第31話:ロリータファッションバトル
「あの二人やっぱりデートなの……? 図書館にも先輩来たし、警察署だって一緒に……不知くんてああいう綺麗な人が好きなのかな……?」
「雪夏? どうしてそんな物陰に隠れてるの? 服探すんじゃないの~?」
雪夏は店内で何やら聞き回っている不知と朱玲音を監視していた。商品棚の影に隠れ、驚くほど完璧に自身の存在を隠蔽していた。
『おいおい、どうして雪夏がここにいるんだ? 不知、雪夏がお前のことを見ているよ?』
しかし、そんな完璧に身を隠す雪夏に気づく者がいた。クロムラサキは浮いて店内を見下ろしているため、雪夏に気づくことができた。
(え!? なんで雪夏が……見られてるか……じゃあ俺達が調査をしてるってバレたらよくないな。雪夏がわたしも調査に協力するとか言いかねない……)
『お前がまず考えるのはそこなんだね……不知。もっと別に気にすることがあると思うけどね……お前は自分がどう見られるかを分かってない』
(どう見られるか……? お前が何を危惧しているのかよく分からないな)
不知は朱玲音のことをまるで異性として意識していないので、自分と朱玲音が一緒に行動していることで自身が朱玲音に対し好意を抱いているとか、付き合っているだとか、周囲からそう見られる可能性があることを分かっていなかった。
「先輩……雪夏が俺達のことを見てるみたいなんです。後ろの陳列棚の影に……俺達が調査しているってバレると、あいつが危険に巻き込まれる可能性があるので……どうにか誤魔化せないですか?」
不知はヒソヒソ声で雪夏に聞こえないよう、朱玲音に耳打ちする。
「──っっっ……!?」
急に耳元で囁かれた朱玲音は不知にドキッとしてしまう。男として大人しい不知が大胆に接近してくることを、朱玲音は想定できていなかったため、奇襲攻撃を受けたかのようにパニックになってしまう。
もうこうなっては自分がただパニックになっているのか、それとも不知に対して異性を感じているのか、朱玲音には分からなくなっていた。どちらにせよ、朱玲音の心臓は高鳴っていて、顔は紅潮していた。
「あ、赤くなってる~~……!? あの論道先輩が、ただの女の子みたいに……これ、不知くんはともかく先輩は、絶対不知くんのことが好きだ……ど、どどど、どうしよう」
「雪夏? もう何やって……って、あれ黒凰くん? まさか……雪夏あなた……黒凰くんがあの女の子と一緒にこの店に入ったからここに来たかったの? 雪夏、あなたそれじゃあストーカーよ? そんなに気になるなら声をかけてきたら? 牽制よ牽制! きっとあの感じはまだ付き合ってないわよ!」
「お、お母さん! け、牽制ってそんなの無理だよ……だってわたし……そんな図太くはなれない……」
「もう! うじうじしないの! そこで迷ったらあの子に不知くんを取られちゃうわよ……? 雪夏はそれでいいの? よくないんでしょう?」
「っく……い、行ってくる」
雪夏は意を決して歩みを進める。偶然を装って、不知と朱玲音の二人に接近する。
「あ、あー! 不知くん! それに論道先輩! 買い物してたら偶々見かけちゃって、先輩も不知くんもこういう服が好きなの?」
(な、なにーーーーーーッ!? 雪夏が話しかけに来た!? どういうことだクロムラサキ! 雪夏は隠れて俺達を監視してるんじゃなかったのか?)
