第8話:ニュースデビュー



『聖浄学園を謎のヴィランが襲撃した事件ですが、目撃者の証言によると、謎の人物がヴィランを倒し、連れ去ったそうです。ヴィランを倒した謎の人物は何者なのか、ヒーロー、ヴィランどちらとも言えない状況です』


『しかしねぇ、例え相手がヴィランだとしてもねぇ? 拉致しちゃったんでしょ? それって犯罪でしょう? 私はヴィランというか、裏組織の人間じゃないかなって思うんですよねぇ~まぁ? どのみちヴィランと何らかの関係性はあるでしょうから、危険人物であるのは間違いないと思いますよ』


 夜の三日目が終わり、起床から目覚めた不知はテレビのニュースを見ていた。


「……少なくともメディアにはバレてないっぽいか。一先ずは安心だな」


『お前は危険人物らしいぞ?』


「おいクロムラサキ……まぁでも危険人物というのもそう間違ってはいないか。俺は裏組織や、クラックタイルと戦うことになるだろうし、俺の正体がバレれば、周囲の人間に危険が及ぶかもしれない」


『不知、お前は少し真面目過ぎるね。しかし、テレビか……お前から情報の概念を取得しているから、これが何かは理解できるけど、電気と機械の文明が、こちらの世界であっさり馴染むとはね』


「転移が起きた時に電気的、機械的なものはこちらの魔法的なモノに勝手に置き換わって、自然に動くようになったからな。一体どういう仕組でそうなったのか、そういった自然法則がある世界なのか、それとも人為的なのか、それは分からないが……魔力駆動とか精霊駆動とか、色々出てきて、専門の技術者が必要になってるとか」


『それについては私もよく分からないな。私の知識にはないことだ。単に私の記憶が欠落してるだけなのか、私が眠っている間に変わったことなのか』


「そうか、お前にも分からないことか。俺達の世界は変わったし、向き合い方も変わってしまった。変わりたいと思うにせよ、思わないにせよ、どう足掻いても俺達の日常は変化してしまう。新しい力と、それを使う新しい方法、善悪関係なく貪欲な開拓者が新時代を創ることになる」


『お前はどうなって欲しいんだ? この世界での人間の行く先が』


「そうだな……できれば楽しいものであって欲しいな」


『意外な答えが返ってきたね。お前はクラックタイルに対して強い憎しみを持っていたし、悪党のいない世界でも望むのかと思った』


「俺個人の感情で言うならそれもありかもな。だけど、そんな世界は俺だってつまらない、俺の周囲の人間が楽しく、幸福に暮らせなければ意味がない。俺はどうなったら世界が楽しく、幸福になるかなんて分からないから、その実行方法は他の人に丸投げするけど」


『そうか、奇遇だね。私もその方法が分からない。だけど、お前のために祈ることぐらいはできる』


「……」


 不知の幸福のために祈ると言うクロムラサキに、不知は当惑する。不知には分からなかった、なぜクロムラサキがここまで好意的なのか、理解ができなかった。


 理解ができないのにも関わらず、何故か不知の心はそれを受け入れていた。思考だけが、クロムラサキの祈りを理解できないものとして拒もうとした。


(こいつにとって、俺は……ただの契約者じゃないってことなのか?)



◆◆◆



「おはよ! 不知くん! いや~二日も休校だと体が鈍っちゃうね!」


 雪夏が腕をブンブンと勢いよく回しながら不知に挨拶をする。学園の教室は事件直後でも騒がしかった。


「むしろあんな事件があったのに二日しか休校がないのもどうかと思うけどね。確かに魔法で校舎は直せたみたいだけど、警備体制の練り直しができているとは思えない」


 ブンブン、不知も雪夏の真似をして腕を回す。


「ちょ不知くん!? なんで腕回してるの?」


「なんでって、そういうルールじゃないのか?」


「いやどんなルールよ! 全く不知くんは、天然なんだ~」


「──俺は天然じゃない! 絶対に天然じゃないぞ!!」


 基本的に穏やかな不知だが、天然扱いされるのは気に食わない。よっていつも食い気味で否定するのだが、その食い気味に否定する様を見たくて、雪夏や他の不知の友人達も、不知を天然扱いしているような節がある。


