第4話:出会い



「黒凰って子、試験なしで特進クラス入ったらしいよ」


「え? あー推薦とか?」


「それが中学からの推薦も何もないって。変な話だよね」


 入学式が終わり、不知が遅れて特進クラスの教室で入ろうとすると、そんなヒソヒソ声が不知の耳に入った。


「あー俺、あいつと同じ中学だったから知ってるぜ。なんでも両親二人共、学者らしい。だからあれかもな……コネとか、サラブレッドだから期待を込めてとか」


 不知は気まずさを感じながらも、何も聞いていなかった、そんな素振りで自分の席についた。


 そんな不知を見て、噂話をしていた不知のクラスメイト達もまた「あ、やば」と言いながら気まずそうにした。


「う、うわー! 遅れてすみません!」


 そして不知よりもさらに遅れて、元気な声の持ち主がやって来る、石透雪夏だ。


「大丈夫大丈夫、まだ始まってないから安心してくれい、それじゃ全員揃ったことだし、説明を始めていくぅ!」


 テンションがちょっと高めの教師が、入学してからのあれそれを説明し始める。


 不知は入学してすぐ、噂話をされていた。中学で孤立していた学者の子、不気味で何を考えているか分からない、コネで特進クラスに入った、試験を受けない。


 色んな噂があったが、不知はそれらを否定することはなかった。だから孤立したし、不知もそれでいいと受け入れていた。


 聖浄学園の特進クラスは倍率が高く、皆死にものぐるいで努力して、ここまでやってきた。だから不知がコネで入っただとか、そんな噂話に根拠がなかろうと、疑惑があっただけで嫌われた。


 嫌わずとも、不知に良い印象を持つものはいない。ネガティブなイメージが先行し過ぎていた。それも結局、不知がちゃんと否定し、説明をすれば解決する話だったのに、不知は問題と向き合わなかった。その結果が孤立だった。


 その中で一人、雪夏だけが噂に対して疑問を抱いていた。


(この子、そんな悪そうに見えないけどなぁ。明らかに悪口を言われてるの、聞こえてても、気にもとめない。変な子だけど、無害そう)


 雪夏は漠然と、そんなような印象を不知に対して持っていた。雪夏は不知のことをよく見ていた。


(それにしても、い、イケメンだぁ……)


 雪夏が不知をよく見ていたのは不知の顔が整っていて、雪夏の好みの顔をしていたからだった。俗な理由からだが、雪夏は真面目だからこそ、不知のことをちゃんと見ようとした。


 不知達が聖浄に入学して、授業が始まると、不知の孤立はさらに加速した。


 不知は小テストもやらないし、課題の提出もしないし、授業中、明らかにその授業を聞かずに他事をやっていたからだ。このような行いには、流石の雪夏でも目に余ると感じた。


「こ、黒凰くん! 授業、ちゃんと聞いてないでしょ! いつも何をやってるの?」


 それがきっかけで、注意という形で、雪夏は不知に初めて話しかけた。


「授業? ちゃんと聞いてるよ。それと同時に他の事をしてるだけだよ」


 不知は雪夏に話しかけられて、少し驚いたものの、素っ気なく言葉を返した。


「なっ……天才アピールとか、今どき流行らないよ? というか、重要なのはそこじゃないでしょ? 先生は真剣にわたし達と向き合ってくれているんだから。わたし達もそれに応えないと! その、いつも何をやってるの?」


