第二話 出逢い
バイト帰りの帰路。
すっかり夜の世界となった繁華街をそそくさと通り抜けようと早足に歩く。
ヘッドホンからの音楽は労働後の程よい疲労感を労う。
(今日もいい仕事をするねヨハネくん)
今日やるべき事は大抵こなした。あとは、帰って夕飯を食べお風呂に入り、なんだかんだと言い訳をして課題を後回しにする。いつものルーティン。これを三年こなせば
うむうむ! 気分は悪くない。
夜の繁華街がなんだ。僕は怖くなんかないぞ。例えタトゥーや刺青をこれみよがしに見せびらかすタンクトップ野郎共が闊歩し、匂いのきついお色気オネーサンたちが男性の歩行者たちを捕獲してお店に引き入れようと、僕は無敵の人だから大丈夫。なぜ無敵かって? そりゃあ、未成年だからね! 未成年はつおいんだぞ! “強い“じゃないのがポイントだ。
どんな犯罪を犯しても名前を伏せられるとか無敵じゃん。期限付きの人生やり直し能力が公平に分け与えられているのだ。これだから日本は最高だぜ! と、最近の若者たちはイキがってる気がするのは僕の気のせいかな? SNSでいくらでも似非有名人になり、みんなから注目を集められるなんちゃってカリスマ性に酔いしれている。でもどこまで行っても偽物でしかないというのに。そういうものにしがみつき過激なことにポロッと手を出してしまう。
(僕もそのバカの一人なんだろうか)
だったらもう少し人生が色鮮やかになっただろうか?
答えは否。否だ。
僕は満たされている。
僕は他者をさほど必要としていない。もちろん、両親には感謝と愛情を抱いているし、高校からの友人たちも大切だ。趣味はインドアだが恥じ入るようなものではなく、またトレンドは勝手にクラスメイトたちの話を又聞きすれば得られる。最低限の充実ライフを送っていると言えるだろう。
ほら、陰キャなどと世間で馬鹿にされていても、意外とちゃっかり順応しているのだ。
そこにこれみよがしなエンジョイライフを自慢げにされても、見せびらかされても、心惹かれはしない。
誰しもがリア充というものに憧れたりはしない。それぞれの生活がその人の“今“を作り上げてる以上、存外悪くない生活は送れていると思う。
変わりたいのは進歩であり、逃亡ではない。
羨むのは妬ましいからではなく、こうありたいという願望だ。
だから僕はリア充になれると言われたら、なりたいと答える。知らないことを悪く言うことは相手を傷つける行為に近いと思うから。
って、たまに思考がとっ散らかる。
たまにボーってしていると言われてたりするけど、逆に考えすぎて馬鹿になってるだけなので放置してください。どうせ、考えていることの一割も上手く話せる話術は持ち合わせてはおりませんので。
だから全てを統括して一言だけ口にするなら。
「青春してぇーなぁ……」
で、ある。
未成年の今しか出来ないことがある。
そう信じて進学したのだ。一割ぐらいの願望として。九割は社会人になって働くため。親孝行しないとね。大学までお金を出してもらうんだから、自分のやりたい事は片手間に、なりたいものはチャートの延長線上に配置しておけばバンバンジー。あとは人の道を踏み外さなければ人生イージーモードだ。
そう、こんな選択肢がある。有名なトロッコ問題だ。
内容は忘れたから、リアルタイムの問題を提示しよう。
ノイキャンを貫通する罵声が路地裏の奥から聴こえます。あなたはふと湧いた非日常に好奇心をくすぐられ、ヘッドホンを外してしまいます。そこでつかさず若く透き通った少女の声が同じ場所から聴こえてきます。内容はこうです。
「離しなさい。人を呼ぶわよ」
「うっせぇーぼけ!! ここにそんなお人好しがいるわけねぇーだろぉが!!」
「ここは日本でも治安の悪さで有名な夜栄市の繁華街だぜ? しかも夜のな! おめぇを助けに来るような白馬の王子様なんかいねーっつーの!」
さて上記のやり取りを聴いた上で、僕はどうすればいいのかな!?
