第2話:絶望の現出



 人々がパニックとなり、逃げ出す中、不知はヒーロー、愚弄者としてヴィラン、タイルの男に立ち向かう。愚弄者がタイルの男の元へと動き出した時、それに続くように、タイルの男の元へと向かう者達がいた。


「学生服……愚弄者がガキだってのはマジだったみてぇだな。ッカ、気に入らねぇが、これ程心強い味方はいねぇぜ」


 小太りで炎を纏った男、元消防団員の不良中年ヒーロー、ファイアバルーン。このヒーローはあまり素行と性格がよろしくないものの、情に厚く、正義の心を持っていた。しかし、酒癖の悪さから、酒の席で秘密をバラしてしまいがちな彼は、どのヒーローからも信用されていない。


「あらら、いい男だと思ってたのに、学生さんじゃ手を出したら犯罪になっちゃうわね。それとも異世界ならセーフだったりする?」


 土を振動させる魔法を使う女ヒーロー、地震女。思わせぶりな発言で年中男を勘違いさせて遊んでおり、関わった男がみんな不幸になっていくことから、あの女は地雷だとバレた。そんな地雷女と地震のような能力が合わさり、地震女と呼ばれるようになった。


「ファイアバルーン! 地震女! 二人は警備で呼ばれていたわけじゃないだろ? どうしてここに」


「あたしはお祭りがあるって聞いたから来ただけよ~」


「はは! そりゃお前、タダで燻製肉が貰えるって聞いたからよぉ。それをつまみに酒をやろうと思ってよ。ホレ、準備万端だっただけどなぁ~はぁ」


 ファイアバルーンが手に持った大きな酒瓶を愚弄者に見せ、名残惜しそうに地面に置いた。


「振動感知で警備担当のヒーローのことを見てたんだけど。もう振動がないわね……おそらくあいつに殺された後でしょう」


「はぁ!? マジかよ地震女! 学園に警備頼まれたまともなヒーローって、確か5人いたよな? しかも結構強い……オレらで勝てんの……いや、愚弄者がいりゃいけるか!」


 ファイアバルーンが信頼の眼差しで愚弄者を見る。しかし当の愚弄者は黙ったまま、そんな愚弄者に対し、ファイアバルーンは不安を募らせる。


「敵は警備のヒーロー達を掻い潜り、俺達にバレずに殺して見せた。それに、あの異常な精神性と拘り……知能犯である可能性が高い……ただ強いだけの俺では……いや、どちらにせよ。止める以外の選択肢はない!」


 ファイアバルーンと地震女は愚弄者の言葉に頷き、急いで走る。三人は人混みに紛れながらタイルの男に奇襲を仕掛けるつもりだったが、それはタイルの男からすれば丸わかりだった。逃げる人々とは反対に向かってくる変わった格好の三人組、途中で散り散りに別れたとして、よく目立った。


「おらあああああ!!」


 ファイアバルーンが炎の球をタイルの男に向かって投げる。しかし、タイルの男はそれをあっさりといなす。手に持ったハサミを巨大化させ、炎の球を切り裂き、弾き飛ばした。


 ──そして同時に、火球を弾いた勢いのままハサミを手放し、投げた。狙いはファイアバルーン、ハサミはファイアバルーンの腹に突き刺さり──


「──面白い造形だ。切り裂くのが自然なことに思えるよ」


 タイルの男はそう言って、何かを握りしめ、腕を大きく空に引っ張り上げた。すると、ファイアバルーンに突き刺さる巨大化したハサミは、上へ上へと引っ張られて、腹から胸、胸から喉を裂いて、ファイアバルーンから飛び出した。そして、ハサミは弧を描くようにして、持ち主であるタイルの男の手元にすっぽりと収まった。


「ファイアバルーン!? っく、あの動き……糸か何かでハサミを操ったのか……ヤツの能力、魔法はなんだ……? ハサミを巨大化させただけじゃない……糸を使う魔法?」


 あっさりとタイルの男に殺害されてしまったファイアバルーン、その事実に愚弄者は焦りを覚える。


 自分のことを強いだけと評した愚弄者、その認識は間違ってはいなかった。愚弄者は膨大な魔力を持っており、高い戦闘能力を持ち合わせているが、人を守り助けることには向いていなかった。


 超スピードで迫りくるハサミを弾くように魔力を振るえば、その魔力によってファイアバルーンが弾き飛ばされるか、魔力に弾き飛ばされたハサミが学園内にいる市民、生徒に当たってしまうことになる。


 住民を巻き込まないように上空へ弾いたなら、ファイアバルーンは空高く舞い上がり落下死するし、横も駄目、学園敷地内は人で溢れている。巻き込まないようにするのは不可能、愚弄者の力は膨大で巨大であるが故に、細かな調整が難しい。


 歯噛みする愚弄者、だが──奇襲は未だ継続中。


「っ!?」


 ファイアバルーンの火球を弾くために、タイルの男は体を大きく動かす必要があった。そのため、不安定な壇上を離れる必要があり、タイルの男は地面に足を着けた。


 校舎の外、校庭の土に足を着けた。それはつまり、地震女の能力、魔法の射程圏内に入ったと言う事。タイルの男の周囲の地面が超振動を始め、液状化、タイルの男が土の中に沈んでいく。タイルの男がジャンプして抜け出そうと試みるも、踏ん張りの効かない液状化した大地は逆に男を絡め取ろうとする。


