第6話:パーカーの男
謎の男が雪夏を守り、筋ダルマの前に立ち塞がった、それよりも少し前、不知とクロムラサキは男子トイレの個室で話していた。
『何? 筋ダルマを拉致するだと?』
(ああ、あいつは過去に俺が倒した後、警察に引き渡されたが、その後奴は消息を絶った。おそらく警察の誰かが、奴を何者かに引き渡したんだろう。そして筋ダルマが消息を経って数日、奴は死体で発見された。筋ダルマが学園を襲った事件はセンセーショナルにメディアに取り上げられていたにも関わらず、奴が不審死をした事実は、新聞の小さな記事にしかならなかった)
『それは不可思議だね。けどそれがどうして拉致に繋がるのか』
(奴は頭を返せとずっと言っていた。俺はその意味が理解できなかったが、ずっと疑問には思っていた。警察に引き渡せば、その真実も明るみになると思っていたが、そうはならなかった。俺は……筋ダルマが何者かに利用され、そして証拠隠滅のために消されたのではないかと思っている)
『なるほど、真実を知るには、最早、人を頼れない……なら自分で真実を突き止めようというわけか』
(そうだ。そしていくら相手が犯罪者とはいえ、拉致なんてすればそれは犯罪、それも個人的なものなら言い逃れなどできない。で、あるならば、その行いはヒーローのする事ではない)
『けど、お前はそのヒーローのする事ではないそれを、やるつもりなんだろう?』
(ああ、だからヒーローじゃ、愚弄者じゃ駄目なんだ。俺は、新しい仮面を着けなきゃいけない)
◆◆◆
「おでの頭、探す本当……? あ、ああ? なんで、探す分かる!? お前が取ったからかぁ、そうなんだろおおおおおおおおお!! かえせええええええ!!」
「やれやれ、頭を取られたのは本当っぽいな。話が通じない……判断能力を奪われている」
パーカーの男、その正体は黒凰不知だった。不知は筋ダルマに頭探しの協力を申し出たが、筋ダルマは逆に発狂してしまう。
筋ダルマが両手を無茶苦茶に振り回し、乱打を行う。パーカー男を倒すための乱打は男に命中することはなく、ただ校舎を破壊するだけ。
「その振り方だと床や壁は破壊されるのか……他と違って、俺のことは殺すつもりだからか」
「えっ、どういうこと? この人殺すつもりなかったのに、先輩達を殺しちゃたの?」
雪夏はこの状況で意外にも冷静だった。感じた疑問をパーカー男に投げかける。
「その先輩とやらが潰された場所を見ろ。肉片どころか骨、頭髪、衣服、何もかもが残っておらず、血溜まりだけがある。こいつの馬鹿力は、人体を血溜まりのみにするだけの威力を持ち合わせてなどいない。この程度では不可能だ、少なくとも、骨片や衣服、頭髪はその痕跡を残す」
「えっ、でも! じゃあ、先輩達は一体どこに……」
「いるさ、ここにな!」
パーカー男が手刀を繰り出し、筋ダルマの人体を表面を切り裂いた。2メートル50センチはあるその巨体の皮が削げ落ちる。
「う、うそでしょ!? 先輩!?」
筋ダルマの表皮の下には雪夏の言う先輩達がいた。筋ダルマの筋繊維の隙間に収まり、圧迫され、閉じ込められていた。さながら筋肉で出来た檻であるそれは、檻としての機能だけでなく、物体を圧搾し、液体を絞り出すジューサーとしての機能を持ち合わせていた。
「あ、あああ! ああああ! だづけ、だづけでえええ!」
「い、いでええええ!! 何すんだよおお!! お前、やっぱ、お前が取ったんだあああ……! 悪いやつだから、痛いことするんだあああああ!!」
先輩と呼ばれた女生徒の助けを求める悲痛な叫びと、筋ダルマの嗚咽混じりの絶叫が混ざり合って響く。
女生徒以外にも筋ダルマの内部には男子生徒数人と教師がいたが、他の者は耐えられず、意識を失っていた。密閉された空間で、圧搾されれば意識を失うのが普通であり、むしろこの女生徒だけが頑丈過ぎたとも言える。
そして、今も現在進行系で、筋ダルマの内部にしまわれた者達は圧搾され、破裂した脹脛から血液を絞られていた。絞られた血液が噴出しているのは筋ダルマの手のひら、そこに空いた穴からだった。
