第7話:汚染、父の部屋



「プラズマの力、お前に貰ったこの能力は想像以上に使えるな」


『いやこれは、お前の使い方がうまいんだろう。まさかプラズマによって電磁障害、魔力の乱れを生み出すとは……これでは人の叡智が生み出した監視装置も意味を成さないね』


 黒凰不知は過去の世界で愚弄者として活動していた時、固有魔法に覚醒していない、未覚醒者だった。しかし、クロムラサキと契約し、過去へと戻った不知は新たな能力に目覚めていた。


 それこそがプラズマの力であり、不知は雷や炎といったものを生み出し制御することができた。


 不知はプラズマの力、雷の力によって街中にあるいくつかの監視カメラの機能を一時的に麻痺させることで、夜の三日目である真っ暗な夜の異七木市を、誰にも邪魔されず移動することができた。


 裏路地を経由し、人通りのないタイミングを狙って、不知は筋ダルマを自宅へと運ぶことに成功する。


「こいつから情報を聞き出す場所を考えてなかったな。まぁ空き部屋も多いし、スペースは問題ないが……音が漏れると困る。とりあえずダンボールとか梱包材を使って父さんの部屋を防音室にするか……」


 不知は蔵書まみれの父親の部屋から本棚ごと本を倉庫へと移動させると、近所のスーパーなどを回り、ダンボールや梱包材が集積された場所から部屋の改造に必要な物資を集めた。


 プラズマの力でゴムやビニールを溶かし、接着剤代わりとして防音加工すると、不知は父親の部屋を取調室、あるいは拷問室へと変えた。


 最後に近所の不法投棄された金属ゴミを収集し、それらをプラズマで溶かして鎖等の拘束アイテムに変えた。


 よって、今の筋ダルマは不知の拷問室で磔、吊り上げられた状態にある。


「酷い怪我だったが、どうやらこいつは治癒能力が高いみたいだな。代謝が活発で、治療の必要もなさそうだ。助かる、助かるが……臭いな……」


 代謝が高いということは、身体から分泌されるブツも多いということである。血と大量の汗、油、なんやかんやが入り混じった悪臭が、不知の父親の部屋を汚染した。


「これは……換気装置も作っておかないとまともに作業できそうにないな……だが、こいつが意識を失っているうちに体を調べないと……ガスマスクでもつければいけるか……うっ……」


 不知は母親の部屋からガスマスクを取ってくるとそれを装備し、筋ダルマの体を調べ始めた。


 不知のその調べ方は容赦がなかった。筋ダルマに高い治癒能力があると分かったために、不知は思い切りよく筋ダルマの体にプラズマの刃を入れた。


 そうして調べていき、ついには頭蓋の頭頂部を切開、脳を調べる段階となる。


「……この作業中でいくらか慣れたが、吐き気がずっと酷いな……医学書にあった通りにやったから正しいやり方のはずだが……」


 医学書、と言ってもそれは獣医学の本であり、人間用ではない。不知が幼い頃に動物に興味を持った時、両親が勝手に、不知が将来獣医になりたいのだと早とちりした結果入手した獣医学書だった。


「同じ哺乳類だからある程度は問題ないはず……今度は人間の医学書もどこかで入手しておきたいな……しかしこれは……頭を返せというのは、本当だったんだな。脳みその半分が存在しないとは……」


 筋ダルマの脳は文字通り半分が消えていた。明らかに不自然な切除されたかのような、スカスカなスペース、驚くべきことにその脳も再生しているようだった。


「人間の脳はこんな再生なんてしないはずだが……魔法のある世界でそんなことを気にしても仕方ないか……だが、そうなるとこいつはどうやって体を動かし、言葉を発していたんだ?」


『ぬぅ、不知……お前こんなこともできたのか。いつの間にこのような医療技術を習得していたの?』


 クロムラサキの疑問も当然である。17になろうという少年が、外科医療の技術を駆使しているのはどうにも違和感がある。それも、不知自身はその処置に自信がある様子ではないのだから、それはより異常性を感じさせる。


「俺は一度見たものは全て完全に記憶できる。理解さえ追いつけば、技術の再現は得意だ。感覚を掴むまでが難しかったりはするけど……まぁ、小さい頃に両親に強制参加させられた小動物の解剖実験体験会の経験が役に立ったんだろう。俺はあの時の経験のせいで、動物と向き合いたくなくなってしまったが、こんな形で役立ってくるとはな……」


『いや、全てを完全に記憶することができたとしてもおかしいけど……まぁいい、お前の哀れな幼少期に免じて納得しておくよ』


「そうしてくれると助かる。ふむ……やはり俺の知識では筋ダルマのこの状態を説明できる気がしない……クロムラサキ、お前はどう思う? なぜ筋ダルマは、不完全ながら言葉を話せた? 体を動かせたと思う?」


『それは単純な話だよ。お前の元いた世界よりも、この世界は魂の力が強く作用する。おそらく魔力によって、不完全ながらも脳機能の一部を再現した結果、魂にあった記憶から言葉を紡ぎ出し、身体を動かすことを可能としたんだろう』


「なるほど……魔力で肉体を再現、魂の記憶か……ならこの肉体の異常な再生にも説明がつく。魂の記憶を鋳型として、肉体を再生させているんだ。ならば、このまま筋ダルマが再生するのを待てば、いずれ脳も完全に治癒し、会話と交渉が可能となるかもしれない」


『うむ、その可能性に賭ける価値はあるだろうね。ただ、脳はかなりの部分が消失している。再生にはかなりの時間が掛かるはずだけど、その間この男をどうするんだ?』


「……う……俺が世話をするしかないだろうな。とりあえず拘束しつつ、肉体の再生が早まるように祈る……はぁ、どうして俺が筋肉ダルマを拉致して、しかも飼わなきゃいけないんだ……」


 男子高校生が筋肉ダルマの男を拉致して拘束、飼育するという異常事態が、不知が過去に戻って最初に行った仕事だった。


「とりあえず飯を作ろう。こいつの分も作っておいて、意識を取り戻したら食べさせよう」


『ははは、お前も難儀だねぇ』


 クロムラサキに笑われて、ガスマスク越しにため息をつく不知だった。



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