第45話:側にある者



 黒凰家と抜頭家の親類が集まり、銀指様のため、子供のための祭りを計画し、その当日。


「うおお! おやじーー!! 頑張れ~!!」


「す、すごい! 嵐登のお父さん、強いぞ!」


 祭りといえば神事、そこで大人も子供分かりやすく楽しめるものとして、相撲大会が祭りで催された。元気がないとされた黒凰家の中年、若い衆はそれでも力強く、抜頭家の猛者達と激闘を繰り広げていた。


「ぬうおおおおおお!!」


 ──バシン!!


 嵐登の父、団鬼と黒凰家の猛者筆頭、黒凰応不おうぶの肉体が土俵の上でぶつかり合う。筋肉が爆ぜるかのような衝撃と共に、両者の汗が飛び散り、土俵の土を濡らした。両者共中々倒れず、意地の戦い、最早張りてによるどつきあい。肩が、腕が、ぶつかりあう、その度に振動が見る者達に伝わった。


「どりゃあああああああああ!!!」


 長い長い団鬼と応不の取り組みも終わりが訪れる。両者とも体力の限界に近かったが、先にそれがやってきたのは、応不だった。応不の力が一瞬だけ抜けたその瞬間を、団鬼は見逃さなかった。団鬼は素早く応不の廻しを取り、これで最後、技が決まらなけりゃ、自分が負ける、そんな勢いで応不に仕掛ける。


 最後の技、それは決まった。今までずっと重く、張り詰めていた場が、一瞬にして変わる。疲れから力の抜けていた応不はふわりと浮いて、団鬼に場外へと投げ飛ばされた。


 ──ズザザー、応不は地に倒れ、荒々しく胸を上気させている。


「あああ、負けた。つえーなぁ、団鬼さん! 喧嘩で負けたのは、若い時の不動さんの時以来だよ」


「は、は、はぁ、はぁ、う、はぁ~~~、なーに、いってんだ。応不さん、あんた、これで本調子じゃないんだろ? 全く、とんでもねぇ、一族だなぁ。あんたが元気だったら絶対負けてるぞ……でも、あんたが元気だったときにやってみたかったなぁ」


「はっはっは、そんな謙遜はいらんよ。あんただってまだ底が見えん、俺が本調子でもわからんかったよ。ああ、でも良い勝負だった」


 応不は立ち上がり、団鬼と固く、熱い握手を交わした。


「すげーなぁ……親父、こんな強かったんだなぁ~」


「うん、凄く強かった。嵐登も大人になったらあれぐらい強くなるのかな?」


「えぇ? まぁ確かに他の同い年のヤツよりは力あるけど……だってオレ、年下の不知より力弱いしなぁ。いやお前が強すぎんのか?」


 不知も嵐登も、大人たちの激闘を見て、自分たちが大人になったらどうなるだろう、そんなような事を考えていた。大人たちの普段と違う姿を見て、それがいい刺激となった。


「力が強くても、俺は戦うのは好きじゃないし、俺はもっと絵が上手く描けるようになりたいなぁ。人も、動物も、植物も、俺が感じた全部、感動した場所を全部描いてみたいんだぁ」


「いいなそれ! 不知なら絶対出来るぜ! 将来は偉大な画家だな! オレがモデルになってやるぜ!」


「え? 嵐登の事ならもう腐る程描いてるよ、ほら」


 不知がスケッチブックを開いて嵐登に見せる。そこには大量の嵐登の絵が描かれていた。


「ぎゃあああああああ!! お前、いつの間にこんな描いてんだよ!! おい、これ、俺が立ちションしてる時のじゃねーか! あれ、でもうまいなこれ……」


「だって面白かったんだも~ん、嵐登が面白いのが悪いんだ~」


「クソガキぃ! じゃあお前も面白くしてやるよ! オラァ!!」


 嵐登は神事ように用意してあった桶に汲んであった水を、不知にぶっかけた。


「はははは、じゃあ俺も嵐登を面白くしちゃお~っと!」


 不知も水を嵐登に掛け返す。すると、事は二人だけに収まらず、その場の子供たちが真似をしだし、さらには大人達まで水の掛け合いが始まった。


 水が足りなくなると、自然と水を近場の小川で汲む者まで現れ、最終的には体が冷えないようにと焚き木を行った。ちょっとしたキャンプファイヤーのような感じで、その頃には辺りも暗くなってきていた。


