第38話:シャークゲーター



「ふん、土塊の腐敗に耐えたってこれがあたしの固有魔法ってわけじゃぁないの、おわかり? 魔力を使って、あたし達の魔術は使ったけどねぇ……ここからが本番よ、あたしの固有魔法があんた達を絶望させるのよォ!! ハアアアアアアアアンッ!!!」


 ナルヴァーンの魔力が渦を巻き、練り込まれた魔力がナルヴァーンの体を浸透していく。赤い光が魔力の神経とでも言える経路を構築し、ナルヴァーンの肉体を変質させていく。魔力が経路を通り、源泉たる魂が鼓動を響かせ、脈動する度に、ナルヴァーンの体は赤く光り、その全身を膨張、巨大化させた。


「馬……か、それにしては肉食のような牙だな」


 オドロマの瞳に馬の獣人のような化け物が映り込む。それこそがナルヴァーンの固有魔法が発動した変態【馬人蛮狗ばじんばんぐ】だった。


「ドゥフフフ、そりゃあねぇ? あたしは肉食で狼な一面を持ち合わせてるもの、当然よ。まぁ? あそこが馬並みなのは元からだけどねぇ!!」


 ──ヒヒーーン!!


 ナルヴァーンが馬のように嘶き、笑うと、自分の股間を指さしてアピールする。舐められたものだと、オドロマはため息をつく。


「馬が嘶きいなな、皇子は止まるか……異七木いななきの始まりの伝説を思い出す。これほど下品ではなかっただろうが、そうか……確か貴様はナルヴァーンと言ったな」


「そうだけど、それがなんだって言うの? 死ぬ前に殺すの相手の名前を憶えておきたかったの~ん?」


「貴様は異七木の七神に敗北し、この地を追われた異界の馬神一族、馬金ばごんの氏族ではないのか?」


「──へぇ……そんなカビの生えたような昔話を知ってるなんて、あんたも関係者の氏族ってわけね」


「そうか、貴様らは馬神の血を引く馬金一族だったか、古の因果に導かれ、異七木を己のモノとしようと、異国から舞い戻ってきたわけだ。ははは、因果よな、なにせ馬金を大勢殺し、異国へ追いやった咢巻の血族が、貴様等を再び迎え撃つのだからなァ!! 敗走した雑魚が、和邇ワニに喰われに来るとは実に滑稽!!」


「あんた──殺すわッ!!」


 格下であると見下され、ナルヴァーンは激昂する。馬の力を使うナルヴァーンの足は当然ながら速い、そして馬であるなら、蹴る力も強い。ナルヴァーンは走って加速した勢いのまま、馬脚が蹴り出され、伸びる。


 ──ガゴオオオオオオン! ゴト──


 ナルヴァーンの強蹴はオドロマの頭部に直撃し、オドロマが身につけていた異特隊のヘルメットは一撃で粉砕され、弾き飛ばされた。オドロマの顔が顕になる。


 ──ミシ、ミシ、バキ。


「うっ、っぐッ!! あんた、何すんのよぉおおおおおおお!! アアアアア!!!」


 ナルヴァーンは激痛に大声を上げる。


 確かにナルヴァーンの一撃はオドロマへと届いた。しかし弾かれたのはオドロマが装備していたヘルメットだけ、本体である肉体は微動だにしていなかった。


 それはナルヴァーンの放った蹴りの威力からすればありえないことだった。本来であれば、吹き飛ばされるどころか、首が千切れ、頭が割れる威力だからだ。


 しかしそうはならない理由は、オドロマの姿を見れば一目瞭然だった。


「──シャアアアアアアアアアアク!!」


 オドロマは和邇わに、ワニとサメが混ざったような凶悪な顎を持つ獣神態に変貌していた。その凶悪な顎が、ナルヴァーンの足を咬み、完全に固定していた。


 オドロマの変身態の咬合力こうごうりょくは圧倒的で、ナルヴァーンの足は今にも引き千切られる寸前の状態、ナルヴァーンはこの状況を打破するため、体を捩り、もう片方の足を回転と共に蹴り出した。狙うはオドロマの頭部、しかし狙いはズレて、オドロマの脳天ではなく、ギラついた眼球に直撃する。


