第35話:悪意の檻
「さぁ、レルヴィス食べるんだ。元気な若さのある魂だ、これがあれば君の設計を超えた権能が使えるだろう?」
薄暗い地下でクラックタイルの声が響く、クラックタイルは青白いふわふわとした球を指で摘み上げていて、それをとある存在の眼前に突き出していた。
「い、いや……たべたくない……ひとはまもるの、たべものじゃ、ない……」
青白い球を、その存在は人と呼んだ。球は魔力によって可視化された魂だった。
魂喰らいを拒絶するその存在は、鳥と獣と人がまぜこぜとなったような見た目で、少女とも少年とも受け取れる中性的な印象だった。
「クラックタイル、やはり補充の半魔体を弄るのはリスクがあると思います。この実験で悪影響が出たら……異七木の供給が滞って我々の活動も……」
クラックタイルに警告するのは、クラックタイルが弟と呼んでいた存在、ヒビのないタイルの仮面をした少年、プラチナムスタック。
プラチナムスタックはクラックタイルのこの行動に対して思う所があるようだった。
「まぁ君はレルヴィスの世話をしていたし、愛着が湧くのも仕方がないね。けど迷うことなんてない、これは道具だ──神から人に奉仕するよう作られた道具でしかない。さぁ食べろ、拒否権はない……その気がないなら、僕が食べさせてあげるよ」
クラックタイルは指先から魔法の糸を伸ばし、レルヴィスの体を縛り上げ、天井に吊るした。糸がキリキリと音を立て、レルヴィスの口を無理やり開けさせた。
「あ、あめ、で……あぐ、ああ! ああああ!!」
涙を流すレルヴィス、プラチナムスタックはその状況を見ていられず、目を逸らした。そんな弟の心情など知らないとばかりにクラックタイルは、レルヴィスの口に青白い魂の球を押し込んだ。
──キリキリキリ、ガツガツガツ。
「あ、ああ、あああああああああ!!!」
レルヴィスの口はクラックタイルの糸に操られ、動いてしまう。獣の鋭い牙が、物質化した人の魂を容赦なく咀嚼し、体内で力として取り込んでしまう。
「ぐ、あああ! えふっ! ごふっ、あ!!」
魂を食したレルヴィスの体色が青から赤色へと変貌し、透明の血を吐いた。
「うーん流石に詰め込みすぎたかな? 50人分は……けど予想通り、進化してくれたみたいだ。精神の破壊により、機能制限も突破できるはず……もう人を守る必要はなくなったんだレルヴィス。だってもう──君は人を食べちゃったんだしねぇ? 守るも何もないよねぇ? あっはははは! どうだった、美味かったんだろう? だって、君はそういう顔をしてたよ?」
「あ、ああ……嘘、嘘だ!! おいしくない! おいしくない!」
否定するレルヴィスの口から唾液が落ちる、だらだらと、それは次の食事を求める所作だった。大量に落ちて止まらない唾液に、レルヴィスは自覚してしまう。
人の魂を喰らい、美味だと感じてしまったことを。
レルヴィスの精神は、完全に破壊されてしまった。
「もう、どうでもいいだろう? 人に奉仕する必要なんてないんだ。君より劣る、弱い人間はエサだ。分かるだろう? 強き者が弱き者をどうするかは自由なんだ。だから君よりも強い僕が、君を支配するのも当然だし、君が自分よりも弱い者を食らうのも自由なんだ。僕が君の活躍の場を与えよう。そうして腹を満たしたら、僕のお願いを聞いて欲しいな。君の進化した権能で」
「……」
コクリ、レルヴィスは生気のない目で頷いた。そんなレルヴィスを見て、プラチナムスタックは部屋から飛び出した。
「あの子には刺激が強かったか。僕の血族にしては人に近すぎる……やっぱり母親の影響なのかな? まともな環境で育てば、まともな人格を形成できていたのかもねぇ……あぁよしよし、レルヴィス、君もプラチナムスタックが、白夜の事が好きだろう? あの子も君を大事に思ってる、だからあの子のことを支えてやってくれ。あの子だけはきっと、何があっても君の味方だし、君たちはセットなんだ、一緒にいると引き立つんだよ」
クラックタイルが吊り上げられたレルヴィスの頭を撫でる。そこに愛おしいなどという感情はあるはずもない、ただ単にレルヴィスに理解を促すためだけの仕草。
「わかった……びゃくや好きだから……」
レルヴィスと白夜、二人が互いを思う心、それだけは真実で、だからこそ二人は底の底まで依存していた。そしてレルヴィスも白夜も、クラックタイルに逆らえない、二人はクラックタイルに支配された操り人形に過ぎなかった。
自分の意思に反して行動させられる中、二人の心だけが通じ合っていた。
「さて、会議もあることだし、行くとしようか」
クラックタイルはレルヴィスを糸から開放する。糸から解放されても、レルヴィスは元から鎖に繋がれているため自由などない。
仮に鎖がなかったとしても、レルヴィスがこの地下から脱出を試みることはない。レルヴィスはもう、心が折れている。ここから逃げることは無理だと、諦めてしまっている。
そのような考えになるまでに、幾度となく脱走の試みがあったのは言うまでもない。そして失敗する度に、痛み、苦しんだことも。
◆◆◆
