第20話:悪夢を溶かす者
「ヴィランが出たぞーー!! 封鎖だ封鎖! この先には聖浄学園がある! 子供たちを巻き込むわけにはいかーん!」
警察署長は古銭の男が現れてすぐに叫んで部下達に指示を出した。聖浄学園の子供たちを思いやるかのような言葉だが、その表情は言葉正反対の顔、悪巧みのニヤケ面。
しかし、子供たちを守るためと大義名分を得た警察達は、動き始める。元々はデモ隊に囲まれる立場の警察だったが、ヴィランの出現によってパニックを起こしたデモ隊はその包囲に穴を開けた。
警察はその穴を突破口として包囲を抜け出し、別働隊と連携することで逆にデモ隊をヴィランごと囲んだ。ヴィランのいる危険地帯に閉じ込めた。
「臆病卑怯も、時には役に立つか。来い来いパーカー男! 数を数えて一つ進むごと、ゴミ共は死ぬぞ? 見捨てるのか? 悪に屈する腑抜けかお前は!」
──バシン、バシン。
首が、腿が、足が、腕が宙を舞う。切られて肉が飛ぶたびに、赤い血で弧が描かれる。一人を複数に一瞬で切り分ける。それが秒の間に終わる。
「く、くそおおおおおおおお!! やめろおおおおおおおお!!」
嵐登は古銭の男に殴り掛かる。
「邪魔をするな、力のない者が!」
古銭の男は嵐登を蹴り上げ、ビル壁に吹き飛ばした。邪魔をしなければ殺さないでおいてやると、古銭の男は嵐登に言っていたが、邪魔をした嵐登を古銭の男は殺さなかった。
「馬鹿者が……真っ直ぐ過ぎる……それでは切れんだろうが……悔しいか小僧、力を目覚めさせてもいないお前が、拙者に敵うはずもなかろう」
「あ、ああ、ああああああああああああ!! くそおおおお!!」
嵐登は魔法を使おうとしていた。全身全霊で気力を、魔力を集めて、それで何か起こってくれと、すがるように。けれど嵐登の思いが通じることはない、不知と違って普通の人間の未覚醒者は、能力者を殺すだけの力を持たない。そよ風程度の魔力の波が、古銭の男に触れただけ。
ただの拳も、魔法も使えない。だから嵐登は武器を取ることにした。嵐登がビル壁に激突した衝撃で割れた窓ガラスの大きな破片、嵐登はそれを握りしめ、ナイフ代わりとして使おうと考えた。
相手は大刀を持った、みるからに武芸の道を歩んできた者。あまりに愚か、無謀な選択と言わざるを得なかった。
「うおおおおおおおおお!!」
「馬鹿ガキがァ!! 武器を取れば、殺すしかなくなるであろうがッ!!」
──ヒュン、滑らかな風切り音が響くよりも早く、男の太刀は嵐登の胸へと振り下ろされる。
──ッギィイイイイイイ、ガアァン!!
まるで金属同士がぶつかったかのような音が響く。とても人体が出して良い音ではなかった。けれど──太刀を弾いたその音を出したのは、男の腕だった。
「無茶をするな、やるなら勝ちの目を考えてからやることだ」
「だ、誰だよ……お、お前……いや、この感じ、前にどっかで……も、もしかして──」
嵐登は自分を救ってくれた男に見覚えがあるような気がした。いや確かにその一部を、過去に見ていたのだ。
「──パーカー男かぁ!! しかしなんだその格好は? パーカーを着ているからパーカー男じゃないのか?」
古銭の男が言うように、その男はパーカーを着ていなかった。しかし、かつてパーカー男が嵐登の前に現れた時にしていた、クロムラサキ色の仮面をしていた。
仮面とクロムラサキのスーツ、そして髪のような、あるいはマントのような触手のような黒い帯を背部から生やしていた。
「パーカーは仮の姿、間に合わせの妥協品だ。と言っても、まさか俺がこんなあからさまな格好をすることになるとはな……」
「か、かっけぇ……ま、マジモノのダークヒーローだぜ、こいつは!!」
嵐登がパーカー男の新たな姿に目を輝かせる。嵐登の言うように、それはダークヒーロー系統の造形と言えるヒーロースーツだった。正直ヴィランと言われれば、そう納得してもおかしくない、ダークさ、不気味さがあった。