「エッチな本を見てるだけだよ」


「えっ!?」


 面倒になった不知は適当な嘘をついた。こう答えれば無駄に追求してこないだろうと考えた。


「だ、騙されないんだから! だって君、いつも何か書き込んでるでしょ? じゃあ黒凰くんは、エッチな本に何か書き込んでるわけ?」


「はぁ、君もよく見ているね? けど、君には関係ないだろ?」


 不知の不誠実な対応に、露骨にむくれ、怒りを顕にする雪夏。


「……そう怒らないでよ……分かった、教えるよ。そう勿体ぶる話でもない──絵を描いてるんだよ……上手くかけないから……昔は上手く描けたんだけどさ……」


 雪夏を怒らせたことに流石に罪悪感を感じたのか、不知は正直に話すことにした。不知は自身が授業中いつも何かを書き込んでいるノートを開いて、雪夏に見せた。


「え……?」


 そのノートには、デタラメな線の集積した文様で埋め尽くされていて、正気を疑うような代物だった。


「事故で昔、頭を怪我しちゃって、それから絵が描けなくなった。けど、練習っていうか、リハビリしたらできるようになるかなって。ま、絵は描けなくなったけど、何故か頭は良くなったから、悪いことばかりじゃないけどね。だけどさ、できないと思う事ほど、憧れてしまうんだ」


「ご、ごめんなさい。わたし、そんなつもりじゃなくて……」


 ガチ感のある、重い理由に、今度は雪夏が罪悪感に苛まれる。そんな雪夏を見て──


「全部ウソだよ」


 不知はそう言って、雪夏の罪悪感を消そうとした。


「え……?」


 けれど、優しく穏やかな顔でそう言った不知の言葉を、雪夏は嘘だとは思えなかった。


 不知が雪夏のことを気遣ったように、雪夏は感じた。雪夏はその言葉から、不知の少しばかりの優しさを感じて、雪夏はこう考えた。


(この人は仲良くなれる人だ!)


それからというもの、クラスで浮きがちで、いつもグループ分けであぶれる不知に、雪夏は手を差し伸べるようになった。



「石透さんは優しいね。俺のことを可哀想だと思ってる?」


「なっ! 嫌味のつもり!? 別に哀れんでなんて……」


 しかし雪夏は不知にジッと見つめられると


「ご、ごめんなさい。可哀想だと思ってたかも、嫌だった?」


「実は俺も君のことを可哀想だと思ってた」


「え?」


「君は正しくあろうとするし、それが自然にできる。だから可哀想だ。俺なんかよりずっと異質で、浮いてるよ。苦しくないのかなって思った」


「そんな風に思ってたの? でも私はその、自分が正しいかはともかくとして、正しくありたいの。そう生きるのが好きだから、別に苦しくなんてないよ」


「本当……? 別に正しくしなくていいよ、俺に対しては。もっと気楽にさ、適当でいい。俺からしたら普通に話しかけてくれるだけでありがたいから」


「あ、ありがたい~? えぇー? 黒凰くん、そんな風に思ってるように見えないけどなぁ……いつもむっつりしてるし」


「ありがたいよ。俺、気づいてなかったけど、君が構ってくれるようになってから、心がなんだか楽になったんだよ。俺……本当は寂しかったみたいだ」


「……え、えぇ~~?」


 不知にありがたいと言われ、雪夏は照れてしまう。照れて、顔が溶ける。さながら大福のように、柔らかくなる。


「だから側にいてくれるだけで十分。それ以上の気遣いまでしてもらったら、申し訳が立たない。俺からは、君には何も返せないから」


(それって……これからも、ずっと俺の側にいろってこと……? もはやプロポーズじゃ……いやいやいや、この男が恋愛的な感情を持ち合わせているはずがない、勘違いするな雪夏)


 それから雪夏は不知に対して適当になった。適当になったし、心の距離も近くなった。ボケとツッコミ、まるで漫才をしているようで、楽しげで、それを見た他の者達も、不知に人間性を垣間見た。不気味な少年でなく、思ったより面白い人間なのかもと、不知に歩み寄るようになった。


 そうして話すうち、不知の噂話は、いつの間にか全て消えていた。クラスメイト達も不知という人間がどういうものか分かった。不知は事情持ちであり、不器用で、まぁこいつは噂の否定なんてわざわざしないだろうなと、納得できてしまった。


 不知は頭がよく、クラスの仲間達が抱える悩みを簡単に解決できた。と言っても、人間関係の悩みには対応できなかったが。


 不知は人に頼られるようになって、それに応えることに、喜びを感じるようになった。


 そうして不知の聖浄学園入学から二ヶ月が経って、2017年6月15日、異七木市異世界転移事件が起きた。


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