第27話:対決変態蛾、決着
象蛾男の毒液に警官が巻き込まれたこともあり、他の警官達はその場から立ち去ろうと撤退を始める。倒れた警官を助けようという者は誰一人としていなかった。
「仲間を見捨てるのは当然ってわけ? と言うか、その焦り様を見るに組んでる相手の危険性を分かってなかったみたいね。バカじゃないの?」
「ん~~~JK! 君が正しいぃ! だけどねぇ? こいつらは愚かで弱いから、生き残るにはオレ達と組むしかなかったんだなぁ。選択肢なんて殆どないようなもんだ……そして選択肢がないのは、君も同じだよ」
象蛾男はホース口をしならせ、大量の毒液をばら撒くようにして放出する。広範囲を高速で満たす面攻撃をラディカル・ミックスは避けることができない。
毒液がラディカル・ミックスの流体装甲を汚染し、薄めて脆くする。そうなればラディカル・ミックスは流体装甲をまたもパージしなければならず、パージした部分をまた生成しなければならない。
──が、象蛾男も馬鹿ではない。そうした隙を二度も見逃すことはない、毒液放射は二段構え、象蛾男はラディカル・ミックスが流体装甲をパージすることを先読みし、毒液による追撃を行う。
「──っく!」
ラディカル・ミックスもまた、それが読まれることは理解していた。ラディカル・ミックスは背を地面に叩きつけるようにして強引に追撃を回避する。流体装甲による衝撃吸収があるからこそできる回避の選択だった。
「やるねぇ……でもぉ、オレの撒き散らしたものはさぁ、外れても消えるわけじゃない。君が避ければ避けるほどに、逃げることはできなくなっていく!!」
象蛾男の発言にハッとしたラディカル・ミックスは周囲の床を確認する。床は象蛾男の毒液に塗れて汚染されており、象蛾男は毒液の放出を続行する。ラディカル・ミックスはそれを回避するが、それは象蛾男によって回避方向を誘導されたものであり……気づけばラディカル・ミックスの周囲を囲むようにして毒液汚染の床による折が完成していた。
「……チッ……馬鹿じゃないの……? ──ッ!?」
最悪な状況に舌打ちをするラディカルだったが、突然ふらつき、首と胸を抑える。
「オレの毒液は蒸発しても毒のままだ。これだけの量をばら撒けば、ねぇ? 呼吸するだけでゲームオーバーだ。可哀想に、オレの他の仲間だったら、君は生き残れただろう。運がない、へへ、へへへへへ! 大丈夫、そんな君も、おじさんが気持ちよくしてから、殺してあげるからァ!!」
肺から気化した毒液を吸引してしまったラディカルは、ついに痙攣を始め、身体の自由を失う。膝を付き、倒れ込む。ラディカル・ミックスは象蛾男に敗北してしまった。
確かに象蛾男とラディカルの相性は悪かった、だがそれだけではない。そもそもこの象蛾男が強かった。敵は
毒で痙攣し、流体装甲の維持も難しくなったラディカルは最早粘液で濡れた女子高生でしかない。象蛾男は意気揚々と、安全安心に、倒れた朱玲音へと手を伸ばす。
「あ……ぐ、や、やめ──」
象蛾男は朱玲音の制服を剥ぎ取り、シャツのボタンを丁寧に外し、朱玲音の柔肌をなぞって、怯える朱玲音の反応を楽しんだ。神経毒によって自由を奪われた朱玲音は、どれだけ逃げたいと思っても、それは叶わない。
象蛾男はついに朱玲音の下着に手を掛けようとした、その時だった──
「──止まれ、そこまでだ」
バギィィン! 象蛾男の手が弾かれる。何者かが、象蛾男の前に立ち塞がった。
「……アーク……ナイト……? え……ちが……だ、れ……?」
朱玲音の危機を守るために現れたのは、アークナイト、ナイトメア・メルターではなかった。緑と青の装甲を纏うその男が、朱玲音へと手をかざすと、男の手から緑色の光が放出され、朱玲音の痙攣は急速に治まっていく。
「論道君、いままでよく耐えた。あとは俺がどうにかして見せる」