「楽しかったぁ~……こんなに楽しかったのは初めてかも」


「そうなのか? まぁでもオレもそうかもなぁ。やっぱり不知が一緒だったからかな? 一番の友達が一緒だから、一番楽しくなれたんだぜ、きっと」


「一番の友達? 嵐登は俺のことそう思ってるの?」


「そうだぜ! そういう一番の友達、すげー仲良しな友達のことを、親友って言うらしいぜ。だからオレと不知は親友に違いないんだ。な! オレ達はずっと、親友だ!」


 嵐登は不知と肩を組み、笑いながらそう言った。


「うん! 俺もそう思うよ! 俺達は親友なんだ!」


 不知は自分にとって嵐登が特別な友達、大事な存在であることを自覚する。そんな自覚が芽生えると、不知には少し、世界が違って見えた。自分と嵐登は仲間で、一緒なんだ。そんな風に思うと、不知が今まで抱えていた不安が消えていった。


「嵐登~、そろそろ帰るわよ~。あ、不知くんどうする今日はせっかくだから、うちで一緒に晩ごはん食べてく?」


 嵐登の母親が嵐登を連れて帰るため、不知の前までやってきた。不知は最近嵐登の家に行くことも多くなっていたため、彼女とも面識はある。しかし、親しいわけではなかった。嵐登の父親である団鬼と違い、嵐登の母親は銀指様の領域に来ることはなかったからだ。会う回数も、話す回数も少ない。


 そんな嵐登の母親も、銀指様の祭りをするということで、初めてこの聖域へやってきた。今日この領域には、嵐登の両親が揃っていた。


「おう嵐登、帰るぞ~。父さん、酒飲みすぎちまって、駄目だ。まぁ運転は母さんがやりゃいいか……」


「えー? かーちゃんの運転酔うから嫌いなんだよなぁ……」


「はぁ? 嵐登、お前じゃあ歩いて帰りな!」


「か、かーちゃんごめんて! 車乗らせて!!」


 そこには家族があった。嵐登の母と嵐登が喧嘩していた。ちょっとした、些細な喧嘩、それさえも、不知には──羨ましく感じた。


「俺は疲れちゃったから今日は自分の家で食べるよ。おばさん、晩ごはん誘ってくれてありがとうだけど……ごめん」


「今日あれだけ騒いだらそりゃ疲れるわよ。しょうがない、しょうがない! また今度一緒に御飯食べましょう? ね? ほら、あんた達、帰るわよ!」


 嵐登とその家族は帰っていった。不知は一人になって、祖父の不動を探す。不動は酔っ払い、地べたで他の大人たちと寝ていた。そんな不動に不知はそっと毛布を掛けて、走り出した。自分の中にある嫌な考えを振り払いたくて走った。


(どうして、どうして俺の側には……お父さん、お母さん……なんで、なんで俺、大丈夫だって言っちゃったんだろう……そんなこと言わなきゃ、俺……今……きっと……なんで……あんなに楽しかったのに……こんなに胸が苦しいの……?)


 不知は走って、逃げようとした。自分に押し寄せる不安、孤独の痛みから。走って、たどり着いた先は、大きな栃の木の根本だった。不知は栃の木に登った。栃の木の中にいる、栃の木のお姉さん、銀指様なら、自分を嫌な気持ちから隠してくれると思った。


 不知は30mある栃の木のほぼ頂点、28m程まで登ってしまった。そこにはちょうど大人が座れるような窪みがあって、不知はそこに丸くなるように収まった。


『可哀想に……つらかったねぇ。お前は大人の願い事を叶えるために、寂しさを抱えようとしたんだね……でも大丈夫、お前は一人じゃないよ。私もいるし、お前の爺さん、嵐登もいる』


「嫌だった……父さんも母さんも……本当は一緒にいてほしかった。でも俺よりも……二人には夢の方が大事だってわかったんだ。だったら、大丈夫だって言ったら、俺が我慢すれば全部うまく行くと思った……でも駄目だった……俺は、父さんと母さんのことが……好きだった……嫌いだったら、いなくても、すぐに忘れられたのに……」


『忘れる必要なんてないよ。お前の父も母も、近くにいないだけで、お前のことは思っているよ。けど寂しいね……哀れな子だ……じゃあ、私が寂しくないようにしよう。私がずっと、お前の側にいよう。一番良い子のお前の側に』


「ずっと一緒……? お姉さんが、俺と、ずっと一緒にいてくれるの……?」


『そうだよ、ずーっと一緒。だからもう、寂しくないよ。私はお前のことを、ずっと見守り続けるよ。お前が少年から青年になって、大人になって、いつか日か人の親になって、爺さんになって、最後に土に還るまでずっと、ずっとだよ』


「そっか……なら、さみしく、ない……ね……」


 不知は銀指様の言葉に安心して、そのまま木の上で寝てしまった。



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