第5話:ヒーローの終わり



「2018年4月、これは二年生が始まったタイミングで、俺はこの時点である程度クラスメイト達と打ち解けている。すでにヒーロー活動は始めているが……まだあまり注目もされていない」


『注目されていないというのもおかしな話だ。お前は最初から誰よりも力が強かったのではないのか?』


「強いことと注目されているかどうか、人気があるかどうかは別の問題だからな。俺が愚弄者、リディキュールとして注目されるようになったのはとあるきっかけがあったからだ」


 不知とクロムラサキは二人、不知の自宅でこれからについての会議を行っていた。まずは状況整理と、具体的な指針を考える必要があった。


「俺はヒーローとしての、愚弄者としての活動をやめる。愚弄者という存在を消すつもりだ」


『なに? それは一体どういう目的があってのことなんだ?』


「愚弄者という存在は、石透雪夏を救うためにはまるで役に立たないモノ。そもそも過去の俺がヒーローになった理由は、雪夏や他の友人、知人をヴィラン達から守るためだった。名も知らぬ、関係性のない人々を救うためじゃない……俺は、愚弄者をやめて、自分を最適化する。雪夏を救い、あの男を、クラックタイルを殺すために生きる、集中するんだ」


『果たしてそれが可能なのか? お前が愚弄者をやめるということは、今まで愚弄者として救ってきた、数え切れぬ善良な人々の未来、命、尊厳を見捨てるということじゃないのか? お前にできるのか?』


「……可能な、はずだ」


 歯切れの悪い返答をする不知、クロムラサキの顔は見えないが、おぼろげに人型であるのは分かる。だからこそ、不知にはクロムラサキが自身から目を逸らし、呆れているのが理解できた。


「お前は、俺が人を見捨てられないと思っているのか?」


『いや可能だろう。ただ、何故かあまり良くない気がするだけだよ……』


「お前は、俺に人を殺せといったんだろう? 復讐を後押しするお前が、そんなことで悩むとはな」


『それがどうやら、世界が巻き戻り、お前と契約して繋がりが出来たからなのか、私の中で感情が増えたようだ』


「感情が増える? 妙な表現だな……まぁいい。俺の目的は石透雪夏を守り、クラックタイルを殺すこと。そして、そのためにはクラックタイルの正体の特定、雪夏の行動の監視、周辺の調査が必要となる」


『それについてはこちらとしても異論はない、お前はそのために再世の道を選んだのだからね。私の存在はおそらく不知、お前にしか見えない……見えたとして、それは影よりも希薄な、煙のように映るだろう。他の精霊や神とは別の場所にいるからね……だから、お前から離れすぎない範囲なら、私も情報収集が可能だ』


「なに……? そんなことまで協力してくれるのか? ありがとう……そうだな、俺もお前の目的を知らなければ、俺はお前の望みを叶える契約で、チャンスを貰ったんだ。クロムラサキ、お前の目的はなんだ。一体、誰を殺して欲しかったんだ」


 存外に協力的なクロムラサキに、不知は少し困惑する。そして同時に、クロムラサキに対して感じる恩義も、強く自覚する。


『それが、分からないんだよ。憶えていない、私が憶えていたのは強い殺意だけ、誰を殺して欲しかったのか、それは分からない。だからそれを思い出すまでは、私はお前の望みを叶えることに集中するよ』


「分からないな……お前は本当に、俺に復讐の道を歩ませようとした者なのか? そんなことを望むようなヤツには思えないな……」


 クロムラサキは落ち着いている。そこに復讐を望むような激情は見えず、それどころか善良さが見える。不知は協力的なクロムラサキに対し、ありがたいと思う一方で、不審にも思った。



◆◆◆



「おはよう」


「おはよーって!? えっ!? おい不知っち、どうしたんだよその頭! 真っ白じゃん、え!? どういうこと?」


 不知が学園の教室に入って早々、不知の煩い感じの友人、モッキーが不知の変化に驚き、大声で騒ぐ。


「ああこれか? ちょっとしたイメチェンだ」


「イメチェンだと!? し、不知っちが!? お前イメチェンとか、そういう概念あったんか……けどあれだな! これじゃあ、知らないの不知じゃなくて、白い頭と書いてシラズだな!」