「俺はナイトメア・メルター、悪夢を溶かす者、貴様らの背後にいる外道を滅殺するために生きている者だ」
「ナイトメア・メルター……? 拙者はダントウ、武の求道者にござる。しかしナイトメア・メルターか……拙者のおすすめはアーク・ナイト、もしくはプラズマンでござるが……」
「なぜ俺がお前に、名前をおすすめされなければいけないんだ」
「ヒーロー名というのは、その者の行いによって自然形成されるモノ、自ら名乗るのは少し違うと思うのでござる。その中にはヴィランが名付けたものもある、だから拙者がおすすめするのは、拙者がそう感じたからだ」
「それもそうか……」
「いや、納得すなあああああああああああ!!」
嵐登が大声でナイトメア・メルターにツッコミを入れる。
「ふむ……どうやら思ったよりもお前は会話が成立するようだな、ダントウ。戦うのは構わないが、市民を巻き込まないために移動することはできるか?」
「……」
ナイトメア・メルターの提案に沈黙するダントウ、そこには悩みが見えた。
「悪いが市民を巻き込むのが条件だったのでな、義理を通すためにも、それはできない相談でござるな」
──ガガァン!
会話が続くのかと思われたその隙間に差し込むかのような素早い斬撃が、ナイトメア・メルターに振るわれるが、それはナイトメア・メルターの背中に生えた帯によって弾かれた。
「ほう、自由自在というわけか! それに油断もない!」
ダントウはそのまま大刀によって斬撃を繰り出し続ける。その速度は凄まじく、明らかにナイトメア・メルターの動くスピードを凌駕していた。
ナイトメア・メルターが身体を動かすことによって、この攻撃を避けることは不可能であった。
だからこそ、ナイトメア・メルターは魔力を通して硬化させた触手を操作することで、大刀を弾き続けた。この触手はナイトメア・メルターの魔力によって動き、魔力はタイムラグなしで力を触手に伝える。
思考や反射と同時、あるいはそれよりも早く、触手は動く。主であるナイトメア・メルターの望む通りに。
「む……異常な反応速度……ありえぬ……未来が見えているとでも言うのか?」
「魔力は未来にも送れる。魔力だけは時の制限は受けないらしい、だからコレは俺が反応した後、反応が遅れた分の時を超えて、因果を修正する」
「馬鹿なッ!! そんな馬鹿げた話……拙者を馬鹿にしているのか!?」
「これは理論上、魔力を持つものなら誰でも可能だ。ともかく、コレは時を越えて俺を守る」
「……まさか、魔力だけは時を超えるというのは……ならばその触手は、魔力が実体化した物質だというのかッ!? 魔力が完全なる物質化を起こすだけの魔力など、そんな膨大な魔力を人が持てるはずがない!!」
「詳しいんだなお前。その知識は明らかに魔法研究の最先端の知識だ、俺は盗み見たから知っているが、お前のそれは……どうも違うように見えるな」
「──ッ!?」
「武道を嗜む研究者……そう言えばそんなヤツが異七木にはいたな。妙に拘るし、オタク的な所もあるように感じた。なるほど、お前は
「な、何を言っている……そんなわけないだろ!! 僕はオタクじゃない!!」
「僕? どうした拙者は? しかしやってしまったな堂馬博士、もう表舞台にはいられないぞ? いや、そもそもここで俺が殺すのなら、表も裏も、どちらも終わりか」
「魔法で、師匠さえも超えたんだ! 僕は武の真理に到達するんあああああああ!!」
オタクの侍ロールプレイ的なキャラ付けであることをナイトメア・メルターに暴露されてしまったダントウは発狂して魔力を全開放する。
大刀を振るい斬撃による魔力の衝撃波をデモ隊の市民へと飛ばした。それは明らかにナイトメア・メルターに市民を守らせることが目的であり、ナイトメア・メルターのリソースを奪う目的だった。
──ガガガガガ!!
