第40話:無力
「だ、大丈夫なのか雪夏!! また無茶を……」
「不知くん、あれ……? 不知くん今日は体調不良で休むって……」
ナイトメア・メルターは聖浄学園の者達が避難する公園へ雪夏を送り届けた後、白夜とレルヴィスを自宅に待機させ、変身を解くと、聖浄学園の生徒、黒凰不知として公園へやってきた。
「あ、ああ……体調は悪かったんだけど心配になって起きてきちゃったんだ……熱とかもあったんだけどなぁ……起きたらすっかり元気でびっくりした、うん」
「そうなの? 本当に熱ないの?」
雪夏は不知の頭を両手ではさみ、自分の額へと引き寄せる。
「あ、ちょ……っ!?」
不知と雪夏の額が触れ、不意打ちを受けた不知の顔は真っ赤になってしまう。
(熱を測るにしても手でいいだろ、手で!!)
『これが石透家流のやり方なんだろう、もしくはお前だから体を密着させたかったんじゃないの~?』
クロムラサキは慌てる不知を見て笑っている。不知は納得がいかなかったが、同時に幸福を感じてもいた。
「う~ん、熱ないね、じゃあ本当に治っちゃったんだって……あッ!! わ、わたわたわた、わたしはなんということをッ!!」
雪夏は行動した後に冷静になる人間なので、やはり不知に密着し、至近距離で不知と目が合った瞬間に、ふと我に返り、そのまま赤面し、風邪でもないのに熱くなってしまう。
「ははは、むしろ雪夏の方が熱いかもな……」
「ギエヤアアアアアアアアアア!! 何を見せつけてくれてんだコラァアアア!! お前らに俺がモッキーと呼ばれる所以を教えてやってもいいんだぞ!!」
──ドダラッ、ダダダダダダダッ!!
イチャつき、ラブコメ的な空間に精神に異常をきたし、モッキーが高速で地団駄を踏む。
「モッキー! よかった、モッキーも無事か。所以は教えてなくていいぞ知ってるから。木工ボンドを体に塗りつけて遊んでた時期があったからだろ?」
「不知っち、お前どこでその情報を……」
「お前のママからだよ。俺のバイト先にお前のママさんが来てな、なんで宇賀くんはモッキーって呼ばれてるかって聞いたら教えてくれた」
「ま、ママァ!? 簡単に俺の秘密教えないでよぉ……」
「で……所以を教えると言ったが、どう俺に教えるつもりだったんだ?」
モッキーが不敵な笑みを浮かべる。
「こうやってだああああああああ!!」
モッキーが叫ぶと魔力のオーラがモッキーを包み込み、モッキーの肌から固まりかけの木工ボンドのようなものが溢れ出し、それはやがて固まると、透明な鎧を形成した。
「ぜやあああああああああ!!」
「きゃあああああ!!」
モッキーが掌から木工ボンドを射出し、ボンドは不知へと襲いかかる。気色悪い光景に女生徒達は悲鳴をあげる。
「──なるほど、魔法に目覚めたかッ! だが狙いが甘いなモッキー!!」
モッキーのボンドガンを不知は軽々と避ける。いや、避けてしまった。
避けられたボンドの弾丸は、そのまま不知の後方へとすり抜け。
べちゃり、別の人物へと被害を及ぼす。
「これは、どういうことかしらね? 風紀委員の黒凰くん、彼は何故このようなことをしているの?」
「は! 宇賀くんが魔法に目覚めたようで、能力を見せびらかしたかったみたいです。ご迷惑をおかけしました!」
「ひ、ひぃいいいいいいいい!! 論道風紀委員長!? あ、あああ……す、すみませええええん! 許してくださいぃ!! 狙ったのは不知っちの方なんです! 決して、あなた様を狙ったわけではぁ……」
モッキーは不知ではなく、朱玲音にボンドをぶっかけてしまった。見下ろすように睥睨する朱玲音の圧力に、モッキーはガタガタと震える。
「そう怯えることはないわ。アタシはこういう感じの液体には慣れてるし、別にそう不快に感じてはいないわ。でも……魔法の使用は遊び感覚でするものじゃない、まだ能力に慣れていないのなら、指導者の元で訓練を受けた方がいいわ」
「え……? こういう感じの液体には慣れてる……? こう、白くてドロっとした感じのえへへぇ、液体にぃ? え? それってエッチな──」
──ドゴォ。
朱玲音の鉄拳制裁をくらい、顔面が地面と同化するモッキー。事故は許してもセクハラまでは許さない、モッキーは調子に乗りすぎた。
「液体はアタシの能力のことよ。君がボンド男なら、アタシは水溶き片栗粉女、傾向は似てるでしょ? ……ってそんなことを話しに来たんじゃなかったわ。二年の特進クラスは全員無事かしら? 誰か欠けた人はいない?」
