代の男性のほうは名前も分からぬバイトの人だ。僕が来るタイミングが上がる時間なので喋ったことはほとんどない。
光崎先輩は僕より学校が近いからかいつも先に来ていて、さっきの人によく話しかけられていた。それは僕がここで働くようになる前から日常的に行われているやり取りのようで、入った当初は少し不思議に思っていた。
何せチャラ男の風貌している男性が、お下げで大人しそうな女子高生を口説いているのだ。犯罪の匂いがするぜ。
「助かったよ〜」
「何もされてないですか?」
「うん! 星くんがバイトにくるようになってから、ボディタッチは無くなったよ〜」
「それは……災難でしたね」
今からでもあのチャラ男の指へし折りに行こうかしら。
「あ、大丈夫大丈夫。肩とか腕とかだから〜」
「……触れられた場所はしっかり石鹸で洗いませんとね」
「うんっ。もちろん、ぱっちり!」
二人顔を合わせて神妙に頷く。
別に光崎先輩の性格が悪いとかそう言うのではないのだ。先輩はわりかし無防備だからああいう手合いにつけ込まれる。だから僕がバイトに入るまで、あの人のせいでしんどそうにしていたのだ。
別に僕はなにもしていない。ただ、じっと見つめていただけなのだ。先輩に触れようとすれば、僕の視線が厳しくなるのを感じたのかそそくさと帰るようになった。それまでは平然と一時間近く残って先輩の仕事を妨害していたそうだ。暇すぎだろ。
僕からしたらたまたま嫌悪感が顔に出てただけなんだけど、それが意図せず先輩を助ける形になって、それから仲良くなれた。呼び方も星くんという愛称になったりした。
「ほら、星くんのエプロンだよ〜」
「ありがとうございます」
畳まれていたエプロンを制服の上着を脱いでそのままワイシャツの上から着る。バイトの制服とかあるかなぁと思ったけど、そんなもん無かったよ。もっと大きな店舗とかならあるらしいんだけど。うちは個人経営店らしいし。
「そういえば、注文は入ってないんですか?」
「うんっ。この時間は、割と暇みたいだね〜」
「まあ、あの人が店員だと若い女性のお客さんは注文しにくいのかもしれないですね」
「あ〜。前にクレーム来てから大人しくなったんだよ〜?」
「前科持ちか」
やっぱりアイツの下半身の一部をへし折っといたほうがいいのでは?
「だ、だからね、星くん。……今日も……いい〜?」
頬を赤らめもじもしする光崎先輩に僕は柔らかい笑みを浮かべて頷く。
「いいですよ。今日はどっちですか?」
「えへへ〜っ。ありがと〜。今日はねっ、仕上げたいからこっち〜」
そう言っておもむろに先輩は屈み僕の……足元に置いてあった大きめな鞄から、裁縫道具を取り出し裁縫を始める。
「お客さんや注文が来たら呼んでね〜」
カウンターは高めだからか正面で見る限り普通に座っているように見える。僕も先輩がすることをフォローするように立ち回る。
詳しいことは聞いてないけど、先輩はいつも何かを作っている。布面積的に衣装っぽいんだよね。なんだろう。でも、プライベートに踏み込むほど親しい訳でもないから聞かないことにしている。好感度が足りないし、どう増やすのかも分からない。
僕はカウンターに頬杖をつきながら先輩の裁縫姿を眺める。
(本当はイケナイことだけど、先輩真剣だからなぁ〜。それに本当はもう一つの方が僕は嬉しかったりする)
それからバイトの終わる時間までそこそこ忙しく過ごした。
光崎先輩は満足そうに帰って行ったし、僕も交代の人が来て、帰路に着いた。
まさか、この後あんなことが起きるなど知りもせずに。とか言ったらなにか起こりそうだよね。
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