第36話:救いの手
「市民の皆さんは直ちに区域外に避難してください! マフィアとの大規模な戦闘が予測されます、戦闘が治まったように見えても自己判断で戻ってこないでください!」
戦闘が予測されるといいながら、異特隊は魔力を乗せた銃弾で建築物ごとマフィア達を掃射する。すでに戦闘始まっていて、巻き込まれた市民は息絶えている。
巻き込まれた市民はマフィアの拠点に関わっていた一般人で、マフィア達のフロント企業に所属していた者、あるいは取引先、そしてその家族だった。
マフィアと全くの無関係と言うわけではないが、彼らは一般人で、特に誰かに対して危害を加えていた訳では無い。
だが、異特隊を指揮する大隊長、
「大隊長!! 敵幹部が逃走を!」
「そうか、なら私と精鋭部隊のみで追撃を行う。お前達はここに残ってゴミ共を完全に絶滅させろ。人々の平穏を奪ってまで始めた戦争だ、確実に勝たねばならん!!」
オドロマは敵の逃走経路を聞くまでもなく走り出し、10人程の精鋭達もそれに続く。
◆◆◆
オドロマ達がマフィアの拠点を襲撃する丁度その頃、それとはまた別の場所で、相対する者達がいた。
「な、何故だ……どうしてお前がここにいる!! ナイトメア・メルター!!」
平時であったなら、薄暗い地下であったはずの場所は、崩れた天井から陽光が降り注ぎ、明るく照らされている。
プラチナムスタックのタイルは陽光を反射し、襲撃者の姿を写り込ませている──ナイトメア・メルターだ。
「お前がプラチナムスタックか……話に聞いた通り、まだ子供のようだ。何故俺がここにいるか、だと? 当然、知っている者に聞いたからだ。クラックタイルと同じく、お前も人の精神に作用する力を持っているらしいが、力を使った結果、人の心がどう動くかまでは考えられていなかったみたいだな」
ナイトメア・メルターはクラックタイルの拠点の一つを突き止めていた。傷を癒やし、対話が可能となった筋ダルマとダントウに、ナイトメア・メルターは取引を持ちかけた。彼らの持つ情報と引き換えに自由にしてやる、そんなシンプルな取引。
筋ダルマは最初から協力的だったが、ダントウは協力を渋った。ナイトメア・メルターはダントウの手足を奪ったのだから当然の事ではある。
しかし、ダントウは脳に魔法を仕掛けられ、思考を何者かに誘導されていた事実、クラックタイル陣営からの裏切り行為に怒ってもいた。
ダントウはクラックタイル達とやり直すつもりはない、自分を見捨て殺そうとしたのだから、今度は自分が裏切って殺す番だと、ナイトメア・メルターに協力することとした。
ダントウはナイトメア・メルターは心の底から憎んでいたが、ある意味でナイトメア・メルターのことを信用していた。ナイトメア・メルターは確実に約束を守るだろう、協力すれば必ず自由になれる、そんな確信があった。
武人気質なダントウからすれば味方のフリをして裏切る者より、嘘をつかない敵の方が好ましかった。
ナイトメア・メルターが二人から得られた情報は、ダントウと筋ダルマが会った共通の人物、それがプラチナムスタックだった。筋ダルマの方はプラチナムスタックの名前までは分からなかったが、ダントウの語る特徴と一致したのだ。
クラックタイルのようにタイルを敷き詰めた仮面をした少年、間違えようのない特徴だ。
そしてナイトメア・メルターの情報源には、プラチナムスタックの居場所を知る者がいた。それが社会不適合者の相互扶助組織、ラストホームの盟主、千虎だった。
千虎はクラックタイル視点からすると、もっとも裏切る可能性の低かった者だった。マフィアや企業、警察は利害の一致でまとまっているだけ、状況が変わればあっさりと裏切るのが目に見えている。
千虎の目的は仲間の居場所を守ることで、千虎は居場所を奪われることを恐れていた。クラックタイルはやろうと思えばラストホームをいつでも地獄に変えることができる。クラックタイル陣営の旗色が悪くなろうともそれは変わらない。
