第十四話 話し合い

あれから数日が経つ。


僕は美澄さんと喫茶店ステラにて師匠を待つ。


「あれから本当に数日泊まるとか……」


思い出すだけでため息が出る。


「お陰であなたの好みとかもある程度把握出来たわ」

「知らなくてもいいことだよ」


酷い筋肉痛に苛まれながら眠れたと思ったら、翌日、同い年の女の子が自分の服とかを洗濯してるんだ。朝は母さんと料理を作り、父さんが読んでいるネット新聞の内容に対する意見交換とかこなしつつ、一緒に家を出る。どこのラブコメだ。


「もう、私は星雫家の子ね」

「美澄家の令嬢でしょうが」


僕が勝ってからご機嫌な彼女は、余裕な態度で僕をおちょくる。その度に軽口を返すのもすっかりお馴染み。


まあ、これからも仲良くしていくんだ。 僕だって嬉しいよ。彼女と居るのは楽しいから。


カランコロンと喫茶店のドアが開かれる。


「来たね、師匠」

「大魔王の降臨ね」


君、すっかり気に入ったんだね。その呼び方。


師匠は一瞬居心地悪そうに辺りを見渡している間、ウェイトレスのお姉さんがにこやかに話しかける。


「あ、いや待ち合わせだ」


耳のいい僕にはあたふたしている師匠の声が聞こえてきて、つい頬が緩む。


ウェイトレスのお姉さんが引き下がると、師匠は僕達を見つけて歩み寄ってきた。


「おいおい。なんだ、この店っ。もっと場末の酒場にしろよぉ!」

「未成年だよ」

「嫌よ」


僕と美澄さんの即答にがくしと肩を落としつつ、向かいの席に座る。


そもそも場末の酒場ってどこにあんだよ。


ちょっと心惹かれるワードじゃんね。


あと、美澄さんはもう少し柔らかく言おうね?


「本題に入りたいところだけど、折角だから何か注文しなさい」

「あ、ああ。なんだぁ? ひとっつもわかんねぇーぞぉ? あ、コーラあんじゃん。これにすんわ」


まるで汚い雑巾でも摘むようにメニュー表を斜め読む師匠は唯一知っている飲み物を見つけてニカッと笑う。邪気のない素敵な笑みだ。


「シリウス。あなたには“おぼこ“をオススメするわ」

「あ? お前なに」

「あなたには言っていないわ。少し黙りなさい」

「お、おおう……おっかねぇ〜」


なんか師匠が言い負かされてるんだけど、そもそも“おぼこ“ってなんだ?


また良からぬことを企んでいたりしないだろうな。


「かまぼこの亜種?」

「似たようなものよ。男の子なら誰しも貰ったら嬉しがるものね」

「えっそんな商品あんの!? 頼む! 頼むよっ!」

「……マジかよ」

「師匠も頼む?」

「いや、遠慮すんわ……お前に譲るよぉ」

「そう?」

「それでは呼ぶわね」


かまぼこはそんなに好きじゃないんだけど、竹輪みたいなやつなら割と好きだから、それっぽいのがきたら確かに嬉しいかも。でも、男の子がみんな嬉しがるのか?


でも、僕の疑問が解消されるまえに美澄さんが手をあげて、ウェイトレスのお姉さんを呼ぶ。


(あれ、この前のお姉さん?)


一瞬しか顔を見てなかったから、確信はないけどそうなんじゃないかと。


「ご、ご注文を……どうぞぉ〜」


あ、やっぱりだ! だって少し真っ赤になりながら顔を逸らしてるし。


この前は失礼なことを言ったもんね。


今度は師匠が知っているものらしいし、大丈夫だよね? 信じるよ師匠。


「言いますね」

「あ、はぃ……」

「おぼこをください」

「…………へっ!?」

「だから、おぼこが欲しいんです」

「私のですかぁ!?」


えっ、そんな個人指名出来るやつなの!? ……はっ! あれか、目の前で実演兼ねて作ってくれるとかそういうサービスか!


(おいおい。実演で出来たて作ってくれるとか……確かに裏メニューに相応しいこだわりを感じるぜ!)


「出来たてをお願いします!」


ワクワクしてきた。一体どんなかまぼこの亜種が姿を現すんだ? ん? そもそもかまぼこ似の料理の実演とは……?