 地震女の攻撃は、驚くほどに有効だった。タイルの男が先程糸か何かを使ってハサミを操ったことから、脱出に糸を使うと思われていた。実際それでうまくいきそうなものだが、現実はそれほど甘くはなかった。


 タイルの男はすでに下半身の大部分を大地に絡め取られていた上に、地震女が周囲の土を圧縮することで、タイルの男を万力で締め上げるように土で固定したからだ。さながら巨人に握りしめられたようなモノで、最早腕力、しかも糸を引っ張っての脱出など不可能な状況だった。


「──かはッ!? う、そ……なん……で? は……? 意味、わかんな──」


 地震女の戦術は有効だった。けれど、それでも彼女は死んだ。彼女を殺したのはタイルの男ではなく、学園祭に来ていた一般人らしき女性だった。


 虚ろな目で、その女性は地震女に魔法を使った。金属化、それにより鋼鉄となった女性の腕はハンマーと同じで、地震女を殴り殺した。能力の使用中、全くの死角、予想外な者からの攻撃に、地震女は対応できなかった。


「馬鹿なッ!? なぜだ! どうしてそんなことをした!! みんなを守ろうと、なのに……どうして! まさか……操られているのか? 一体、誰に……」


 愚弄者の問いに、女性は答えない。ただ虚ろな目で、何者かの命令を待っているかのようだった。


「はぁ、やれやれ。手伝ってくれてありがとう」


 タイルの男の声、地震女が死んだことで大地から解放されることを許されたタイルの男は、二人の少女に地面から引きずり出されていた。二人の少女は、地震女を殴り殺した女性と同じく虚ろな目をしていた。


 少女の一人は、不知と同じ聖浄学園の制服を来ていて、もう一人の方は、他校の制服を来ていた。


「そう怒らないでおくれよ、彼女たちは僕に命令されてやっただけなんだから。彼女たちは、何も悪くない、だってただの人形なんだから。まぁ、人形と言っても、元人間ではあるけどね」


 愚弄者はタイルの男の言葉に耳を傾けるつもりはない。無視して、タイルの男に殴りかかった。しかし、愚弄者の拳は止まる。


 タイルの男に操られているだろう二人の少女が、愚弄者の殴打から庇おうと立ち塞がったから。


「すまない──」


 愚弄者はそう言って、立ち塞がった少女達をその手で弾き、吹き飛ばした。地面を転がり、少女たちは気絶する。


「やはりそうか、元人間であるなら気絶もする。そうなれば、操り続けることもできない」


「ッ、はは……善人のやることじゃあないね!」


 タイルの男が腕を大きく広げ、今度は胸元へと引き寄せる。その手の指先には、確かな煌めき、透明な糸の輝きが見える。糸が愚弄者に巻き付き、拘束する。キリキリと音が鳴り響く。まるでピアノ線のようなそれは、尋常ではない力で愚弄者を締め上げた。


 ──けれど、愚弄者相手には意味をなさなかった。愚弄者は純粋に高い戦闘能力を持っているからだ。魔力はそれが魔法に使用されなくとも、その持ち主の身体を強化し、守り、魔法の影響を軽減する効果を持っている。


 だからこそ、膨大な魔力を持つ愚弄者は圧倒的な戦闘能力を持つのである。魔法を使えなくとも、身体の力を純粋に高めるだけで、最強となってしまう。


 愚弄者は自分を縛り上げる糸の拘束を強引に力で引きちぎり、タイルの男の首を掴んだ。愚弄者はそのままタイルの男の首を絞める。


「あっ、っぐ! ああ! ああああああ!!」


 タイルの張り付いた顔に、罅が入る。先程までとは違った形の罅が、それは苦痛と絶望の表情をしていた。


 タイルの男は暴れ、今度はハサミを愚弄者に突き立てようとする。けれどそれも意味はない。首を絞められた状態では魔力で頑丈さを増した愚弄者を害することはできない。呼吸することができず、力を出せない。


 タイルの男の絶望は本物だった。愚弄者もそれを理解していた。タイルの男の顔の罅は、確かに絶望の表情をしていて、嘘をつく余裕もなかったから。だからこそ、愚弄者は勝利を確信していた。


 ──自身の愛する少女が、自分に刃を突き立てるまでは。


「……え? せ……っか? あ……」


 石透雪夏せきとう せっか、愚弄者は彼女のことが好きだった。彼女は変わり者でうまく人と馴染めずにいた不知に良くしてくれた。明るく、優しく、世話焼きな彼女のことを、愚弄者/黒凰不知こくおう しらずは好きだった。


 不知が雪夏に対して素っ気ない態度をしても、彼女は根気強く不知と向き合おうとした。彼女は不知と目が合うと必ず話しかけに来たし、不知のちょっとした表情の変化を見逃さない。そんな雪夏だからこそ、不知は自分も同じように返そうと思った。