だから千虎は仲間の安全のためにクラックタイルを裏切れない、クラックタイルはそう考えていたから、マフィア達が誘拐した若者達をクラックタイルの拠点に送り届ける仕事を千虎に任せていた。
千虎は本来であれば裏切るはずがなかった。しかし、クラックタイルと敵対しなければナイトメア・メルターに殺されるとなれば話は変わってくる。ナイトメア・メルターという危険が千虎を追い詰めた結果、逆に選択肢が生まれた。
ナイトメア・メルターについてクラックタイルを殺すという選択肢、どうせ死ぬなら良いことをやって死にたい、罪滅ぼしがしたい。千虎とラストホームの仲間達は、やや後ろ向きではあるものの、ナイトメア・メルターと共に戦って未来を切り開くことにした。
「まさか……千虎が裏切った? あ、ありえない……彼女には能力を……」
動揺し後退るプラチナムスタック。プラチナムスタックが後ろへ下がった分、ナイトメア・メルターは歩みを進め、距離を詰める。
「ほう? どうやら自分の能力が発動したかどうか、お前には分からないようだな。条件起爆の爆弾を仕込むようなものか……ああそうだ、お前が仕込んだ能力なら俺は解除できた、全員生きている。一つ聞きたい、お前は自分の意思でクラックタイルに協力しているのか……? 何か協力しなければならない事情があるのか? もしそうであれば、お前がクラックタイルに協力しないで済むようにしてやる」
「な、何を……言ってるんだ……お前……自分が助けを求めているとでも!? 子供だからと舐めているのか!? 自分は、クラックタイルに、自分の意思で協力しているんだ……! 自分とクラックタイルは、切っても切り離せない、一心同体なんだ!!」
「──なら、お前を殺す」
ナイトメア・メルターが目にも止まらぬ速さでプラチナムスタックの首を掴み、宙へと持ち上げる。
「勿論、お前を拷問し、クラックタイルに関する全ての情報を引き出した後に殺す。それが嫌なら、今ここで死んでみせろ。自分の意思で死んでみろ。クラックタイルと一心同体なんだろう? 大事な大事なクラックタイルのためならそれぐらいできるんじゃないのか……? おい、どうなんだ!」
ナイトメア・メルターはプラチナムスタックを床に叩きつけるように投げ捨てる。
──ズザザー! プラチナムスタックは床を転がり、地下室の壁に激突する。その衝撃でプラチナムスタックは肩と膝を骨折し、吐血する。
「──うわああああああ!! やめろ!! 白夜をいじめるな!! ガオオオ!!」
プラチナムスタックが吐血したその瞬間、プラチナムスタックの怪我を認識した補充の半魔体、レルヴィスがナイトメア・メルターに突進し、そのままナイトメア・メルターにしがみつくと、その肩を噛んだ。
「──っ……ダメージが通った……だと? この程度のパワーで……この魔力はなんだ……? 人間じゃない……? 邪魔をするな!! お前から先に殺してやる!!」
レルヴィスの攻撃はナイトメア・メルターにダメージを与えた。ナイトメア・メルターの語る通り、本来であれば絶対にナイトメア・メルターを傷つけるだけの威力を持っていない攻撃だ。
肩から出血するナイトメア・メルターはレルヴィスの頭を掴んで強引に引き剥がそうとするが、レルヴィスもプラチナムスタック/白夜を助けるために必死だ。食らいついて離そうとしない。
「離せ!! 離せ!! この、この野郎!!」
──ドガ、バキ、バキィ!!
噛む力を緩めようとしないレルヴィスの腹を頭を、ナイトメア・メルターが殴る。レルヴィスの体は殴られた衝撃で変形していく、レルヴィスの透明な血液が辺りに撒き散らされていく。
ナイトメア・メルターにはその透明の液体が血液であると認識できていないが、レルヴィスの世話をしているプラチナムスタックにはそれが血液であることが分かっていた。
このままではレルヴィスは失血多量で死んでしまうことも。
「やめ、ろ! れる、ヴィス!! おまえも、しんじゃう!!」
──ドゴォ!