『人の気持ちは移り変わるものだよ不知。気持ちが変われば行動も自ずと変わる』
「あら最近はよく会うわね石透さん。アタシは別にこういう系統の服は趣味じゃないわよ」
「じゃ、じゃあ不知くんの趣味ってこと……? 不知くんは女の子にこういう服を来ていて欲しいってこと!? 論道先輩にロリータファッションを着せるつもりなの!?」
「いや……俺は別に論道先輩にロリータファッションを着せたいとは思わないよ。別に女の子がこういった格好をするのも好きではない」
この朱玲音と不知の発言を聞いた店員は「じゃあなんで来んだよ!」と内心思ったのは言うまでもない。
(ん待てよ……? これじゃあ俺と先輩がラフトスキップに来た理由がない……明らかに不自然だ……ど、どうしよう……ここで調査にためだとバレたら嫌だ……どうにかして誤魔化さないと)
「──女に着せるためじゃない! 俺が着るためにここへ来たんだ!!」
──ドン! 不知は言い切ってしまった。衝撃を受けるラフトスキップの店員、客、雪夏、冬姫。
「ええええええええええええええ!? そういう趣味があったの!?」
「いや一度経験しておきたいと思っただけで、いつもそうしたいわけじゃ……ただ、こういった店に俺だけで入るのは気まずかったから、先輩に頼んで一緒に来てもらっただけだ」
『今更取り繕ったところで手遅れだと私は思うよ不知? けどまぁ、一応はこの場は誤魔化せそうだ。雪夏は混乱しているから、正常な判断はできないはずだよ。あとはどうやって雪夏をこの場から引き離すかだ』
「そ、そうだったの……? え……? でも……不知くん女装似合いそうではあるよね」
「じょ、女装……? うおっほん! じゃあ雪夏、俺と勝負だ。俺とお前、どちらの方がロリータファッションを着こなせるのか。コーディネートが完成し、メイクが終わるまでは互いの手の内を探るのは禁止だ! いいな!?」
何故かロリータファッション着こなしバトルが勃発。不知の高性能生体演算装置は、雪夏をこの場から遠ざける完璧な策を計算によって導き出す。
「な、なんでーーッ!? う……分かった。わたし、負けないからね?」
この策に乗っかってしまう雪夏も雪夏だった。
「じゃあアタシもその勝負に参加しようかしら。楽しそうだわ」
朱玲音も何故か参戦。状況は混沌の領域へ……
「お客様! そういうことでしたら! お任せください! うちは男性の方がお求めになる場合も対応しておりますので! 完璧な着こなしをサポート致しますよ!!」
何故かやる気を漲らせる店員、その目はメラメラと燃えていた。
「それじゃあ、バトル開始だ。完成したら異七木駅前に集合すること」
不知の開戦宣言と共に雪夏は不知達から離れていった。
「お客様、ささこちらなんてどうでしょうか──」
店員はウキウキで大量の服を腕に抱えていた。
◆◆◆
「う、うわぁ~~完璧ですお客様! めっちゃいいです~~!! 完璧な着こなしです!」
(着こなされてしまった……調査がまるで進んでいない……)
「すみませんメイクまでしてもらって……」
「いえいえ~! そんなこと気にしないでください! こっちも楽しかったんで!!」
「どうやらそっちも終わったみたい──えッッッ!?」
朱玲音はたまげた、何故ならそこには完璧な美少女がいたからだった。不知がいると思って来たそこには、不知らしき者はいなかった。
しかし、その美少女こそが不知だった。憂いのある眼差しとキメの細かい肌、ミステリアスでダークな雰囲気、ゴシックアンドロリータの服、店員さんの気合の入ったメイクと合わさって完全体となった不知だった。
「どうです~? 凄いでしょう? いや~お客様はかなり筋肉質でしたので、筋肉のラインを隠せる感じで揃えてみました!」
「なるほど、それでフリフリが沢山あるのね……」
「店員さん、先輩の方はどうでしょうか? 俺にはよく分からないので」
「──こ、これは!? ミリタリーロリータ!? め、滅茶苦茶似合っている……髪をまとめると共に、髪留めを敢えて少女チックなものにすることで、軍隊的なカッコよさとのギャップ効果を狙う強かさ……やりますね!」
朱玲音が選んだ服はミリタリーロリータ、軍服チックなロリータファションであり、クールな見た目の朱玲音とよく似合っていた。
「あ、そうだ店員さん、この人って知ってます? この人もここで服を買ったんじゃないかって思うのだけど?」