1、何事も無かったようにヘッドホンを装着してありふれた日常に戻る。残るのは見捨てた罪悪感と自分の安全だ。
2、警察を呼び遠目に見守る。もっとも他人に出来る善意と言えよう。得られるのは義務の達成感だ。助けられるかは神のみぞ知る。
3、飛び込み助ける。勝率未知数。達成条件不明。リスクがビックウェーブとして押し寄せてくる。下手したら非日常とエンカウントして逃げられなくなる。最高に……ワクワクしてしまうじゃないか!
僕は満たされながら、満たされずにいたんだ。矛盾している感情がいつも心を支配していた。
きっと満たされるべき器はいくつもあって、今までの日常で満たされるのは決まった器だけ。
ずっと空っぽのまま放置されていた器が、今少しづつ注がれ始めた。
(なら、選択肢は三番しかなかろう。いざ参らん新世界)
ヘッドホンは高価で精密機械だかんね。しっかりリュクサックの中にタオルをクッションにするように巻いて仕舞う。付属のカバー? 嵩張るから家に放置してるよ。なんだよ、あのデカイの。邪魔すぎるわ!
準備よし! 路地裏に踏み込みつつ、鉄パイプとかそういう牽制できる武器を探すけど、意外と清潔で、ゴミ箱ぐらいしか見当たらない。あと、エアコンの外に置くヤツ。コイツ暖房かってほど前通ると暑いんですけど。地球に悪いなら、節約しよう! NO! 温暖化!
さて、手ぶらで相手に挑む以上、割と容赦なく奇襲を仕掛けるしかあるまい。舐めプとか初見プレーで怖すぎる。僕は不器用だからアクションゲームは苦手なのです。まあ、自分の身体を動かすのはわりかし得意なのですが、元運動部だし。喧嘩したことないけども!
(えっと……オール……そうだ! 『All izz well』! 何となく覚えている好きな言葉だ)
「意味は……きっと上手くいく!」
僕は自分を鼓舞するように囁き、彼らの前に飛び出す。
成人男性二人と思われる奴らが、僕より背の低い女の子の腕を掴んでいる。少女はもがくことなく佇んでいる様子。
月明かりがあんまり仕事してないからか、ほぼ輪郭だけしか分からない。けど、きっと女の子は怖がっているのだろう。今すぐ助けなければ!
「ふっ……!」
彼らが反応するより早く近付き、彼女の腕を掴んでいた男の金的を蹴り上げる。
「ぐがぁっ!?」
「なん……!?」
手を離した瞬間を見逃さず、女の子の肩を押して、男たちから離し僕が割って入る。
一人が悶絶している横でもう一人が絶句したように驚いている間に、僕は一歩踏み出し思い切っり腹パンをかます。
「おらっ!」
「ぐっ……おふっ」
いきなり殴られたからか腹筋を引き締める暇なく鈍痛が襲ったのだろう。金的をやられた奴の隣りで一緒に蹲る。こう見ると仲良く見えるな。
一瞬だけ顔が見えたけど、良かった。まだ二十代前半の若い兄ちゃんたちだ。本職の人達じゃなさそう。
(意外とあっさりやれちゃった。もっと反撃とかあるかと思ってたけど、
後ろを振り返るとまだ女の子が居た。
それで僕は自分がここに来た理由を思い出し、彼女の腕を咄嗟に掴む。
「逃げよう!」
返事も聞かずに、来た方向に向かってすたこらさっさと駆けていく。夜に駆ける……なんちゃって。
路地裏からエスケープしたけど、油断は出来ない。かなり痛かろうが存外復帰が早いのが痛みというものだ。痛みに堪えられる怒りが彼らに渦巻くなら間違いなくハンターなみの妄執さで追っかけてくる。知ったか知識をひらけかすならアドレナリンドバドバで痛みが和らいでいるはずだし。逃げないとね。逃走中なう!
