第21話:対立


「お前はこいつと違ってスペースが節約できて助かるよ」


 ナイトメア・メルターはそう言って部屋の中央に吊り下げられた筋ダルマを手で揺らした。


「お、おおお……お前はイカれてるっ……!」


 大きなゴミ箱から首だけを出したダントウこと肋木堂馬が怯えた声でナイトメア・メルターを見ていた。


 ゴミ箱には消臭ジェルが流し込まれており、堂馬は身動きを封じられていた。まぁそもそも手足がないので殆ど動けない状態なのだが……


「そう言えば結局お前の能力が分からないまま倒してしまったな。どういった魔法を使えたんだ? 嘘はダメだぞ? 今の状態なら嘘を言えば分かる」


「う……ぼ、僕の魔法は……音の魔法だ……音の発する振動を抑えたり、音を感知したり……」


「なるほど、それで人の生体音を感知し、相手が動く前に行動するわけか……あとは、空気抵抗を抑えたりとかか? 対人戦では強そうだが、能力を上手く使えていないようだな。地震女の劣化版でしかない。元々のフィジカルの強さに頼りすぎた結果、能力の鍛錬を怠ったな。魔法の研究をしていたならもっと、やりようはあっただろう」


「う、うるさい……僕は研究にはそれほど興味はなかったんだ……家がうるさいからそっちをやらされていた……僕は本当に欲しかったのは、武の極地だ」


「そうか、それは災難だったな。では本題に移ろう、お前を刺客として送り込んだ者達は誰だ」


「……言えない……言えば殺される……」


「言わないなら俺が殺してもいいんだぞ?」


「お、お前は……じょ、情報が欲しいんだから……僕を、殺せない……はず」


 堂馬はやはり怯えているが、四肢をもいだ男よりも、堂馬を送り込んだ存在の方が恐ろしいようだった。


「確かにそうだ。お前は賢い、俺はお前を殺すつもりがない。情報が欲しいからな……だからこそ殺さずに苦しみを与えるというのが必要になってくる」


「あ……え? ──」


 ──カチャカチャカチャ。


 ナイトメア・メルターは明らかに既製品ではない、デコボコとした開口器を堂馬の口に取り付けた。


「あ、あにを、ぐるんだ……や、やめ……」


「舌を噛んで死んで貰っては困るからな、お前の歯を全て抜く。勿論拷問を兼ねるから麻酔はしない」


「あ、あああああ!! あめで、ああああああああ!!!」


 ──カタカタカタ!


 堂馬の入ったゴミ箱が揺れる。堂馬は全力で暴れているが、ジェルに阻まれるせいでほんの少ししか揺れない。


「俺の能力は止血と殺菌が得意だ。安心しろ、絶対に死なない」


 そう言われても、堂馬が安心できるはずもなかった。ナイトメア・メルターはプラズマを発生させ、堂馬の歯茎を溶かし切り始めた。



◆◆◆



 時は少し戻り、ナイトメア・メルターがダイトウと対峙した時のこと。それを聖浄学園の屋上から見守る者がいた。


「やっぱり来た。間違いない、姿は違うけど、パーカー男だわ」


 論道朱玲音ろんどう すれいん、パーカー男改め、ナイトメア・メルターに憧れる少女だった。


「彼が行くなら、私が行く必要はない。今の私じゃ足手まといになるだけ……」


 朱玲音はナイトメア・メルターの戦い、否、一方的な蹂躙を見守りながら、それ以外のモノも見ていた。


「明らかに警察はあのヴィランから狙われていない。繋がっているということ……? それに……デモ隊の人達を閉じ込めて……まさか、意図的にデモ隊の人達がヴィランに殺されるようにしているの?」


 朱玲音は警察が市民を意図的に殺そうとしているという、恐ろしい予測に眉をひそめ、警察を睨んだ。


「いくら邪魔だったとしても……ヴィランと組んで市民を殺すだなんて……パーカー男がどうしてあれだけ過激になるのかは分からないけど……それが必要となるぐらい、今の異七木が荒れているのは疑いようがないわね……」


 ナイトメア・メルターがヴィランの四肢を切断し、ヴィランをモノのように持ち去る。


「拷問して情報を得るつもり? だとしてもやりすぎね……あれじゃ強い敵対心が彼に向く……多くの犯罪者は恐怖から大人しくなるでしょうけど、例外の奴らはもっと徹底的に、危険性を増すことになってしまう」


 ナイトメア・メルターに憧れる朱玲音だったが、だとしてもナイトメア・メルターのやり過ぎな部分を全肯定することはできなかった。


「自分がどうなってでも、成すべきことがあるっていうの? 彼は破滅的だわ……だけど、今異七木が荒れている原因を探るための糸口は見えたわ」


 そう言って朱玲音は警察を、警察署長を見据えた。



◆◆◆



「……まさかあそこまで化け物とはなぁ……あれだけの大量の人質がいれば、勝負になるかと思ったが……なんだアレは……」


「まぁまぁ署長、目障りな活動家達の数を減らせたし、パーカー男危険論もあの一件で支持されるようになったんですから。パーカー男を始末できないにしても、一定の成果はあげられたんです、これでよしとしましょう」


 腐った異七木警察はその署内で、市民を殺したことを当然のように口にした。薄ら笑いすら浮かべている者もいる。


「……いや……そう楽観視はできん……今回ワシらが意図的に市民を殺したこと、奴らに勘付かれておる」


「奴ら……異七木特殊事態下警備隊、公安のアレですか……? 我々とは別の命令系統でしたし……普段から何をやっているのか分からない、胡散臭い奴ら。でも奴らが感づいたとして何ができるっていうんですか?」