「──残念ながらそこはすでに俺の射程内だ。俺の先を行きたいのなら、時を超え、さらにその先をも超えてみせろ」
しかしダントウの斬撃波が市民達に届くことはない。その全てをナイトメア・メルターの触手が受け止め、衝撃を吸収、弾くからだ。無論、時を超えることで。
「そんな馬鹿な話があるかあああああああああああああ!!!」
ダントウはデモ隊の市民達を狙うと同時に、近くにいる嵐登を狙った。超速の突きが嵐登を貫かんとしていた。
──バシュ、ガギィンン!!
ダントウの大刀が折れ、宙を舞う。
「そ、そんな……ナイトメア・メルター! オレを庇って……そんな」
「は、ははは、やった、やったぞ!! なんだちゃんと攻撃が通るんじゃないか! 無敵かと思ったぞ」
「っぐ……痛ってぇ……マズイな、出血してしまったか……どうにかしないと」
ダントウの大刀は折れた、しかしその先端はナイトメア・メルターの脇腹に突き刺さっていた。血が滲み、ポタポタと地面に垂れている。
「どうやら太い血管が切れたみたいだねぇ。医療には詳しくないが、出血死するんだろ……? これってさぁ!」
──ジュウウウ。
青白い光がナイトメア・メルターの傷口、脇腹で輝いた。
「止血よし、行動続行可能だ。新品のスーツだったから嫌な気分になるな……仕方ない」
ナイトメア・メルターはプラズマで傷口を焼くことで塞ぎ、スーツに空いた穴も周囲の素材を溶かし伸ばすことで塞いだ。
そして、今度は自身の血液で汚れたコンクリの地面をプラズマで焼いて血痕を消滅させた。
「遺伝子検査でもされたら困るからな……さて、宣言通り──外道を滅殺するとしようか」
「へ……なんで……? え? 怪我は……? 嘘だろ……?」
「そもそも傷は浅いからな。傷口さえ塞げばなんの問題もない、お前は人を斬り殺した経験はあっても、自分が切られたり、刺されたりの経験はないようだな。ふむ……滅殺すると言ったが、お前のおかげで良いことを思いついた。滅殺はやめておこう」
「え……? ほっ……よかった僕は死ななくて済むんだ……」
「人間の生存に必要な最低限のパーツのみを残して、傷口を再生できないようにやいておこう。プラズマの力で焼いて出血を止めれば可能なはずだ」
「え? う、嘘だよな……なんでだよ! なんでだよ! なんでそんなことができるんだよ! お前ヒーローじゃないのかよ!!」
「俺はヒーローじゃないからな。巷ではダークヒーローと呼ばれることもあるらしい、それで十分納得できるんじゃないのか? ダークヒーローに敵対するということは、そういったリスクを受け入れるということではないのか?」
「あ、あああ……いかれ、イカれてる!! や、やめろ、うわあああああ!!!」
ダントウが折れた大刀を振り回す。刀も折れ、心も折れた男の剣筋は恐ろしく鈍いものだった。ナイトメア・メルターは触手を使うまでもなく、魔力によって硬化させた腕で、ダントウの剣を弾いて、指と触手の先端をダントウの体に突き刺した。
青白い光がダントウの皮膚下から透けて輝く。そうして一呼吸の間があって──
──バチバチバチバチ!!
雷のような光の文様がダントウの全身に浮き出る。それらが腕と足の境界に集まって、輪っかを作ると、爆発した。
ダントウの手足は爆発して、本体とは分かたれてしまった。けれど出血はない、その断面は黒焦げで、よく焼けていた。
そしてナイトメア・メルターはご丁寧に吹き飛んだダントウの手足をプラズマで焼き溶かし、墨に変えた後に足で砕いてすり潰した。
「いやああああああああああああ!! ああああ、僕、僕の手が、足があああああ!」
「人の命を奪っておいて手足だけで済んだんだ、幸運に思うことだな。肋木堂馬博士、お前は優秀な頭脳を持っており、異七木を暗躍する外道共の情報も知っている。であるならば、それを有効活用しない手はない、会話が可能であるなら尚更だ。お前を持っていく」
ナイトメア・メルターはダントウ/肋木堂馬博士の首を乱暴に掴むと、肩に背負って持ち去っていった。
このショッキングなダントウ捕獲劇は、ナイトメア・メルター危険論を大きく後押しすることになる。
そして、ナイトメア・メルターがダントウを罰したあの技は、断罪の
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