「っぐ!?」


 眼球を蹴られ潰された痛みと衝撃でオドロマは顎を開いた。ナルヴァーンの足は噛みちぎられるその前に解放されて、なんとか事なきを得る。


「認めるしかないようね……油断したわ。こっちの世界に来る前から魔術を使えるのが、あたし等だけとは限らないわよねぇ……かつてご先祖が怪しい力で戦った同士なら尚更」


「お前は魔術で陣を構築し、固有魔法で変身した。逆に俺は固有魔法で場を整え、魔術によって変身したわけだ。やっていることはそう変わらん……しかし、貴様らと我々とでは決定的に異なる差がある」


「はぁ?」


「我々には最も強き、尊き神の加護があるッ!! 私は神の裁きを遂行する代行者、貴様が裁かれるべき存在であるなら、私は神より必勝の力を得る!!」


 オドロマの根拠のない啖呵を、ナルヴァーンは気にもとめない。こいつはカルト的に、信心を拗らせ、自分に酔うだけの詐欺師、ナルヴァーンはオドロマをそう分析した。


 その一方でナルヴァーンの渾身の一撃を軽々と顎で受け止めたオドロマの咬合力に、ナルヴァーンは警戒せざるを得ない。


「ふん、別にあたしが馬鹿正直にあんたと戦う必要ある~? ないでしょ。ほらほら、弱者の味方は忙しいわよォ!! お前達、人質をやりな!!」


「おおおおおおお!!!」


 ナルヴァーンの部下のマフィア達が炎で、鉄の棘で、ナイフで腕力で、人質、そして異特隊の精鋭達を攻撃していく。


 マフィアの攻撃はその対象に決してダメージを与えない。全てのダメージはオドロマただ一人に集約される。


「ッグアアアアアアアアアアアア!!??」


 全身の皮が破裂し、筋繊維がむき出しとなるオドロマ、通常であれば疾っくに失血死、あるいは痛みでショック死に至る傷、だがオドロマは倒れない。ギラついた目と潰された目、その二つはナルヴァーンを睨みつけたまま。


「なんでよ、嘘でしょ……なんでなんで、なんで倒れないのよーー!! お前はゾンビかよォオオオオ!! いやあああああああああ!! 普通なら疾っくに死んでるでしょーがァ!!」


 まるで倒れる気配のないオドロマにナルヴァーンは頭を抱えて戦慄する。


「普通……? 誰が言った? 私が”普通の人間”であると……人の形をする者がタダビトであるとは限らず、さぁ今の私が貴様にどう見える?」


 狂気に満ちたオドロマの視線とナルヴァーンの視線が交差し、接続する。ナルヴァーンはオドロマの狂気の視線に囚われる。目を離したくても離せない、目を離せば、その瞬間に自分はとって喰われてしまうような気がするから。


 けれど、けれども、目を離さずにおいたとて、喰われる予感は消えない、それが遅いか速いかの違い、少しでも長く生きたいと願ったナルヴァーンは目を逸らさなかった。


 ──ダン、ダン、ダン、ダン。


 一歩、一歩、ゆっくりと足を引きずるようにオドロマが前身する。その場にいた誰もが、動くことができなかった。サメの顎から滴る血液は、熱い魔力で茹だって血の霧を生み出し、呼気と共に、捕食対象に絡みつく。


「あ、ああ……ば、ばけも──」


 ナルヴァーンの言葉は途切れる、もう息を送る肺はない、音を響かせる喉も、音色を変える舌もない、言葉を紡ぐ脳もない。


 ナルヴァーンの上半身は、オドロマの和邇の形をした魔力に喰われてしまった。


「っぐ……流石に無理をしたか……っ……」


 ナルヴァーンが死に、腐敗の赤い土塊の魔術は解かれた。大きく破壊はされているものの、聖浄学園の体育館は元の形に戻る。


 オドロマはナルヴァーンを裁いた、しかしその体力は限界で、和邇化の魔術も消えてしまう。人の形へと戻ったオドロマは和邇であった時と同じく、全身の皮が破れたままだった。あまりに痛々しい姿だが、オドロマの筋繊維からは湯気のような蒸気が出ており、少しずつではあるものの再生能力があることが分かる。


「だ、大隊長!!」


 オドロマの傷の手当をしようと異特隊の部下達がオドロマの元へ駆け寄ろうとする。


「ば、馬鹿者……殺したのは将だけだ……兵隊は生きたまま、お前達の仕事は、残っている……」


 オドロマは床に倒れ込んだまま、首をマフィアの人質となった生徒達へと向ける。


「……怒りを力に変えるにも限界があるな……お前達、後は、たのん、だ──」


 オドロマは完全に気絶し、後のことを部下たちへと託す。兵隊同士の戦い、異特隊による追撃戦が始まった。


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