第二話 告白?

「おはよ……」

「うわっ。青音、生気抜けてんじゃん」

「あ、あはは……体力が底についた」

「はぇーよ!? 朝のホームルームすら始まってねぇーぞ!?」


月曜日の朝の登校時の憂鬱さは異常です。


そんな僕を心配して話しかけてくれるのは、僕の数少ない友人の一人である幸雄こと幸君だ。


サッカー部に入部し、幼なじみのマネージャーに毎日ドヤされているという幸せ者だ。


朝練をしたあとなのか、制汗スプレーの爽やかな匂いがする。


「すんすん……今日はいつもと違う匂いだ」

「こえぇーよ! なんで知ってんだよ!」


幸君はスキンシップ多めの男子高校生だからね。


割と匂いは嗅ぎ慣れているのだ。


耳の次に鼻がいいのです。


幸君が騒ぐから他のクラスメイトたちから注目を受けてしまった。目立たないことを信条にしている僕には有るまじき失態だ。


視界の端に、自分の匂いを密かに確認する幸君の幼なじみの遥さんは見なかったことにしよう。恐らく同じ匂いがするだろうなら。


どういう経緯なのか……僕、気になります!


なんてね。それ以上踏み込むのはあまり友人として推奨出来ないから、触れないよ。


(それに最近、ウチに泊まっては同じシャンプーを使う女の子が居る僕が言えた義理では無いですわ)


美澄さんは隙あらば泊まろうとするし、両親は完全に彼女の味方だしと、僕の理性が試される。


お陰で母さんがお高めのシャンプーとか用意し始めるし。そんなにバンバン泊まらせないよ!?


そうこうしている内に、ホームルームが始まりいつもの日常が始まる筈だった。


ことが起きたのはお昼休みの時。


星雫ほしずく君。ちょっと良いかな?」


クラスでのスクールカースト最上位の女の子。


神楽道かぐらみちさんに手招きされたのだ。


クラス委員も兼ねている彼女だから、おそらくプリントとかの出し忘れがあったのかもしれないと、僕はなんら思わずに彼女に誘われるように廊下に出る。


「今日の放課後……時間あるかな?」


上目遣いで恥ずかしそうに神楽道さんが尋ねてくる。


「えっ? あ、あるけど」

「そっかぁ〜なら、校舎裏に来てくれる?」

「えっあ、うん」


花が開いたような笑顔で安堵する神楽道さん。


僕はもはや自分で何を言っているのかすら分からないぐらい混乱した。


「それじゃ……放課後ね?」


可愛く首を傾げながら言って、先に教室に戻る。


教室から女の子たちのはしゃぐ声が耳のいい僕に聞こえた。


その後、味のしない菓子パンを食べて、記憶に残らない授業を受けて、気がつけば放課後を迎えていた。


「俺、先に部活行くな?」

「あ、うん。行ってら〜」


遥さんと一緒に幸君が教室から出ていった。


「今日は体調が優れないようだな。早めに休めよ……俺は図書委員の仕事に行って来る」

「うん。ばいばい。またね〜」


吹奏楽部の千秋さんを待たせた秋人君が僕を気遣う。二人は途中まで一緒に行くのだろう。


これで教室に残ったのは僕と数人のクラスメイトだけ。


もう、神楽道さんも同じグループの女子たちも居ない。


少しだけ重たい身体を引きずるように、神楽道さんが待つ校舎裏に向かった。


別に変な期待をしているわけじゃない。


相手は下手したら学園アイドルクラスの人気者で美少女だ。


対して僕はクラスではモブでしかない。


接点とてさほどない。


そんな美少女が僕に告白するなどあろう筈がなかろう?


(それに僕に恋愛は早い気がする)


お付き合いしたことも無いし、直接的な女友達も少し前まで居なかった。


今は美澄さんと、一応アスタさんという知り合いが居る。


それだって、ある程度距離を置いて接しているのだ。僕的には!