「その手のひらに空いた穴から飲み込んで体内に閉じ込めたわけか。人間離れした肉体構造だな」
「う、おえっ!」
ショッキングな光景に雪夏は吐き気を催したが、なんとか持ち堪えた。
「だ、だづけで! ひ、ひーろーなんでしょおお!!」
筋ダルマの中で唯一意識を保つ女生徒がパーカー男を認識し、助けを求める。名指しでお前がやれと言われると、人は心理的な逃げ場をなくし、指示に従いたくなるもので、女生徒はその心理を活用しようとしていた。
しかし、社会性というものが欠け気味な黒凰不知/パーカー男には通用しない。
「元気だなあんた……残念だが俺はヒーローではない。それに無理矢理にあんたを取り出そうとすれば、あんたの手足はこいつに持っていかれる。そうなれば、魔法を使った医療でも取り返しがつかない……あんたは、ヒーロー活動もできなくなって、不満を周囲にぶつけるようになって、知人や恋人からも疎まれるようになって、鬱病になって自殺することになるが、それでもいいのか?」
「う……」
不知の指摘に言葉を詰まらせる先輩、手足を失いたくないのは当然だ。
「具体的過ぎない!? なんか変わった脅し方する人だ……」
雪夏にツッコミを入れられるパーカー男、指で頬の辺りをポリポリと掻く。
(まぁ過去の世界では実際そうなったからな……この先輩が強引に筋ダルマの内部から脱出しようとした結果、手足を失って、あとは言葉通りの結果だ)
「ああああああ!! 許せない! ころしてやるうううう!! おおおおおおん!!」
殴って殺すのは無理だと判断したのか、筋ダルマが巨大な手でパーカー男を包み込もうとする。絡め取って、他の者達と同様、体の内部で拘束してやろうという狙いだ。
「筋弛緩剤でもあれば、スムーズに取り出せただろうが、この巨体となるととんでもない量が必要になる。今の俺にはどうしようもない……だが、別の方法がある」
パーカー男が包帯で覆われたその手を大げさに広げる。その指先から眩い青い光が迸る。それは生物のように流動的で、雷のような、ランダム性のある動きもした。
──ジュウウウウウウウ。
肉が焼け焦げる匂いが充満する。パーカー男が手のひらに展開したプラズマの刃が、筋ダルマの腕を溶かし大きく裂いた。
「動かれると、処理が面倒だ。悪いが重要な筋を切らせてもらう」
パーカー男はそのまま筋ダルマの手足の腱、肩の筋をアーク切断の要領で溶かし切っていく。力を伝える導線が切れた筋ダルマは力なく床に倒れ込む。
そうして動けなくなった筋ダルマから、取り込まれた者たちを救出するため、パーカー男は彼らを拘束する周辺の筋繊維を溶断、それが終わればプラズマの刃を消して一人ひとり内部から取り出した。
「そこのお前、元気があるようなら保険医、警察、救急車を呼んでくれ。今すぐ適切な処置をすれば後遺症もないはずだ」
「は、はいぃ! そうさせて頂きます!」
パーカー男は雪夏にそう言って、この場所から遠ざけた。
「あ、ありがとう。助けて……くれて……」
「礼などいらない、お前たちがこの男の中にいると邪魔だっただけだ」
「え……? そう……でも、ありがとう、う、うう、ああああ!」
肉体を溶かしきられた痛みで筋ダルマは気絶したため、その場にいるもので会話が可能なのは先輩の女生徒だけだった。
女生徒は律儀に、泣きながら、パーカー男に礼を言った。
「あ、あなたの名前は……? 誰、なの……?」
「さぁ、表に出たのは今日が初めてだからな、呼び名などない。疲れただろう、無理せず休んでおけ」
「あ、あ──」
パーカー男の言葉に安心感を覚えたのか、緊張の糸が切れた女生徒は意識を失い、寝息を立て始めた。
「さて、もうここに用はない……脱出するなら今が誰も見ていない今がチャンスだな」
パーカー男は自分の5倍の体積はある筋ダルマを軽々と持ち上げ、校舎の壁を蹴り飛ばして大穴を開けると、そこから外へと出ていった。
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