第13話:疑心暗鬼
「なんなんだあいつはッ!! 馬鹿げている……あのような者が存在していいわけがない」
薄暗い防音室に怒声が響く。小太りの男は息を荒らげ、今にも血管が切れてしまいそうなほど機嫌が悪かった。
「何者かはまるで分からないね。ただ君の言う通り馬鹿げた強さだ……デビルシックスも相当な実力者だったのにも関わらず、まるで相手になっていなかった。彼の角に仕込んでおいたカメラも、あれでは特に意味はない……強すぎるというのが分かっただけ……単純な力で彼を倒すのは厳しいだろう」
そして痩せ型の男がもう一人、こちらは落ち着いた様子だった。
「おい! あんた! 無責任だぞ! あんたの言う通りやったらワシは安泰じゃなかったのか! なぁ、どうなんだ! クラック──」
──ジャキ。
ハサミが小太りの男の首に当たると、小太りの男は静かになった。
「防音室だろうと、僕の名を呼ぶのは許可していないよ? 魔法のある世界だ、何があるか分からない」
タイル張りの不気味な顔が小太りの男を威圧する。痩せたもう一人の男、それはクラックタイルだった。
「けど謎だね。どうして彼はミートバンドを拉致したんだろう……僕らの邪魔をするつもりなのか? 情報がどこからか漏れた……? それとも偶々通りがかっただけか? けど、偶々にしては拉致するのも意味不明だ……彼は何かを探っている。そんな気がするね」
世間では筋ダルマと呼ばれている男を、クラックタイルはミートバンドと言った。筋ダルマの拉致に関して邪魔をするという言い方からも、クラックタイルと筋ダルマはなんらかの関係があることが分かる。
「そんなの当たり前だろうが! だってヤツは外道共を必ず追い詰めて殺すと言っていたんだから! どうするんだよ! あんなのが襲ってきたらひとたまりもないぞ!」
「いや、彼の発言をそのまま鵜呑みにすべきじゃないよ。こちらを誘導するためのブラフかもしれない。だってわざわざテレビカメラに向かって発言したんだよ? 彼がただの目立ちたがりということもないだろうし」
「っは、どうかね。案外ダークヒーロー気取りの馬鹿な若造かもしれん。なんというか、ワシからはもう消え失せた、若さというものをあいつからは感じる」
「ふむ、若いね……確かに、激情というか、勢いのようなものは感じた。馬鹿かどうかはともかく、若者ではありそうだね。けど君が調べた限りでは、彼はあらゆる機械による追跡を逃れられるんだろう? そうなると必要なのは目撃証言だ。しかし運が良かったね……彼はミートバンドの拉致を行った犯罪者だから、堂々と彼の捜査を命令できる」
クラックタイルは、警察に命令できる存在と繋がっていた。
「どうかな……世論は無差別殺人を行ったデビルシックスを始末したヤツを英雄視している。必要悪、必要な殺人を行うダークヒーロー……そんな風にな。市民は協力的でないかも、反発もあるかもしれん……」
「ははは、そうだね。君たち警察は腐敗して、市民からも無能の烙印を押されているものな。警察署長にも頑張って頂きたいものだね」
「頑張れだと!? そもそもこの状況はワシの手には余る。この異七木は、異世界に来て、まるで……一つの国のようになりつつある。単なる警察署長に過ぎなかったワシには重すぎる……どのみちワシの汚職がバレたら殺される、だったら死ぬ前にやりたい放題やってやる。そういう気持ちで、お前の言うことを聞いてきたのに……」
異七木の警察署長、それがクラックタイルの警察とのパイプだった。
「そうだね、荷が重いだろうね。だから今の世の在り方を壊し、再構築しなきゃいけない。そのついでに、世界を僕好みにしたり、君好みにしたいだけなのにね。けど安心してくれよ警察署長、君の汚職がバレて計画の続行ができなくなっても、僕の力で逃してあげるから。だけど、そのためには、もう少し頑張りが必要なんだ──分かるよね?」
「ああ、分かっとる。あと少しだけなら、まだワシはやれる」
◆◆◆
『大変だね不知、好感を持つ相手でさえ、疑いの目を向けなきゃならない』
(仕方がない、クラックタイルの正体が分からない以上、男は全員クラックタイルである可能性を持つ。仮にクラックタイルでないにしても、その関係者だったり、無関係だがヴィランである可能性もある)
デビルシックスを倒し、その結果寝不足になってしまった不知は、授業中を睡眠時間に当て、学校が終われば今度はバイト先の店主のストーキングを始めた。
『おいおい、八童子燕児は善人じゃないと発動できない魔法の機械で炎を使えるのだろう……? 善人ならばクラックタイルであるわけがないだろう?』
(いやクロムラサキ、それは早計だ。燕児はあのバーナーを動かせると言ったが、俺は実際に燕児が動かす所を見たわけじゃないし、そもそも善人しか動かせないというのだって嘘の可能性もある。そしてなにより、あのバーナーを発動させた俺は、昨日殺人を行った。あのバーナーが発動したからといって、安全な人間であることを保証したりはしない)
『可能性、可能性って……はぁ……お前はそればっかりだね。疑心暗鬼も過ぎると、その内後悔することになるかもしれないよ?』
(ん? なんだ……? 燕児の動きが不自然だ……キョロキョロと周りを気にして、なんだ? あの場所に何があるんだ……?)