一際大きな音が響いた。レルヴィスは盛大に吐血して、ついに噛みつく力を失う。床にドサリと落ちる。
「ぐえ、うっ、やめ、白夜、殺さないで!! 白夜だけ、いいやつだった!!」
立つ力もなく、弱りきったその体で、レルヴィスは涙を流して、白夜のために懇願した。まるで自分は死んでもいいから、白夜だけは、プラチナムスタックだけは殺さないでくれと言っているかのように。
「いいヤツだと……? クラックタイルに自分の意思で協力するこいつがか? 分かっているのか!? クラックタイルは己の歪んだ欲望のために、人を殺し、死したその者の尊厳を奪い続ける外道だ!! 何千、何億回殺されようと文句など言えない!! プラチナムスタック、お前はそれを分かっているのか!!」
「……っ、わ、わかってるよ……分かってるから、どうしたらいいのかわかんないんだよ……化け物で悪党でも……自分の家族なんだ……う、うう……たった一人の、家族なんだ……」
「クラックタイルとお前が……家族? あいつに家族なんているのか……吐き気がする。あんな外道が普通の人間のように、何喰わぬ顔で、のうのうと生きていると思うと」
ナイトメア・メルターは、不知は分かってしまった。プラチナムスタックは、白夜少年は邪悪な存在でないということが。
獣のような何かが、命懸けで守ろうとする少年は、家族のせいで、クラックタイルという化け物のせいで悩み、誰も頼れないのだということが分かってしまった。
親のいない環境で育った不知には、白夜の「どうしたらいいかわからない」という心の叫びが他人事とは思えなかった。
気づけばナイトメア・メルターはプラチナムスタックとレルヴィスに対する敵意を完全に失っていた。
そこにいるのは邪悪な敵ではなく、愚かで弱い、ただの少年と獣だった。
「げほッ……!? ごふっ、おふ、ぐえっ!!」
矛を収めたナイトメア・メルターを見て安堵したレルヴィスは緊張の糸がとけた結果、傷口が開いて血を吐き続けてしまう。
「た、助けて!! ナイトメア・メルター!! レルヴィスが死んでしまう!! この子が死んだら、困るのは自分だけじゃない!! お前も、この街の人間すべてもだ! レルヴィスは……補充の半魔体だ。この子が死んだら、この街の食べ物や消費物は補充されなくなる! その結果起こるのは街全体の飢餓だ!!」
「なんだと……!? っち、補充の半魔体なら、そうだと先に言え!! ……っく、どうすれば……試すしかないか!」
ナイトメア・メルターは筋ダルマから精製した例の万能回復薬を急いでレルヴィスの口に注いだ。すると明らかに異常な速度で傷が回復していった。
「傷の治りが早い……? 半魔体、体の大部分が魔力で構成されているからなのか? プラチナムスタック、いや白夜……お前はクラックタイルに協力するべきじゃない。例え家族であろうとも、あの化け物の心を理解することなどできない。寄り添っても無駄だ、奴は正気を取り戻したりなどしない……悲しいことだが……奴は人ではないんだ。お前と同じ、人の形をしているだけで、全く異なる存在だ。お前は……クラックタイルの側にいるにはまとも過ぎる……だからこの半魔体はお前に懐いたんじゃないのか?」
「……で、でも……そうだとしても、自分はどうすれば……居場所なんてどこにも……」
「なら俺と来い! その半魔体を連れて。できるか分からないが、お前が真っ当に暮らせるように努力する。居場所がないなら、自分で見つけるか、作るしかないんだ」
「え……?」
白夜には理解できなかった。先程まで自分と友を殺そうとしていた危険な男が、なぜ自分を救おうとしているのかが──なぜその男が差し伸べる救いの手に、自らの手を伸ばしているのかが、分からなかった。
けれど孤独でボロボロだった白夜少年は、ナイトメア・メルターの手を取るつもりだった。それでいいと思った。
──そんな時だった。
──ピロリン、ピロリン。
プラチナムスタックのポケットにあるスマホにメッセージが届く。
【異特隊から逃げたマフィアが聖浄学園方面に向かった。おそらく戦場になるから、白夜、お前は近づいてはいけないよ】
ナイトメア・メルターはそのメッセージを確認し、スマホの画面とプラチナムスタックの顔を交互に見る。そこには迷いがあった。
「……ナイトメア・メルター、聖浄学園に大切な人がいるの……? だったら迷っちゃ駄目だ。助けにいかないと……自分にはレルヴィスがいる。一人じゃないから、大丈夫だよ」
「……そんなわけがないだろう……大丈夫なわけがない……」
ナイトメア・メルターの手は震えていた。ここで白夜少年を置いて雪夏を助けに行けば、きっと白夜少年は助からない、そんな予感がしていたから。
「賢い子供は大丈夫じゃない時、大丈夫だって大人に嘘をつくんだ……それを分かって知らない振りなどできない!! お前達も連れて行く!!」
ナイトメア・メルターは白夜少年とレルヴィスを両脇に抱え、走り出した。自分が守るべき存在のいる場所へと。
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