「あ、えっと……はい、みんな無事です」
雪夏が辺りを見渡し、特進クラスの者達の顔を確認すると朱玲音に答えた。
「そう……じゃあ被害者は、最初の攻撃の時にやられた人だけ……本当は褒めてはいけないのかもしれないけど……今日はあなたのおかげで多くの生徒達が救われたわ、石透雪夏さん。随分と無茶をしたけれど……あなたがいなかったら……被害者はもっと沢山出ていたはず」
「それじゃ……みんな、人質になってた生徒はみんな無事なんですか!? よ、よかったぁ……」
「ええ、無事よ。マフィア達はあなたを追って、他の子に構う余裕はなくなったらしいわ。そしてあなたを追いかけるマフィア達を異特隊の人達が後ろからズドン、それでかなり戦いが楽になったみたいよ」
「ちょっと論道先輩!! 雪夏を褒めないでくださいよ!! こんな無茶は認めちゃ駄目だ! 命がいくつあっても足りない!!」
朱玲音は雪夏の行動を認めたが、不知は絶対に認めない、認めるわけにはいかない。実際に、理事長が助けに入り、ナイトメア・メルターの到着が少しでも遅れたら、雪夏は死んでいた。
「確かにそうだけど、あなたは言えるの? 雪夏さんに助けられた人達に……雪夏さんは危険を犯さず、あなた達を見捨てるべきだったって」
「なっ、それとこれとは話がっ……」
「不知くん、あなたにとって雪夏さんは特別なようだけど……アタシは命を平等に見ているの。なぜなら雪夏さんが救った子達もまた、誰かにとって大事な人、特別な人だから。アタシはもし誰か一人が犠牲となり、それで多くの人が助かるのなら……アタシはその選択を迷ったりしないわ。勿論、理想的な、最善の手段があれば別だけれど」
「だって……先輩だって素人が危ないことをするのはよくないって、そう思ってたんでしょう? なのに……意見を都合よく変えるなんて……」
「不知くん、あなたは一つ勘違いをしているわ。アタシは無駄な犠牲が嫌だから、素人が出しゃばるのを良しとしなかっただけ。その犠牲が無駄でないのなら、アタシはそれを肯定する」
「そ、そんな考え方……」
「嫌よね、そんな犠牲──だからヒーローは頑張るんでしょう? 困難を乗り越えるために生まれる犠牲が無くなるように、それが理想論で、不可能だと言われても、ベストを尽くす。現実に降りかかる不都合な理不尽は、悲劇は起きてしまうこと、無かったことにはできない。はぁ……アタシ……ヒーローでもない黒凰くんに何を言っているのかしらね……」
不知は朱玲音に何も言い返せなかった。
(どうしてこの人は……こんなことが言えるんだ……犠牲はどうしても生まれる? それは仕方がないけど、それでも頑張らなきゃいけない? 理想論で現実的じゃないって自分で言ってるのに……なんで俺は、何も言い返せないんだ……)
不知は朱玲音を見る、しばらくして、不知の視線がある箇所で止まる。朱玲音の腕が震えていたからだ。硬く結ばれた拳は、彼女の雪夏に犠牲の役を負わせてしまった悔しさを示すかのようだった。
「血……? 先輩!? 腕から、血がっ、怪我を!? まさか先輩も戦闘を?」
「アタシの怪我は大したことないわ……雪夏さんがマフィア達を引き付けた後、異特隊の攻撃に協力した時に、軽症を負っただけ……だから、本当はずっと見ていたのよ……全部知ってる……マフィア達は明らかにただのマフィアじゃなかった、まるで傭兵、戦闘のプロだったわ。隙なんてなかった、アタシには見えなかった……でもアタシにはその隙を、チャンスを伺うことしかできなかった……」
「先輩……」
「異特隊だってそう……マフィアの隙をつけるような感じじゃなかった。誰かが動けば、必ず被害者が出る、そんな状況だった……被害者が出ない選択肢なんて、どこにも見当たらなくて……アタシは……考えた。生徒の数人に被害が出るとしても、敵を確実に処理する方法を……アタシの魔法流体を地下に流し込んで、地面の一部を陥没させて、そのまま流体の満たされた落とし穴に敵を落とすつもりだった……でも、きっと実行したら……被害者は数人どころじゃない、数十人出ていたと思うわ……アタシがやっていたヒーロー活動なんて、戦闘のプロからしたらお遊びみたいなもの……異特隊も、マフィアも、アタシとは比べるまでもない程に、その動きは洗練されていて、早かった」
「そんなことはないですよ……だって、実際、先輩はこうして生き残ってるわけだし……」