「ははは、確かにそうだな。ダブルミーニングというヤツか、中々シャレオツというものじゃないか?」


「シャレオツって……いつの時代の人間だよお前……」


 このモッキーという男子生徒は、入学当初、不知の悪い噂を広めていた人間、その中心で、噂好きなお喋り男だった。


 悪い噂を広めたのは彼だったが、不知が良い人間で、面白みのあるヤツだと広めたのも彼だった。何事も大事にして広めてしまう、拡声器のような存在と言える。


 考えの足りない所があるものの、悪い人間というわけでもなく、不知は謝罪してきたモッキーを許した。


「不知くんおはよーって! えっ!?」


 また煩い人物が一人、石透雪夏だった。


「軽いイメチャンだから気にしなくて良いぞ。今日はいちいち説明することになりそうで、気が重いな」


「えっえっ!? どういうことー!?」


 手短過ぎる不知の説明に、雪夏は混乱するだけだった。


「わけわかんないけど、その髪色も、いいね」


「そうか、なら良かったよ」


 しかし、そんな雪夏に髪色を褒められて、不知の口角は少しだけ上がった。


「今日は夜の日の三日目、ヴィランが一番騒がしい時でもある。みんなあまり浮かれないようにな」


「おいおい! 髪色変えてイメチェンとか言ってる奴が一番浮かれてんじゃないの~? え~? 雪夏に褒められて照れちゃって、可愛い奴だね~不知っちは」


「照れてない! 俺は照れてない!! 浮かれてなんかいないぞ!」


 何故か必死に否定する不知を見て、クラスメイト達は笑っていた。



◆◆◆



 4月7日、夜の三日目、夜の三日目というのは、この異世界と元の世界で大きく違う要素である。異七木市が転移した異世界【アン・ドゥアル・レゼド】は一日の長さが地球とは異なる。


 地球の一日、24時間が朝だけで三日分、そして夜も三日分、地球の6日が、アン・ドゥアル・レゼドでは一日となる。


 そして奇妙なことに、この異世界に転移した者達は、異世界の時間に適応、呼応するかのように活動時間を伸ばした。異世界に来た人間たちは、6日に一度、一日を眠るだけでよくなった。それは休眠日と呼ばれ、夜の三日目のことだ。この時間は人々が最も疲れを溜め、眠たくなるタイミングだった。


 しかし、休眠日に一日全てを使って眠るというのは人々には憚られた。それは主に安全面、元の世界での本能からくるものだった。一日の全てを使って眠る、そんな者たちが大勢いれば、街の機能は停止、犯罪が起こっても気がつくことができない。


 例えば一日中眠っている間に泥棒が住居に侵入してきても、それには気づくことができない。そういったことへの対策もあり、人々は元の世界で言う仮眠と言える感覚で、地球時間の一日の終わる頃に睡眠を取るようにしている。


 けれど結局は仮眠、体は真の眠りを求める。だからどうしても、夜の三日目は、犯罪者にとって動きやすくなる。犯罪者達は、朝の日を眠り、夜を起きる。


「あああ! うああああああああ!! おでの頭、頭取った! 返せ! 返せえええ!!」


 夜の日の三日目の4月7日、過去の世界でも事件が起こった。その日のカリキュラムが全て終了し、生徒たちが下校するタイミングで、その男は現れた。


 明らかに正気を失った、異常者。異常発達した筋肉で体を巨大化させた男、その男は突然学園にやってきて、学園内で暴れ出した。


 筋肉ダルマ、筋ダルマと後に呼ばれた男を見て、殆どの生徒たちは逃げ出したが、勇敢に立ち向かう者もいた。しかし、その勇敢な者達は。


「やめろ! 俺達の学校で暴れるな!」


「──うるさ、うるさいいいいいい!!」


 ──グシャリ。


 筋ダルマの巨大な腕に叩き潰された。それはあっけなくて、まるで現実感のない光景、肉が潰れる音の後に残るのは血溜まりだけで、そこに人があった形跡を見つけることは難しい。肉片も何もかもが見当たらないにも関わらず、床は大きく破壊されることもなく、床としての機能を保っている。


 校内には最早勇敢な者は存在しなくなっていた。


 悲鳴だけが響き渡る。その悲鳴を、不知は学園内の人気のない男子トイレで聞いていた。


「始まったか」


『不知、これが起こることを知っていたのに止めなかったのか』


(これがきっかけだ。俺が、愚弄者として注目されるようになったきっかけ……俺は筋ダルマを単独であっさりと倒した。その結果、俺はヒーローとして注目されるようになった。だからこそ、俺達はこの日からやり直すことになったんだと思う)


 クロムラサキの問いに、不知は心の声で応える。


『しかし、愚弄者をやめるとお前は言っていたね。ならば、このまま動かず、学園内の多くの者が血溜まりになることを認めるの?』


(いいや、認めるつもりはない。放っておけば、雪夏も危ない)



◆◆◆



「うあああああああ!! おでの! 頭あああああああ!!!」


「きゃああああ!! 助け、不知く──」


 筋ダルマが手を振り上げ、降ろす。その先には雪夏がいた。彼女は自分よりも友人達が逃げることを優先させ、逃げ遅れてしまっていた。


 友人達も生徒たちも、このままでは雪夏が死ぬと理解していたが、誰も助けようとは思えなかった。そんなことをすれば、死ぬのは自分達だ。勇敢にも筋ダルマに立ち向かった学生のヒーロー達があっさりと敗北したのを見て、己が無力であることを理解していた。


 故に傍観するしかない。


 ──ガン!


「止まれ、暴れるのをやめろ、そうすればお前の頭探しに協力してやってもいい」


 雪夏に振り下ろされる巨大な手を、受け止め、守る者がいた。


「え……? だ、誰なの……?」


「さぁな、名前はまだない」


 雪夏を守ったのは上半身を包帯でぐるぐる巻にし、その上からパーカーを着た男だった。男は目元を色付きのゴーグルで隠していて、まるで不審者のような格好をしていた。


 けれど、その男を見て、学園の生徒も、教師達も、直感する。この男はヒーローであると。

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