第41話:共同生活
「雪夏さん、ちょっとこっちに来てくれる?」
「え? はい」
避難した生徒たちが落ち着きを取り戻しだした頃、朱玲音は雪夏を公園の人気のない場所へ呼び出す。
「雪夏さん、マフィアからもらったあの石、アタシに渡してくれないかしら」
「え? これをですか? でも異特隊とか学園の先生とかに渡した方がいいんじゃ」
「雪夏さんは見ていたはずでしょう? 学園の大人達は全く役に立っていなかったって。アタシと雪夏さん以外だと海凪先生ぐらいしか体を張ってやろうって気概がなかった。海凪先生に関しては文字通り体を張って大怪我、絶賛気絶中よ。学園の大人達は……マフィアの関係者がコレを渡せと脅されたらあっさりと屈するヤツばかりよ」
「そ、それは……そうかもですけど……異特隊の方なら大丈夫なんじゃ? だって体を張ってわたし達を助けてくれたし、あ、あと! 理事長もわたしがマフィアに捕まりそうになった時、助けてくれました。こうコンクリート片でガツーンと、殴ってマフィアの人を一撃で気絶させてましたよ。だから理事長は信用できるんじゃぁ」
「ちょっと待って……理事長が一撃でマフィアの構成員を倒したですって……? ちょっと詳しい話を教えてくれる?」
「は、はい! えっとですね──」
雪夏は実験室前でマフィア達に追い込まれた状況で理事長に助けられ、ナイトメア・メルターがやってくるまでの詳細を朱玲音に説明する。
「──なるほど……理事長は、信用できそうにないわね」
「え!? でも助けてくれて……」
「雪夏さん、あなたはあのマフィアの構成員達を甘く見ているわ。あいつらの実力は普段アタシが相手をしていたそこらの犯罪者、ヴィランとは格が違った。力も強いし、魔力による身体強化だって高い水準だった。それを奇襲とはいえ、一撃で気絶させる火力、どうして理事長が持っているの? で、子どもは未来だ……だったっけ? じゃあどうして理事長は人質になっていた子を助けに来なかったのかしら? 子どもの未来を思うのなら、そうすべきだったし、実際……アタシや海凪先生はそう思うからこそ、人質救出のために体育館へと向かった。それに避難が完了しているはずの半壊する校舎にいたというのもおかしいわ……危険な半壊する校舎に赴いて、本当は何を守りたかったのやら……」
「……た、たしかに……そっか……あの時は理事長が立派なこと言ってるなぁって思ったけど、よくよく考えてみると、行動が伴っていないんだ……しかも、マフィアを倒せるぐらい強かったのに、人質の生徒を助けようとしてなくて……」
「ありがとう雪夏さん。また一人、学園内の信用できない人物のリストがあなたのおかげで埋まったわ。さて、理事長の話が終わったら次は異特隊ね、あれの話を──」
「──論道先輩、も、もう大丈夫なんで! この石は先輩に渡しますから、異特隊の話はいいです」
「ちょ、ちょっと、えぇ?」
「こんな私でもわかるんです。先輩は、間違いなく学園のことを一番考えてる人だって。言葉でも、行動でも、全部が人のため、学園のみんなのためで、だから一番信用できる人に渡します。先輩に渡せば、悪いようにはならない気がします。はいコレ、それじゃわたしはみんなの所に戻ります! お疲れ様でしたー!」
雪夏は朱玲音にマフィアが執着していた石を渡し、忙しなくその場から離れていった。
「元気な子ね、疲れないのかしら? それにしても……普通じゃなかったのは、理事長だけじゃなかったみたいね……どうして無能力者であるはずの雪夏さんが”マフィアから石を奪う事ができた”のかしら……アタシには見えないマフィアの隙をついて、一瞬の内に奪取、そのまま校舎内へと逃走……一応常識の範囲内ではあるけど、走るのも早かった。半壊する校舎内なんて、障害物もあって、走りづらいでしょうに……挟撃されるまでは逃げることができていた……でも本人はそのことを疑問にも思ってもいない……実力や正体を隠してるって感じでもない……あれが才能ってやつなのかしら? アタシにもそういう才能があったら……もう少しうまくやれたかな?」
朱玲音は己の力不足を実感する。才能があるとはいえ、素人の年下の少女が、自分よりもうまくやれていた。そんな事実から、朱玲音は目を逸らすことができない。
(もしも彼女が……魔法に目覚めて、戦うことを選んだらきっと、アタシなんかはきっとすぐに飛び越えていくんだわ。はぁ、馬鹿ね、こんなこと考えたってアタシに才能が後から芽生えるわけでもない……できることをできるだけやる、できるのはそれだけよ朱玲音)
朱玲音は深呼吸をすると、一瞬で気分を切り替え、いつものピリピリとした雰囲気を纏うと、雪夏から受け取った石を制服のポケットに入れて生徒たちのいる方へと戻っていった。
◆◆◆
「顔……見せてよかったの? だって自分は……」
「仮面を被ったまま、お前を助けると言っても説得力がないだろう」
一連の騒動の後、自宅に戻った不知はナイトメア・メルターの仮面をしないまま、素顔でプラチナムスタックこと白夜と向き合う。