「警察署長だった人がこんな会議に出るっていうのも、感慨深いねぇ。ウチの会社の商品使う? その脂ぎった肌もマシになるんじゃない?」
ガラス張りにも関わらず、外が全く見えない高層ビル、その一室で、会議が行われている。メンバーはクラックタイルと警察、マフィア、そして企業経営者。
異七木警察署長を煽ったのも企業経営者の一人で、イナイフィル化粧品の会長だった。戸籍上70を超えるはずの女会長だが、その見た目は異常に若々しく、30から40代程に見える。
「おいやめろや……汚ねぇおっさんがお前んとこの化粧でオカマになってるところ想像しちまったじゃねぇかよ……最悪な気分だ」
「想像したのはあなたの勝手でしょうが。元々そっちの気があるから想像してしまうんじゃないの? もしかしてあなたの業界って、そういうの多かったりするの?」
業界、それはイナイフィルの会長が話しかけた男の見た目を見れば想像のつくもので、男は全身入れ墨塗れ、金属アクセサリーをジャラジャラと身につけたいかにもなハゲだった。
異世界転移後の異七木で急成長を遂げたマフィア、ナインティーワンのリーダー、それが男の正体であり、異七木の外国人マフィア達を手懐けた金属アクセサリーショップの経営者だった。
「そりゃあいるにはいるけど、仲間に対しては安全だっていう前提があるから成立してんだ。気分はわりぃよ、俺はそういう趣味ねぇからなぁ。想像してみろ、制圧が終わったって聞いて現地に行ってみたら、凌辱された男の死体が転がってんだぞ? 最近は歯止めが効かなくなってる……若い子も試したいとか言ってクラックタイルに送る用のやつらをダメにしちまった」
「うわぁ……身近にそういうことがあったら、連想してしまうのも無理ないかもねぇ」
「二人共無駄なお喋りはそれぐらいで、ね? 僕達は暇じゃないだろう? 計画の遂行に関して、報告があれば、そっちを先にしてほしいな」
クラックタイルがプレッシャーを掛けるとナインティーワンのリーダーもイナイフィルの会長も黙り、真剣な面持ちとなる。
「懸念ならあるぜ、どうせ分かってることだろうけど……ナイトメア・メルターだ。あいつは俺等と関係のあった筋ダルマ、ミートバンドとダントウを拉致した。拷問されてるに決まってる……ナイトメア・メルターのやり方を見たか? 俺の配下にいるサイコ野郎共と大差ないぜ……そんな野郎が拷問すりゃあ、情報は抜かれる……俺はそう思うんだけどよ。あんたはどう思ってるんだ」
「対策はしてある。僕らの情報が取られないように、プラチナムスタックが工作活動を行っている。大丈夫だとは思うけど、絶対とは言い切れないね……何せ魔法がある世界だし、僕らもまだ魔法に対する理解が浅い」
「む、無責任だぞあんた! あいつが、ナイトメア・メルターが俺等を特定したらどうすんだよ!! 逆にあいつの居場所はわかんねぇのか? あいつを殺せないにしても、ミートバンドとダントウを始末すりゃあ……」
「そう怯えても状況は好転しないよグナム君、君もマフィアのリーダーの割に随分とビビリじゃないか。僕はね思うんだよ……確かにナイトメア・メルターは強い、単純な戦闘能力で言えばおそらく無敵に近い……けれど、君らも彼がデビルシックスを殺すところを見ただろう? 怒っていた、感情的になってた……それはね、彼が人間であることの証明ではないかな? どれだけ強い力を持っていても、所詮は人間でしかない……完璧な、弱点のない人間なんて存在しない。だから必要な努力を必要なだけ行えば、必ずナイトメア・メルターは無力化できる。彼の言動からプロファイリングを行い、彼の正体を暴き、彼の大切な者を──」
──ガシッ。クラックタイルが手を大げさに握る。
「っ、プロファイリング? そんなことが可能なのかよ……可能だって根拠があるのか?」
「僕ならば可能だ。なぜなら僕は……人を支配できるからね。そういったスキルを持った者を、僕の支配下に置けばいい。もしもその人物が男であったとしても、僕は君たちのために美学を穢し、その人物を確実に支配することを約束しよう。実はぁ……すでに目星はついてるんだ。そう時間は掛からないはずさぁ」
クラックタイルの言葉に、会議の出席者達は少しの安堵感を得る。だが──
「マスター!! 異特隊が!! ナインティーワンの拠点を襲撃したそうです!」
クラックタイルの操り人形の少女が一人、彼女が報告をしただけで、会議室の中にあった安堵感は消え去った。
悪党達の敵は、ナイトメア・メルターだけではない。
異七木特殊事態下警備隊、警察と対立する彼らの本命は、異七木警察を操る黒幕の悪党達。組織的な魔法ありの軍事行動は、マフィアと文字通りの戦争を引き起こす。
市民に開戦の警告を行い、避難を促しつつも、その歩みは決して止めない。戦争に市民が巻き込まれるとしても、それは必要な犠牲であると、彼らは割り切っている。
必ず外道共を抹殺すると覚悟を決めていた。
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