僕に軽く頭を下げられたウェイトレスのお姉さんはわなわなと震え出す。


(あれ、既視感が……)


「と、当店ではそれは非売品ですぅ〜!」


たたたっと脱兎のごとく走り去ってしまった。


「あれぇ!? またやらかした!?」

「いいわ……あの子。いい反応するわ……逸材ね」

「まあ、そりゃあ、そうなるだろうなぁ」


あちゃーと言わんばかりに顔をおおう師匠と、うんうんと頷きながらスマホをなにやら操作美澄さん。


僕はそこでようやく気付いた。


またしても“ハメ“られたのだ。


今度は僕がわなわな震え出す。


「師匠っ! 桃菜ぁ! ハメやがったなぁーー!!!」

「俺もかよぉ!?」

「分かってて、黙ってたら同罪だろうがぁ!!」


その後めちゃくちゃ、二人を説教した。


僕の情熱は説教のためにあったんだ。


「本題に入りましょうか。思ったより時間が経ってるわ……不思議ね」

「不思議なわけないだろ。当然の帰結だよ」

「俺はさっさと片付けて帰りてぇ。お前らと居んと……疲れる」


すっとぼける美澄さんと、疲れ果てた師匠。


僕の愛あるお説教が意味を成してない気がする寛ぎっぷりだ。


「さて、あなたは何がしたかったのかしら? まさか、本当に売人として稼いでいたわけじゃないわよね?」


美澄さんは確信を持って尋ねる。


師匠はタバコを取り出し咥える。


「師匠。ここ禁煙だよ」

「ちっ」


僕が指差す壁の禁煙ポスターを見て咥えたタバコをポケットに突っ込む。


頭をゴシゴシかきながら師匠はようやく答えてくれた。


「その通りだよぉ。俺ぁ、アイツらが本物の犯罪者にならねぇーように、裏でコソコソしてたんだぁ」

「流石師匠っ! 見込んだとおりの男だぜ!」

「少しの間真剣なお話をするから、静かにしてくれる? さもないと……“ここ“でそのお口を塞ぐわよ?」


僕はコクコク頷く。なにせ彼女は自分の唇に指を指してたのだから。ちぇ、二人とも仲悪いから和ませようとしたのに。


でも、賢い僕は学習するから黙ってるね。


「坊主は嬢ちゃんの尻に敷かれているようだなぁ」

「私は彼の腰の上で踊るだあうっ」


バチン! 僕はすかさず彼女の頭を引っぱたく。


「……ごめんなさい。真面目にやります」

「お、おう……」


喋らなくてもツッコミは入れられるんだよ!!


次ふざけてみろ? おしりペンペンだ! 本気だぞ。


「アイツらは違法な物なんざ何一つ売っちゃいねぇーのよ」

「あなたが手を回したからね?」

「そうだ」


師匠はそれから多くのことを語ってくれた。


彼らはたまたま拾った小包に本物の麻薬が入っていたこと。そしてそれを売ろうとネットの掲示板で呼び込みをしたこと。


そして師匠はその呼び込みを見て、危ういと思い接触。そしてその強さを見せつけ用心棒兼アドバイザーみたいな地位についた。


そして直ぐに小包を管理する立場になり、それからは知り合いから仕入れる振りをして、身近にある白い粉。砂糖や塩、小麦粉などを代用して、取引にネットの広告を使って売り始めた。


「取引した人からクレームは無かったの?」

「窓口とか用意しなかったからなぁ。嬢ちゃんみたいにSNSを使ったメッセージをする理性が残ってんなら、クスリに手なんか出さねぇーだろうよぉ。そういう点じゃあ、嬢ちゃんの方が上手だったけどなぁ」


そもそも偽物を掴まされた人は二度と取引をしようとは思わない。通報も出来ない。だから泣き寝入り。そんなことより、早くおクスリが欲しくて新しい取引相手を血眼になって探すんだろうなぁ。


「さすがに鋭いやつには疑われ初めてたからなぁー遅かれ早かれ襲われてたなぁ」


それを見越して動いてたそうだ。自分の強さに絶対の自信がないと無理な方法だろう。


さすがは三千世界を脅かす大魔王様だ。


師匠がもしも本当の大魔王だったら誰も勝てなすぎて速攻で打ち切りエンドだろうな。


「そもそもなんでそこまでしたのかしら? あなたには一切メリットなんてないじゃない」


美澄さんのもっともな意見だ。師匠なら身体ひとつで幾らでも稼げる仕事はある筈だ。こんな子守りみたいなことをして、なんのメリットがあるというんだ?