次点で、光崎先輩や朝出会ったばかりの後輩スパッツも居るけど、多少喋るぐらいの関係だ。


そんな僕に今をときめく女子高校生の神楽道さんが何を求めると言うのだ。


そうだ。恐らく別の要件だろう。


変に勘違いして恥をかく前に、気づいてよかった。


伊達に勘違いする主人公の多いライトノベルを読んでいない。僕は勘違いしないぞ。


校舎裏に辿り着く。着いてしまった。


そこには少しソワソワした清楚系美少女の神楽道さん一人。


と、見せかけて、木の影や建物の角から顔を覗かせるイケイケ女子たち。


(なるほど……これは陰キャに対するイタズラですか)


ある意味納得いくものだから、僕は緊張していた身体がリラックスしていくのを感じた。


もはや悟りを開いたような穏やかな気持ちで要件を聞けるよ。


あれでしょう? 告白されて舞がったらドッキリでしたー! って、周りの女子がワラワラ現れてネタばらしというね。


ふっ。僕じゃなければ即死だったね。


割とメンタル強めだからね、僕は。


伊達に大魔王とタイマン張ってない。


「それで要件はなんなのかな? 神楽道さん」


受けて立とうではないか! この試練を乗り越えたとき、僕は女の子怖いというスキルを獲得出来る。


バッドスキルじゃねぇーか!


分かってても、ショックなもんはショックに代わりないよ!


今日は枕の奴をびしょびしょにしてやんよ! 涙でな!


「う、うん……星雫君!」

「……はい」


全てを受け入れた僕は、彼女が続きを言うのを仏のような気持ちで待つ。


「好きですっ! 私とお付き合いしてくださいっ」

「……」


頭を下げる神楽道さん。


お、おう。


嘘と分かってもすごく嬉しい。


思わず恋に落ちそうなぐらい。


えっ……神楽道さんって、こんなに可愛かったっけ? と、恋愛脳フィルター越しに見ちゃう。


元から美少女だからだよ! と、正気を取り戻す。


危ない。コロッと落ちるところだった。


僕が返事を渋っているのを感じとったのか、周りの隠れているつもりの女子たちが騒がしくなる。


「えっヤバない?」「神楽っち断られる空気じゃね?」「うっわ〜神楽ですらダメとかもう無理じゃん」「これじゃあさ、ウチらじゃ無理くさない?」


ざわつきすぎて、耳のいい僕に丸聞こえ。


(思ってたより困惑してる?)


これはあれか。返事をしないとネタばらししてくれない感じ?


あ、そうか。


モブが美少女の告白に即答しないから、調子に乗ってるくね? と、明日からいじめライフがフィーバータイムだ。


おめぇの席ねぇーから! とか言われて、ベランダなら僕の席を投げ捨てられるやつだ。


ウチの学校世紀末だな!?


そうして近い未来に怯える僕に、頭を下げたままの神楽道さんがボソリと言う。


「お願いっ。嘘でもおっけーして! あとで説明するからっ」


なるほど。僕はすぐに答えにたどり着く。


つまり、僕がこのまま返事しないと、神楽道さんは赤っ恥をかいてしまうわけだ。


僕はそれならと一つ頷いて、同じように頭を下げる。


「こちらこそ……よろしくお願いします」

「ほんとっ!? や、やったぁ〜」


小さくガッツポーズする神楽道さんは天使のような可愛さでした。


さあ、何時でも来い! ネタばらしをして来い! ほら、来たぞ。すぐ来たぞ。もう来たぞ。


「おめでと〜神楽っち〜」「星雫君は照れてただけなんだね!」「お似合いの二人だよー」「羨ましいぞ、神楽!」「あ〜あ、星雫君取られちゃった……まあ、お似合いだもんね」


僕にネタばらしする為に出てきたと思ったら、みんな神楽道さんをお祝いしてるんですけど?


あら、どこで間違えたのかしら?


僕のいじめライフシーズンワンはいつ頃放送されるのかしら? 主題歌は焦燥感駆り立てられそうな曲をチョイスしてくださいまし。


「み、みんなありがと……そ、それじゃあ、行こ?」


女子たちの包囲網から抜け出し、僕に正門の方角に指を指す神楽道さん。


どうやら、一緒に帰れよオラァ!? と、誘われている様子です。


もちろん断れるようなモブではないので、大人しく後ろについて行く。


あのぉ〜ネタばらしはいつになるのでしょうか?


「詳しいことは、どっかのお店に入ってからでいい? オススメのお店とかある?」


少し申し訳なさそうにする彼女の顔を見て、今の疑問は少し置いておこうと決める。


「行きつけの喫茶店が駅前にあるよ」

「なら、そこにしよっか?」

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