「別にいいのよ、黒凰くん、気を使わなくて。アタシはナイトメア・メルターに救われて、次は海凪先生に救われて、その次は雪夏さん……誰かに助けてもらってばかり、別にそれが悪いってわけじゃないけど……自分の力を過信なんて、とてもできない……アタシは弱い、その現状に甘んじるつもりはないけれど、同時にちょっと努力しただけで、プロの人達に追いつけるとも思えない。だけど今日、誰もが犠牲を肯定し、諦める中で、雪夏さんが勇気によって道を切り開いた時……アタシは分かった気がする」
「分かったって……何がわかったんですか?」
朱玲音は真っ直ぐに、不知を見つめて、口を開いた。
「アタシは、敵をどうやって倒すか、そのことしか考えていなかった。敵を倒すことで、みんなが救われる方法を考えようとした。でも雪夏さんは、敵を倒すだとか、そんなことは考えてなかったはずよ。けどそんな雪夏さんだからこそ、状況を変えられた。きっと、どうやったらみんなを安全に逃がすことができるのか? そう考えていたんじゃないの?」
「は、はい……でもわたしはそんな大して、深くは考えてないですけど……」
「考えが浅いだとか深いだとか、そんなことはどうでもいいのよ。人は思考する時、目標に勝手な前提条件を付け加えてしまう、そういう話よ。あの時のアタシの目標も、雪夏さんの目標も、生徒たちを助けるということで同じだったはず、でもアタシは勝手に敵を倒すという前提条件を付け加えた。その結果、敵を倒す在りきの思考しかできなくなってしまった。でも雪夏さんは、逆に倒すなんて前提条件はないはずで、なんなら、自分の力ではマフィアを倒すなんて不可能だと思っていたはず。だからこそ、敵を倒さずに状況を打破する策を思考することができた。雪夏さんは敵の持つ石が、彼らにとって重要であることを見抜き、それを利用して敵を人質から引き剥がす策を思いついた」
「そ、そうか……じゃあもしかして、その状況を打破しようと考える人の中で、敵を倒すことが前提条件じゃない人が、雪夏しかいなかったとすれば……雪夏と同様の策を思いつき、実行できるものは、いなかったということか……」
「そういうことよ。アタシは自分の固有魔法を使うことを前提として考えたし、自分が無能力者だったら何ができるか、なんてことは考えもしなかった。思考が横着をしていたとでも言えばいいのかしら? 自分の持つ能力が生み出すのは力だけじゃない、能力は、時として自らの自由な発想を奪う。これは別に魔法に限った話ではないけどね……だからこの考え方は使えると、そう思ったのよ。戦う力があればこそ、それがない状態ならどうするか、何ができるのかを考える。目標を達成するために、余計な前提条件を加えてはいないかどうか? 犠牲が必要だと考えた時、諦めた時、考える。自分のデフォルトの外にある発想を引き出すのよ。力が強ければ強いほど、人は考えることをやめてしまうから」
(力が強ければ強いほど、人は考えることをやめてしまう……そうかもしれないな。俺の力は強い、だからこそ……弱者である自分を想像すべきなんだ。俺の能力が道具であると考えれば……俺は強い力の道具を持つだけの、使うだけの弱者なのかもしれない。全ての力を失って、魂だけになった俺は強いだろうか? っは、強い訳がない……俺は、能力を使うのではなく、使われているのかもな……)
『不知は強くなくていい。きっと心の強さでさえ、手に入れれば、代わりに何かを失うから……本当はもう、私は……不知には戦って欲しくない……』
(クロムラサキ……? な、何を言っているんだ……もうすぐクラックタイルへと手が届くんだ。やめられるわけがない……!)
『だって……お前の心は、私に伝わって来るんだよ? 知っているんだよ……お前は戦いが好きじゃない、なのに……なのに……戦ってる時のお前は……本能に突き動かされて……戦いを、殺しを楽しんでいる……戦えば、お前の心は化け物になる……そんなのは、私は嫌だ……』
(俺が……殺しを……楽しんでいる……? そんなわけが……)
不知は思い出す、千虎と接触し、クラックタイルを殺す道筋が見えた時、自らの邪悪な笑みが、仮面の内側に映り込んでいたことを。
(──っ……だとしても、やめるわけにはいかない。化け物になっても構わない……ヤツが消え、雪夏の未来が取り戻せるのなら)
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