師匠は少し遠い目をしてボソリと言う。


「クスリってのはよぉ〜本職の連中ですら、神経すり潰して丁寧に扱う王族みたいなもんなんだよぉ。それを一介のガキがよぉ半端に足ぃ踏み入れたらよぉ……死ぬぜぇ? それもバラされてよぉ」


ゾクリと鳥肌が立つ。脳裏に出会った彼らが本職の人達に囲まれて最後のときを怯えながら待つのを。そして、それが実現しうる現実なのだ。裏社会という闇は。


「それにぃアイツらが手に入れたブツはよぉ……ちったぁわけアリなんだわ」

「その……現物はどうしたのかしら」

「知り合いの刑事に渡したさぁ」

「そんな知り合いが居たのね……」

「腐れ縁だぁよぉ」


本当に師匠は何者なんだ? 普通、刑事の知り合いなんて居ないし、こんなに裏社会に詳しいのも不思議だ。もしかして本職の人? でも、あまりにもお人好しだし、違うかも。


「おめぇらよぉ。……錬金粉アルケミックパウダーって聞いたことあんかぁ?」

「いいえ。知らないわ」

「ねるねるね〜るよ、しか知らない」

「あれはうめぇもんなぁ」

「今度一緒に食べようね」

「脱線しないで」


普段脱線しかしない人に言われるとこんなに腹が立つのか。勉強になる。でもやっぱり理不尽に感じたから美澄さんのことを軽く睨みつつ、師匠に続きを促すように頷いた。


師匠も苦笑しつつも続きを話してくれた。


「ここ一年ぐらいでよぉ、いっきに広がった新しい本物の麻薬だよぉ。販売ラインは全国津々浦々。通常の麻薬の販売価格がアホらしくほど安価で大量生産された人口麻薬。しかも効力は抑え目で後遺症も軽微。まさに錬金術で生み出された黄金そのものだあなぁ?」


師匠は熱を持って話すそれはあまりにも現実味が無かった。


「だからぁ、付いた名は『錬金粉アルケミックパウダー』」

「そんなものが実在するというの?」

「あんだよ。おめぇらの日常の直ぐ横によぉ」


正直、理解を越えた範疇の話だった。


こんな話を聞いたどころでどうしようも無いじゃないか。


僕も美澄さんも一介の学生なんだから。


「本来なら本職の連中や警察がどうにかしねぇーといけねぇシロモンだぁ。ガキ共の小遣い稼ぎにしていいもんじゃあねぇーことは分かったかぁ?」


僕も美澄さんも言葉をなくして頷く。


「話は終わりだ」


師匠は喉が渇いたのか、喉仏を摩りメニュー表を見る。


「今度は邪魔しないから、好きに頼みなさい。奢るわ」

「太っ腹だなぁ?」

「情報料だと思っていいわ」


それじゃ、僕も払わないと割に合わないね。


密かに財布の中を覗き、絶望する。


(ジャンヌちゃんをお迎えするのに使い切ったんだ)