「あはは~そんな否定は天然さんしかしませんよ~」


 雪夏がいたずらっぽく不知の頬を指先でつついた。


「っく……」


 そんな雪夏の仕草に、不知は心理的敗北を味わうことになる。ドキッとしてしまって、一瞬のうちに彼女のことを許してしまう。


 しかし、雪夏が勝者であるかと言えば、それは違う。雪夏もまた、不知の頬を無意識につついて、不知に至近距離まで接近していたという事実に、しばらく経ってから気づく。


 それに気がつくと、雪夏は自分は何をやっているんだと恥ずかしくなってしまうと共に、自分は不知には勝てないと思うのだった。


 つまり、両者とも敗北者であり、互いを勝者だと思いこんでいる。


「あ、そうだ。不知くん知ってる? モッキーが言ってたんだけど、昨日みたいな事件の対策をするために、生徒に自衛の術を身に着けさせようとか、そういう話を先生達でしてるって。でも、実際危なかったし、正しいことなのかも……私もあの人に助けて貰わなかったら、死んでたかもしれないし……」


「雪夏は戦うべきじゃない……君は危険に飛び込みがちだ、戦う術を身につけるよりも、危険から遠ざかる、逃げる術を身につける方がいい」


「え……? で、でも自衛の訓練をすれば、逃げやすくだって──」


「──駄目だ。聞いたぞ、君は……あの事件の時、他の生徒を逃がすために、校舎に残ったらしいじゃないか……死んだらどうする……俺は君が死んでしまったら、寂しいじゃ済まないよ……君が死ねば、悲しむ人は沢山いるんだ。もっと自分を大切にしてくれ……」


「う、うん……ごめん。心配かけちゃってたんだね、わたし……」


 不知は怒った。不知からすれば、雪夏は戦場にいるべき人間ではなかったからだ。力が足りていない癖に、人のために危険に飛び込んでしまう人種である雪夏、その高潔さ、献身性は尊いものだと不知は思いつつも、認めるわけにはいかなかった。


 不知もまた、雪夏に心配を掛けるような危険なことをしているが、不知は都合よくそのことからは目を逸らした。不知が戦っているのは夢や理想の中ではなく、現実だったからだ。不知が危険を避け、戦うことを選択しなければ、雪夏の未来は奪われてしまう。


「おれは君が死んでしまっちゃら、寂しいじゃしゅまないよ~しぇっか~! だってよ……! かー! うざ! 教室で惚気けるのやめてくんねぇか? 俺もう、嫉妬で化け物になるのじゃ済まねぇよ……俺、魔神になっちまうよ! 嫉妬の!!」


 不知が雪夏を叱り、シリアスで気まずい雰囲気になってしまっていた所、モッキーがおどけて空気を変える。モッキーが気を遣った、嫉妬も本心ではあったが。


 しかし、不知だけは、気持ちを全く切り替えることができなかった。頭に残る、ある事を考えていた。


(生徒に自衛の手段を身に着けさせる……過去の世界でも、筋ダルマの襲撃後に議論されたことだった……あまり関連付けて考えすぎるのも良くないかもしれないが……もし、筋ダルマの襲撃が、そういった議論を巻き起こすためだとしたら?)


『守るべき子供である学生たちに危険が及ぶ、確かにこれは、自衛力の強化という方向に世論を誘導する。議論を活発化させるのに、効果的かもしれないね』


 不知とクロムラサキは、友人達が教室で何気ない話をする中で、二人だけの会議を行う。誰にも聞こえない、心の声での会議。


(そうだな、こういった議論が巻き起こったのは何も聖浄学園だけじゃない、異七木市全体がそういった方向に意識を向ける。俺は学園中心に考えすぎていたが、狙いは異七木全体である可能性もあるのか……まぁ、そもそもこの予測が正しいかどうかも判断つかないが……)


『それを言い出したら、筋ダルマだってクラックタイルとは関係ないことかもしれないしね。まぁ、不知は愚弄者をやめるという目的があったから、クラックタイルと関係なくとも、やることは変わらないけどね』


(何にせよ情報が少なすぎる……だとすれば、まず俺が行うべきは、クラックタイルの正体を突き止めることじゃなく、雪夏の安全を確保することだ。俺が、雪夏の安全な場所を作る)



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