第3話:再世
少しずつ、少しずつ、クラックタイルのハサミが愚弄者の中に沈んでいく、愚弄者には抵抗する気力が失せていたが、それでも彼の肉体は尋常ではない強度を持っていた。心神喪失することで愚弄者の魔力は不安定となり、その力は大幅に弱体化している状態であったにも関わらずだ。
愚弄者が万全の状態であったなら、クラックタイルの攻撃が通ることはありえなかった。けれども、例え愚弄者が心神喪失の状態にあっても、人の深層意識には──生存本能というものがある。
──バキ、バキバキバキ! バキンッ!
「馬鹿なっ……これじゃヒーローというより化け物だ」
愚弄者がクラックタイルのハサミによって致命傷を受ける瀬戸際、発露した愚弄者の生存本能はその魔力を無意識化で制御、収束し、魔力の触手を生み出してクラックタイルのハサミを巻取り、そのまま圧搾、破壊した。
「仕方がない、物理的に殺すのが無理なら、僕の美学を穢す他ないか。男を人形にするのは趣味じゃないんだけど……丁度良く条件は揃っているし、ここで倒さなければ、君は必ず僕の障害となる」
──パン。
クラックタイルが手を叩くと新たなハサミがクラックタイルの手元に収まった。しかし、先程までのハサミとは違いがあった。それは明らかに金属ではなく、半透明の魔力で構成されていた。
「さぁ、開腹といこうか」
クラックタイルがハサミを振るう、そのハサミは愚弄者と接触するはずの所で、愚弄者の肉体をすり抜けた。クラックタイルが狙ったのは愚弄者の魂、黒凰不知の魂。
ハサミが刃を立てて、ついに不知の魂が開かれていく。心神喪失状態にある不知には、この精神攻撃に抵抗する力はない。不知の生存本能も、魂への干渉には反応しなかった。
クラックタイルは不知を他の人形達と同じにするために、不知の魂の奥深くを切り取るために、クラックタイルは不知の魂を切り進めていく。
ハサミはその魂の、最奥に到達する。最奥には黒と紫の殻で覆われた球があった。まるで封印されているかのようで、硬く、不気味なものだった。
クラックタイルは、その殻を切り裂き破る。そうしてクラックタイルは勝利を確信する。
──その時だった。
『あいつを殺したい? 力が欲しい?』
「──っ!?」
不知の頭、否、心に直接、言葉が響いた。言葉というより、それは意志そのもので。不知の意識の深い部分に語りかけていた。
『あいつを殺した所で、意味なんてない……殺しても……あの子は、雪夏は返ってこない……』
不知は謎の存在の言葉に応える。深層に働きかけられた言葉に、不知は嘘をつけない。思ったことを隠すこともできない。思えばそれが、ナニカに伝わる。
『怒りより悲しみが深い、だから戦うことも忘れてしまう──だけど、もしも
過去に戻れるとしたら? 彼女を救えるとしたら? お前は──
──人を殺してくれる? 』
『過去に……やり直す? 殺しを望むとは、お前は悪魔か、それとも邪神か……』
『さて、自分が何だったのか、忘れてしまった。我が物となり、力を得るか、この現実を肯定するか、さぁ、決めてくれ』
『──決まっている。こんな現実……! 破壊してやる……! あいつを救えるなら、そのためなら、俺は! お前のモノになってやる!』
『やっと……一つになれる。約束は楔となって、思いは鎖となって、我らを繋ぎ合わせる。始めよう、再世と、復讐を』
謎の存在の宣言と共に、不知と何者かの契約は成立する。その瞬間に、不知は何者かの姿を見た。それは黒と紫の、思念の霧の集合体。霧は触手を伸ばすように、大量の霧の手を不知の魂へと伸ばし、不知を包んで抱き寄せた。
──カッ!
何者かが不知を抱いたその瞬間、青白い光が不知の肉体から放たれる。光はクラックタイルを溶かし、その周囲をも溶かす。雪夏、操られた他の者達、死したヒーロー達、学園祭に来ていた全ての存在を溶かす。
学園の全てが溶けて、何もかもが消えたその虚ろな空間に、歪が生まれる。生まれた歪が渦となって、時計回りに回っている。
不知は何者かに誘われ、その手を歪みに掛け、掴んだ。
そうして回す、時が進むのとは──逆の方に、歪を回す。
──時を巻き戻す。
◆◆◆
「──っ……ここは、俺の家……」
不知が自宅で意識を取り戻す。
「2018年、4月7日……本当に戻ってきたのか、過去に……」
不知は自分のスマホを見て日時を確認する。その画面には2つの歴があった。それは地球で使われていた西暦の2018年、そして転移歴の1年。異七木市が街ごと異世界に転移して、転移歴1年が始まり、転移からまだ1年が経過していないことを示していた。
「転移歴元年の4月、転移から10ヶ月って所か……あと半年で学園祭、けどクラックタイルはもっと早くから動き出しているはず……」
『思ったよりもうまくいったな。後遺症も殆どないようだし、上々だ』
不知は後ろから声がしたような気がして振り返る。不知の背後には黒と紫の霧のような存在がいた。
「過去に戻れたということは、当然お前も俺の幻覚ではなかったわけだ。お前、名前は……? 俺は
『さぁ、自分が何だったのかも思い出せないのだから、名前なんて分かるわけもない。でも不知、お前の名前は教わらずとも知っているよ』
「まぁ、そうか……明らかに上位存在的な何かだし、俺が名乗らなくとも、読み取れるか。けど、呼び名がないのも不便だな」
『ならお前が名付けておくれよ。新しい名を』
「黒紫、クロムラサキ。それでいいか? 俺に凝った名前は思いつきそうにない」
『クロムラサキか、悪くない。ならこれからはクロムラサキと呼ぶといい』
「クロムラサキ、さっき後遺症は殆どないと言っていたな? ”殆ど”ということは、少しはあるってことなのか?」
『ああ、鏡で自分の姿を確認しろ。すぐに分かる』
不知は洗面台、鏡の前まで移動し、魔力照明をつける。
「確かにこれは、見るからに後遺症だな。言い訳を考えておかないと」
不知の黒かった頭髪は、真っ白になっていた。それが過去に戻った影響であることは明白で、不知はこの変化を見て安心した。
A
「こういう分かりやすい変化があると、自分がなんのために過去に戻ってきたのかが実感できていい。それに、もうすでに過去との違いが、ここで生まれているということでもある。未来は変えられる、そんな気がしてくる」
『心神喪失でやる気を失っていた男とはまるで同一人物には見えないな。不思議な男だ』
「当然だ。俺にできることがあって、それがあいつを救うことに繋がるなら、体は動く。心からな」
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