朱玲音が例の警察官と如何わしいことをしまくっていたロリータファッションの女性の写真、その健全版を店員に見せる。
「あ……その、確かにお客様としてうちに……けど、何も知りません」
「何も知らないってことはなさそうな雰囲気だけど? やっぱりヤバイ人なの? この人」
「まぁうちの店には実害ないですけど……多分関わらない方がいいですよ? 本当はお客様の情報とか話しちゃダメなんですけど……その人かなりヤバイって聞くので……」
「ヤバイってどういうことかしら? 物凄いメンヘラとか?」
「えっとその……ここだけの話なんですけど……もの凄いビッチで、裏系の組織とも繋がりがあるって、そんな噂があるんですよ。だから裏の人間の愛人かなんかじゃないかって」
朱玲音は店員の話を聞いて、不知の方を確認する。そんな朱玲音に対し、不知は頷いて返す、嘘は言ってなさそうだと。
「ああーそうだったのね。この子が友達からこの写真を貰ったらしいのだけど、それでこういう系統のファッションに興味を持ったみたいなのよ。けどそんなヤバイ人だったなんてね……店員さん教えてくれてありがとう。このままだと後輩くんがビッチに喰われるところだったわ」
「いえいえ~! 気にしないでください! 今日はお客様のおかげで楽しめたので!!」
「ああ、そうそう。またここに来る時、この人が来る時間帯を避けておきたいのだけど、大体いつ頃出入りしてるとか分かります?」
「お客様は学生さんですよね? だったら大丈夫ですよ。大体あの人は平日の昼間に来るので、会うことはないと思います。逆に平日の昼間は結構な頻度で来るので、絶対に来ないでください」
「ありがとう。後輩くん、平日の昼間はここに来ちゃダメよ? 絶対ダメよ?」
「はい!」
元気よく返事をする不知。二人は服の購入を終えるとファッションバトルの決戦場である異七木へと移動した。
「どうやら先に戦闘準備を終えていたのはあなただったようね……って、石透さん!? 横にいる人は誰!?」
「どうも雪夏の母です」
「は恥ずかしぃ~~~……お母さんが楽しそうだから自分も参戦するとか言い出して……お母さんもロリータ服を……あれ? でも論道先輩、不知くんは? 一緒じゃないんですか?」
雪夏はお嬢様風のクラシカルロリータ、そして母親の冬姫は少女成分を煮詰めたようなガチキツの甘ロリで決めていた。雪夏も冬姫も胸元はきつそうだったが、冬姫に関しては胸以外の所も基本的にパツパツのギリギリで、見る者に”無理”を感じさせた。
冬姫は美人だが、それでもやはりキツイものはキツイ。物理的にも……
逆に雪夏はクラシカルロリータが似合いすぎてあまりに自然体、まるで違和感がない。そのため逆に目新しさを感じさせなくなってしまうという現象が起きていた。
「不知ならここにいるぞ、俺だ」
「ぎょえええええええええ!!? か、かわいいいい~~~ッ!????」
その美少女が不知であることを理解してしまった雪夏は混乱し、狂ってしまった。
「ふふふ、そうよね! 分かるわよ。店員さんが気合いれてメイクしたのもあるんでしょうけど、ずるいわよねぇ……まぁ優勝は黒凰くんてことでいいんじゃないかしら?」
「負けました……纏うオーラのレベルが! 違いすぎる……ッ。存在するだけで、世界観を感じさせる、まるで空間を掌握しているかのよう……これは最早、現実の侵食である」
「ははは、どうしたんだよ雪夏。口調が……はははは! 昔の文豪か何かか?」
「よーし! じゃあみんな! 記念写真とりましょ!! こんな事滅多にないんだから、記念に残さないと!」
「そうですね! じゃあみんな集まって撮りましょう! すみませーん、写真撮ってもらっていいですか~?」
冬姫の提案に乗っかり、不知は通りがかった通行人に写真撮影を頼んだ。親切な通行人さんは不知、雪夏、朱玲音のスマホでそれぞれ撮影してくれた。
その間、不知はずっと笑顔だった。悲惨な未来がどうとか、その運命を変えるだとか、そんなことは完全に忘れて、心の底から楽しんでいた。
やり直しの再世が始まって、過去の世界に戻ってからずっと、心の底から楽しむということができなくなっていた不知。
そんな不知でも、今日という日は楽しむことができた。本人の自覚がないまま、無意識下で精神的に摩耗していた不知の心は、確かに癒やされていた。
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