繁華街の通りを周りの人達に不審がられないように駆け足程度に抑えつつ、曲がり角を何度か曲がり、程よいビル同士の隙間に潜り込む。
アイツらの人数も規模も分からない以上は、下手に人混みを走り抜けて情報をリークされたら面倒だし、ああやって激昂しそうな連中って、いざって時走り回りそうだからわりかし近場に隠れてた方が見つかんなそう。
(それに角を何度か曲がってるから、ここまで来ても二手とかに別れてそうだし。もしここまで来たら腕の一本でもへし折っておこうか)
僕たちの安全のためには戦闘不能にさせないとね。
(この場合は足の方がいいか。最悪両足も視野に入れてシュミレーションしよう)
来て見つかった場合を
そう考え込んでいると不意にトントンと何かを握っていた僕の腕を叩かれる。
「あっ!」
そこで思い出した。
僕は女の子の腕を掴んでここまで連れてきたんだ。字面だけ見たら誘拐犯じゃん。
「ち、違うよ!? 助けようと」
「それは分かってるから、手を離してちょうだい。少し痛いわ」
「ごめんなさい」
言われて直ぐに離し、両手を上げる。降参のポーズだ。
そこで月明かりさんが働いたのか、彼女の顔や体を照らす。
「……っ」
見蕩れてしまった。
あまりにも綺麗で、恐怖すら覚えるほど。
背中まですらっと流れる黒い髪。日本人の肌の白さを限界まで追求したような肌白さ。
眠たげな瞳は深い深淵を覗き込むように、見るものを虜にしてしまうほど美しく。本当に同じ人間かと疑ってしまう。
そしてよく見れば着ている制服は、同じ市の中でもお金持ち達が通う私立の高校だったはず。
「いひゃい」
「ご、ごめんなさい」
気が付けば、僕は彼女の頬をつまんでいた。
「なにをするの」
少し赤くなった頬を撫でながら彼女は無表情に尋ねる。
だよね! 意味わかんないよね。
「いや、実在してるのか疑わしくなってしまったので、一回つまめば夢かどうか分かるかなって」
「夢かどうか確かめたいのなら自分の頬でやりなさい」
「ごぺんなさい」
「許します」
「いいんだ!? ありがとう」
ビックリするぐらい寛容なお嬢さんでした。
「助けてくれたのだから、これぐらいは甘んじるわ。あなたは有り余るリビドーをつい、私にぶつけてしまっただけなのよね」
「ん?」
「でも、そうね。私も少しぐらい良いわよね?」
「ひょうひゃも?」
そうかもと言いたかったのです。でも、今はお返しと言わんばかりに両頬が摘まれてしまい、上手く発音できませぬ。
「不思議ね。もっと男の頬はジョリジョリしてたり、かさかさしていると思ってたわ。モッチりしてるものね」
そりゃあ、若いからね!
満足ゆくまで堪能したのか手を離してくれた。
良かった。訴えられたら勝てなかった。異性に対する勝手なボディタッチは死を意味するって、父さんが言ってたからね! これは女性の時限定の話で、男性に対するものは例外とするらしい。哀れ世間の男性の皆様! って僕もじゃーん! あっはは。
気が付けば結構な時間が経っていた。もう、アイツらはこの近くには居ないのだろう。僕が少し気を楽にすると、彼女はそれを察したのか佇まいを正す。
「改めてお礼を言わせて欲しいわ。本当に助かりました。ありがとうございます」
綺麗な所作でお辞儀をする彼女に今一度見蕩れつつ、言葉を返す。
「どういたしまして。助けられてよかった。でも、どうしてあんな場所に居たの?」
「それに関しては後日、改めてお礼させてもらうついでに話すわ。連絡先を教えてちょうだい」
淀みなく流れるように澄んだ声音で端的に言う。
「あ、うん」
だから、僕は言われるがままスマホを取りだし、彼女と連絡先を交換する。
僕は少し惚けてしまう。なにせスマホに表示される名前があまりにも彼女に似合っていたから。
「……
「ええ。よろしくね
それはきっと偶然だけど、必然を感じさせるほどの劇的な出逢い。
僕は彼女と長い付き合いになる。
何故だかそう思った。
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