「っは……お前は知らんだろうな。警察署長クラスでも奴らの情報は入ってこんからな、噂では戦前から存在する組織を前身としてるとかなんとか……ワシが危険視する理由はな、情報規制セキュリティレベルが……あれは何故か国家最重要機密クラスになっておる」


「待ってください、国家最重要機密クラス……? なんだって地方都市の一つに過ぎない異七木でしか活動しないアレが、そんな扱いに……」


「ワシだってよくわからんわ! ただ……今までは眉唾だと信じていなかった話に……異七木特殊事態下警備隊、異特隊はオカルト、超能力だとか心霊や魔術だとか、そういったことに対応するための組織だと聞いたことがある……信じ難い話じゃが……ワシらは異世界にやってきて、魔法だのなんだのと、わけのわからんものを実際に目にして、体験してしまっている。あの噂は本当のことなのかもしれん……仮に噂が真実でないにしても、奴らは過酷な訓練に耐えた精鋭の特殊部隊……数は少なくとも、侮ってはいかん」


「……はは、そんなまさか……考え過ぎですよ」


 署長の部下は口で否定しつつも、胸のざわつきを抑えることができなかった。


 ──ダン、ダン、ダン、ダン! バダンッ!!


「ヒッ……!」


 重苦しい雰囲気が漂う会議室の扉が大きな音を立てて開かれた。開かれたというよりも、最早それはぶち破られたという方が正確な表現で、木製の扉はひび割れてしまっている。


「ああ、これは異七木警察署の署長殿。異七木特殊事態下警備隊、大隊長の咢巻終士おどろま しゅうしです。今日は提案があってここに参りました」


 会議室に入ってきた荒々しい客人は、筋骨隆々の三十代前半の男性だった。男の目は大きく限界まで開かれていて、ギラついていて、人を射殺すかのような眼光をしていた。


「なっ……会議室の扉を壊しておいて提案だと……? 強要の間違いじゃないのか?」


「ははは、申し訳ない。こちらの世界の魔法というモノに目覚めてから、力加減というのが効かず、申し訳ない。少し苛立っただけでこうなってしまうのです。わざとではありませんよ。それはそうと本題に移ります。鈴村署長、異七木署の権限を全て、異特隊に委譲して頂きたい」


「は……? 全ての権限を、委譲だと……? いきなり何を馬鹿な……」


 異特隊大隊長、咢巻終士のあり得ない要求に、鈴村署長は彼の正気を疑った。


「だってあなた方は今の異七木において、市民の生活、活動を守るという責務を全うできていない、持て余しているではありませんか。我々は命令系統が異なりますが、異世界にある今の状況では気にしても仕方のないことでしょう? 我々も困っているのですよ、警察というだけで腐った異七木警察と同一視され、異特隊もマフィアと繋がる不届きモノだと言われている。まるで違う組織なのですがね……どうです? こちらに権限を委譲しませんか? 今すぐ悪しき行いをやめ、我々に全権を渡すのなら、あなた方が過去に行ったことにも目を瞑りますよ?」


「早口な男だ……馬鹿なことを言うな。そもそも命令系統が違い、別組織だというのなら。貴様らが勝手に動いて、自分の力で己の正しさを証明すれば良い話ではないか。それにワシらが悪行を行っているだと? ならばその証拠はあるのか!? あるなら、この場に持ってきておるはずだ! 証拠もないのに、決めつけるのはやめてもらおうか!!」


「確かに、そうですね……鈴村署長の言い分にも一理ある。私は楽をしようとしていたのかもしれない、己が力を持って、状況を打開すべきだったのだ。わかりました──ではこれからは、我々異特隊は新たな警察組織を立ち上げ、あなた方異七木警察署の領分を奪って行くこととしましょう。腐敗を正すには、やはり壊すのが手っ取り早く、確実なものなのですから」


「た、叩き潰す……だと? 若造が……お前は、何を言っておるのか分かって……──」


「──正義を行うと言っている!! 我々は市民の生活と命を守り、邪悪を排除する。実にシンプルな事だ、あなた方が在り方を改めないのであれば、我々異特隊は、あなた方を邪悪として排除することになる──そう言っている。権限がないからと、もう手をこまねいていることはできない、それは最早悪だ! できるのにやらず、救える者を見過ごすことは、悪なのだ! さて──言うべきことは言ったし、私は帰るとしよう。失礼した」


 オドロマは言いたいことを一方的に言い放ち、異七木警察署を去っていった。会議室に残る者達は、あまりのスピード感に、一瞬オドロマが帰ったことを理解できなかった。


「失礼しただと……? そう言って本当に失礼をしていく馬鹿がおるか!!」


 異七木警察署と異七木特殊状況下警備隊、通称異特隊という新たな組織対立、戦いが始まろうとしていた。


 正義のために異七木警察の浄化を行おうという異特隊、しかし彼らの対立によって戦いが起これば、巻き込まれるのは罪なき市民。


 しかしそれでも、時代の流れは止められない。ナイトメア・メルターを潰そうと、強引な手段を使った異七木警察署は、市民を殺すという暴挙にでた。


 その結果、異特隊は異七木警察署との対立を決めた──それは、過去の世界において、起こらなかった事象だった。


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