「ごめん。僕、お金無い」

「気にしないで。あなたは体で払えばいいのよ」

「いいわけないよね?」


ひもじいよ。早くお給料日にならないかなぁ。


そして師匠が呼んだ別のウェイトレスのお姉さんがやってきた。


「あ、俺コーラ」

「僕メロンソーダー」

「メロンソーダーはキャンセルでこのカップルメロンソーダーをお願いするわ」

「さりげなく人の注文をキャンセルしないでくれる!?」


そして注文した品で喉を潤して、一息つく。


師匠はタバコが吸えないからか、貧乏ゆすりがすごい。見ろ、あれがヤニカスの貧乏ゆすりだ。なんちゅう速度で揺すってやがる! あれは大魔王ゆすりと名付けよう。


「しかし不安もあるっちゃあ、あるんだよなぁ」

「あなたの部下の連中ね」


師匠のボヤキに速攻で意味を把握して返す美澄さん。僕は師匠の貧乏ゆすりで遊んでいたことを恥じ入るばかりだ。


「ああ。俺の管理下から離れたからなぁ〜。変な気起こすかもしんねぇ」

「もはや自業自得だよ。そこまで愚かなら」


ここまで師匠が守ってくれて、それでも犯罪に手を染めようと言うのなら、救いがない。


「それに関しては、彼らの大半が同じ大学に席を置いていることを把握してるわ。一人、どうにか出来そうな知り合いが居るから掛け合ってみるわ」

「へぇ……俺も当事者だからよぉ、聞いてもいいか? その知り合いってやつを」


美澄さんの知り合いってもしかして、叔父様のこと? 確かに美澄さんの叔父様なら、お願いするだけでなんでも解決しそうな気配が凄いもんね。


「同じ夜栄大学に通っている北川グループの二男と話をしてみるわ」

「日本有数の家電メーカーの社長令息かぁ。申し分ねぇーな」

「ええ。彼が通っている大学よ? 他の生徒の不遜じすら経歴に傷がつきそうなら手を打つでしょう?」

「納得だぁ。しっかしそうなるとますます嬢ちゃんは何もんなんだぁ?」


よく分からない話をしているうちに解決しそうだ。蚊帳の外は少し寂しい。


師匠なんか完全に分かりきった様子だし、さては脳筋キャラじゃないな?


「そういりゃあ」


師匠は何かに気付いたように言う。


「お前らの名前聞いてなかったわ」

「今更かよ!?」

「私はオリオン。彼はシリウス。エトワールという悪い人たちをおちょくるために作った組織に所属しているわ」

「だ、そうです」


答えるまでもなく、美澄さんがスラスラ代わりに答えてくれた。


「ちげぇよ。本名を教えろよぉ。そんな妙ちくりんな名前じゃなくてなぁ」


教えるべきだと思う。なんだかんだお世話になったし。でも、美澄さんは教えたくないみたいだ。僕は美澄さんを見やると彼女は一つ頷く。


「私はあなたのしたい方に従うわ」


自分は最良の選択をしたうえで、最後を僕に委ねる。本当に彼女は僕を信頼しすぎているよ。


だから、僕は師匠に賭けたいと思ったんだ。


この人は僕たちを悪いように扱ったりしないって。


姿勢を整えて、師匠に正面から向き直る。


星雫青音ほしずくあおねです」

「ん? 星雫青音? なんか聞いた事あるような……」

美澄桃菜みすみとうなよ」

「美澄? ……っ!? 美澄だとぉ!?」

「あまり騒がないで。周りの迷惑でしょう?」

「……っ。あの美澄か」


師匠は心底驚いたように立ち上がりかけ、美澄さんの言葉で座り直す。


そして確かめるように尋ねる。


「どの美澄を指すのかは分からないけど、私は“美澄“よ。それ以上は答える義理はないわ」

「十分答えになってるよぉ。しっかし、ならこんな場所で良かったのか? 密談・・をするなら個室でもあった方が良かったんじゃねぇーか?」

「問題ないわよ。個室みたいなものじゃないの」


その一言で、師匠は周りを見渡し、一人納得する。


「なるほどなぁ。“貸切“ってわけかい」


師匠はそうは言うが、周りにはいつも通りお客さんが溢れかえっていた。


僕は何か違和感でもあるのかと、他のお客さんのことを見ていたら引っかかる部分を感じた。


(なんか……前に来た時と同じ感じの身動ぎをする人が居るような?)


でも、似たような生活を送る人なら身体の作りも似るし、きっと気のせいだろう。


「あのウェイトレスの嬢ちゃんもかい?」

「いえ、お店の人は無関係よ」

「……逆にあれが仕込みじゃねぇーことに、坊主……青音に同情するぜぇ」

「師匠……僕の苦労を分かってくれたの?」


さりげなく名前を呼ばれてキュンときちゃったじゃん。


「まあ、長居したなぁ。ごっそうさん」

「師匠もう帰るの?」


師匠は立ち上がる。もう少し色々聞きたかったけど、流石に疲れたからしょうがないよね。


師匠は僕の髪をくしゃりと撫で付ける。


「初めて会ったときの言葉は取り消すぜぇ。……青音。おめぇならその嬢ちゃんを守り抜けるだろうよぉ。だけど、“こっち“の浅瀬でもやべぇ奴らはわんさかいんだ。気張れよぉ?」

「おっす!」


師匠に認められた。それが嬉しくて堪らなかった。


「俺を負かせたんだぁ〜トーシローなんかに負けたら殺しに来てやんよぉ。……じゃあなぁ」


白い紙をヒラヒラさせながら離れていく師匠の背中は、おおきくみえた。


「さりげなく会計も済ませようとするなんて、いけ好かないわね」

「……あっ。あれ伝票か!」

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