八童子なんでもサービスの店主、八童子燕児が外出してから、不知とクロムラサキはそれをずっと尾行していた。最初不自然な点は見当たらなかったのだが、燕児はついに不審な動きをした。
人通りの少ない蔦の生えた寂れたカフェ、その店の奥にある扉に、キョロキョロと人がいないことを確認してから入っていった。
(扉か……入り口はどうやらあそこしかないみたいだ……クロムラサキ、中を見てきてくれないか? 俺が行くとバレる可能性がある)
『仕方がないね。私が見てきてあげよう』
そう言うとクロムラサキは不知から離れ、扉をすり抜け入っていった。
◆◆◆
『……』
(戻ったかクロムラサキ、どうだった? あそこには何がある?)
クロムラサキは扉の奥を確認し、戻ってきたはずだが、中々詳細を喋ろうとはしなかった。しばらくの沈黙の後、クロムラサキが言葉を発した。
『不知、燕児は安全な人間だ。おそらくクラックタイルではない……扉の奥を見れば分かる。分かるが……お前は見なくていいぞ』
(はぁ? そんな説明で納得できるわけがないだろ! 仕方ない、バレるリスクはあっても、俺が直接確認するしかないか)
不知はクロムラサキの警告を聞かず、カフェの奥の扉に手をかけ、中へ入った。
(な、なんだここは……え!?)
「おいおい、坊主、興味あるのは分かるけど未成年は駄目だ。場自体が潰されちまう」
いつの間にか不知の背後には、毛むくじゃらのガチムチな中年がいた。
「うおわっ! 失礼しましたぁー!」
不知はダッシュでその場を逃げ去った。
不知が扉の先で見たのは、男だけの秘密の場所、所謂”発展場”だった。
「はぁ、はぁ、はぁ……び、びっくりしたぁ……」
ダッシュで自宅まで一気に走った不知は息を切らし汗だくになっていた。
『だから見ない方がいいといっただろう? せっかく私が警告してやったのに、お前には刺激が強すぎる』
「すまない……もっとお前を信じるべきだった。けどそうか、確かに八童子燕児はクラックタイルではなさそうだ……まさか同性愛者だったとは……調査で娘がいるのは知ってたから、その線はまるで考えていなかった」
『クラックタイルは美しい少女に執着していたし、男のお前を人形にするのは美学に反するといっていた。まず間違いなく、クラックタイルの恋愛、性的な対象は女だろうさ。しかし一つの分かりやすい基準が明らかとなって、これは大きな収穫じゃないかな? 少なくとも男の同性愛者は、クラックタイルではないということになる』
「確かにな……それで言うとクラックタイルは痩せていたし、太っている者もクラックタイルではなさそうだ。まぁ、魔法で姿を変えている可能性もあるから、こっちは断定できないが」
『うむ、これでお前も安心して、燕児を頼ることができるわけだ。説得できるかどうかは、お前次第だけどね』
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