「……じゃあ、本当に……」
──チャキチャキチャキチャキ。
白夜を覆っていたタイルが巻き取られるようにして、真っ白な仮面だけの状態となる。白夜は仮面を外し、素顔を不知に見せる。自分のことを助けようとする不知に信頼で返すためだった。
白夜の髪は真っ白で、赤い目をしていた。小柄で細身な中学生男子といった感じで、透明感のある美少年、そんな印象を受ける。
「アルビノなのか? それで仮面を?」
「えっと……兄が言うには母親の遺伝だと……でも普通のアルビノとは仕組みが違うとかなんとか。自分にはよく分からないですけど……普通に生きる分には仮面やサングラスは必要ないです」
「そうか……お前達がここに来たならちゃんとこの部屋を掃除しないとな。今はもういないが、俺はここでヴィラン共を監禁、拷問していた。その関係で汚れや臭いが目立つ。手伝ってくれるか?」
「は、はい!」
不知は筋ダルマとダントウこと肋木堂馬博士に対し情報提供をさせる代わりに身の自由を約束した。筋ダルマは自力で帰っていったが、肋木博士には四肢がないため、ナイトメア・メルターが肋木の指定した場所へと運んだ。
肋木を運んだ場所、それは異七木に存在する義手、義足のメーカーで有名な「モナンレンド社」だった。この会社は海外の軍需企業と連携しており、軍隊で使う義足、身体拡張技術に関する研究、商品開発等を行っていた。肋木は次の住処として元いた研究所ではなく、この場所を選んだ。
「──よし、まぁこんなものか。どうだレルヴィス、臭いの方は大丈夫そうか?」
「くんくん、大丈夫!」
「そうか、ならよかった。ふ~」
元拷問部屋の掃除が終わり、不知は肩を回す。
「あの……兄を、クラックタイルのことを狙っているんでしょう? どうして、聞かないんですか?」
「俺もそうすべきだと思うんだが……できなくなってしまった……お前達が悪党ではなく、むしろその被害者であることを知った今……俺の体も、心も、まるで動かない。俺はお前達を利用するつもりはない……というか、できないんだ。お前が子供じゃなくて、大人だったら……俺はやれたかもしれないがな……」
「どうして、子供だとできないんですか? あなただってまだ若いでしょう? 自分とそんなに変わらない歳に見えます」
「そうだな、年齢的にはお前と大差ない……でも、お前は子供だ。お前は兄に依存していて、自立できていなかった。俺は……一人になってしまったから、自立してしまったんだ。けどな、状況は違っても、俺とお前には共通点がある」
「共通点……?」
「お前の側に兄はいたかもしれないが、お前の心は孤独だったはずだ。肉体の距離は近くても、心の距離は離れてる。きっと、最近出会ったばかりの、その半魔体の方がよっぽど強い絆があるはずだ。過去の俺が感じていた孤独は、家族との死別や離別が原因だが……俺たちが抱いた傷は、おそらく一緒だ。そう思ったら……俺は……お前のことを他人事と思えなくなった。あの時、完全に一人になってしまった俺は、どうしたらいいのか、何も分からなくなっていた。だから……せめて、お前が自立して、自分の居場所を作るまでは俺が……そう思ったんだ」
白夜には不知の行動が理解し難い。意味は分かっているし、その行動に嘘や裏もないのもなんとなく理解しているが、不知の行動は余りにも極端で、二面性を持っていた。
この少年は本当に自分やレルヴィスを殺しかけた暴力的な人物だったのか? 白夜には不思議でしょうがなかった。
「じゃあ共感したから、それだけの理由で……変わった人ですね。思ったからって、そこまで行動するものなんでしょうか」
「呆れるのは分かるが……ここ最近はなんでも、思ったらすぐに行動していたせいで……変な癖がついてしまったのかもしれないな。フットワークが軽くなり過ぎたというか……とりあえず、お前達の正体を隠す算段をつけるまでは、お前達を外に出すわけにはいかない……閉じ込めるような形になってすまないが、そこは分かってくれ。だが外に出る以外で何かあれば気軽に言ってくれ。金はあるから大抵のものは用意できる」
「いやそんな、自分たちは……ここに置いてもらえるだけで……」
「遠慮は必要ない、これからは一緒に生活するわけだからな。何事もスムーズに事が運んだ方がいい。お前達が快適に生活することが、俺にとっては重要だ。お前達が不満を抱えたままだと、俺はその顔を憶えてしまう。そうなると気になって他事に集中できないからな」
(この人は神経質なんだな……でも、不思議な人だ。怖かったり、優しかったり……)
白夜は自分にとって恐怖の対象であったナイトメア・メルターが、自分の完全な味方であることを理解すると、強大な力に守られているような、絶対の安心感のようなものを感じていた。それはレルヴィスも同じで、二人は生まれて初めて、ぐっすりと眠った。
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