 彼女の話すことは、例え興味のないファッションの話でも自分なりに考えて話したし、何より不知も彼女の表情、感情に注視した。


 雪夏が手に持った包丁、それは学園祭で出す予定だったお好み焼きの具材を切るのに使うはずだったもの。本当はもっと凝ったものをやりたいと言っていたけれど、時間が足りないからと雪夏が妥協したものがお好み焼きだった。


 そんな雪夏の包丁は、頑強過ぎる不知の身体を傷つけることはない。しかし──心には突き刺さる。


「あ、っく、そんな……どういうことだ……」


 不知は、愚弄者は、動揺からタイルの男の首を絞めるその手を離してしまった。どさりとタイルの男が地に落ちる。男の顔の罅からは、絶望が消えていた。


「その反応、なるほどね……ああ、僕はなんて幸運なんだ。まさか、君が、あの愚弄者が……! 僕の人形になった子を、愛していたなんてねぇ!」


「人形にした……? どういうことだ!!」


 怒りに声を荒らげながらも、愚弄者の体は弱々しく震えていて、そこに闘志は見えない。


「最強の男、愚弄者……君だけは僕を止めうると思っていた。だけどそうか……君も愛する者がいる、ただの男か。ああ、人形がどういうことか聞きたいんだったか? いいとも、教えてあげるよ。彼女たち人形は元人間で、元となった者の記憶、人格を持っている。だけどそこに魂、意志はない。その精神を破壊し、魂を殺したからねぇ……」


「こ、殺し……た? そんな、じゃあ、死んで……う、嘘だ! 嘘だ!!」


「その動揺の仕方、よっぽど好きだったんだね。まるで、世界の終わりって感じに見えるよ。ならもっと話してあげた方が君を殺すのには有効かな。ほらおいで雪夏」


 タイルの男に呼ばれた雪夏は、虚ろな目で、男の命令に従い、男の元までやってきた。そして──タイルの男は雪夏を抱き寄せ、自身の口元に当たる部分のタイルを、雪夏の唇に触れさせた。雪夏の服の中に手を入れ、指を這わせた。


 愚弄者は言葉を失った。眼の前にある現実を受け入れたくなかった。


「ほらこの通り、僕好みにするために壊したから、彼女は僕が命令すればなんでもするし、僕を拒まない。色んなことをして楽しんだよ。でもちゃんと彼女の精神をぶっ壊してからやったからねぇ、”元の”彼女の心を踏みにじってはいない。あくまで人形になった後にやっただけだからねぇ、極めて人道的だと思わないかい? ふふふ、ねぇ雪夏、君に好きな人はいたのかな? 君の記憶にある、君の好きな人を教えておくれよ」


「わたしの好きな人は……黒凰不知こくおう しらず、不知くんです」


 雪夏はそう言って、愚弄者を、不知を見た。


「はははは! そうか! 愚弄者は黒凰不知って言うのか! じゃあ君たちは両思いだったんだ! 愛し合う二人なのに!! この馬鹿なヒーローは、君を助けられなかった、破滅に向かう君に気づいてあげられなかった。人形か人かも見分けることができない! いいねぇ、いいよ。儚いねぇ、なんて無価値で空虚なんだ、君らの愛と思いは!」


「……なんで……なんでお前はこんなことをする……! お前は、誰なんだ……!」


 力のない声で、愚弄者は音を響かせた。意志なき声を。


「なんでって、そんなの単純さ、人は幸福になるために生きている。僕も同じだ……僕はね、儚い存在が好きでね、美しいと感じられるんだよ。けど儚いモノってすぐに消えてしまうんだよ。見つけてもすぐ消えてしまうし、理想の儚さは中々見つからないものだ。だから、自分で作ることにしたんだよ。例えば、明るい未来を持っていそうな、優しくて、明るい美少女が、その未来を奪われて、モノとして生きることになったらどうかな? そこに生きて在りながら、死んでいる、それは永久の儚さ。矛盾を抱えた存在ならば、僕の矛盾した理想を叶えられる!!」


「……理想を叶える? 何を言って……だから何のために……」


 不知にはこの男が何を言っているのかが理解できなかった。言葉として理解はできても、その内にある思考が、意志が理解できなかった。


「僕という存在は、残念ながら許されることはない。今のこの人間社会ではね……だから、変えるんだよ。世界ごと、僕の理想を体現するために! そしてその準備が終わったから、僕は今日初めて、表に出てきたんだ。バレないように活動するのは大変だったけど、その甲斐はあった。


 ──僕の名は、クラックタイル、それが愚弄者、君というヒーローを殺す者の名だ」



 戦意を喪失してしまった愚弄者はうずくまるだけだった。だからクラックタイルは振り上げたハサミを振り下ろすのに、最大の力を込める猶予があった。


 そして、刃はついに愚弄者に傷をつけた。クラックタイルのハサミは愚弄者の背中に深々と突き刺さり、愚弄者の意識は徐々に薄れていく。


 死、確実にそこへ至る傷。このまま何もしなければ、愚弄者は、黒凰不知は死ぬ。だが、愚弄者に立ち上がる気力はなかった。



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