「まさか……海凪先生……なの?」
まるでヒーローのような見た目で、ヒーローのように登場した男は海凪竜蔵だった。しかし様子がおかしい。変身した海凪の言葉数はいつもより少なく、クールだった。
喋りを止めたら死ぬマグロのようなものだと不知に語った男とは思えない程に、海凪は静かで、ただ目の前の敵を見据えていた。
「邪魔するなよ! いいところだったんだぞ! こっちはァ!」
象蛾男が毒液を放出する。海凪はそれを避けることはない、朱玲音に毒液が当たらないように庇い、受け止める。
しかし象蛾男の毒液は海凪を侵すことはない、毒液は海凪に触れたその瞬間に浄化され、白い煙となって蒸発した。
海凪には浄化の力があった。朱玲音を神経毒の影響から救えたのはこの浄化の力があったからで、朱玲音が象蛾男に対し相性が最悪だったように、象蛾男からすれば、海凪こそが天敵と言える存在だった。
「……お前を浄化する、その魂ごと──!」
海凪が走り象蛾男に接近する。そこから繰り出される海凪の拳に対応するように象蛾男も拳で返そうとする。
拳と拳は衝突し、互いの体はその衝撃で吹き飛ぶ。海凪は警察署の天井を蹴って減速、象蛾男は自身の大きな羽を使って減速する。
力は全くの互角かと思われたが──象蛾男はよろめき吐血する。
「……ち、力が足りないのか? う、腕があれば……こんな雑魚にオレが負けるはずがないのにィ!!」
象蛾男は怒りに震えながら、朱玲音に切断された腕の断面を押さえた。
朱玲音が与えたダメージが、海凪と象蛾男男のパワーを互角のレベルにまで引き下げていた。片腕でなければ、象蛾男のパワーは確実に海凪を上回っていた。
だが、現実はそうではない。象蛾男は片腕を失っていて、海凪と同程度の力しか発揮できなかった。
そして互角となってしまったが故に、互いにダメージを受け、魔力による身体強化の特性が一瞬だけ切れてしまう。
一瞬切れた身体強化は、海凪の”力”が象蛾男の身体へと入り込むのに十分な隙となる。海凪の力、それは生体の生命力の強化と浄化。海凪は象蛾男の毒を浄化し、男の生命力を強化、暴走させる。
暴走した象蛾男の肉体はまるで、それ自体が意思を持つかのように動き、象蛾男の魂、精神性を否定する。穢れた己という存在を罰するために、象蛾男の肉体は自分自身を攻撃する。細胞の一つひとつが、魔力爆発を引き起こし、象蛾男の魂、精神体を攻撃していく。
全身の細胞の魔力爆発は象蛾男の体を青と緑に光らせて、その体積を目まぐるしく変化させた。象蛾男の体内は破壊と再生が急速に繰り返され、象蛾男の精神、肉体双方に疲労が蓄積していき、ついに象蛾男は倒れた。
「か、勝ったの……?」
「ああ勝った。論道君の頑張りが、俺達を勝たせてくれた。あぶない……ところ……だった……なぁ……」
──バタ。
「海凪先生!?」
海凪は戦闘で疲れたのか床に倒れ込んでしまう。海凪は完全に気を失い、それと同時に海凪が展開していた青と緑の装甲は消える。
装甲が消えて海凪はいつもの教師としての姿に戻る。
「これ……凄い出血じゃない! え? でも……この穴貫通して……傷が……ない?」
元の姿に戻った海凪のシャツは赤く血に染まっており、海凪が最初に象蛾男に引き飛ばされ、殴られた箇所は穴が空いていて、拳がおそらく海凪の腹を貫通していただろう事が伺えた。
しかし破れたシャツの先には傷は全くなく、綺麗なものだった。
「もしかして、アタシを治療したみたいに……自己治癒をさせたってこと? 最初の一撃で死にかけて、そこから傷を回復させて……戦い方は素人だったし、体も貧弱……魔力の量だってそんな高いようには見えなかった……かなり無理をしていたのね……倒れるのは当然か」
朱玲音は静かになった警察署を見渡す。もうこの場所からは人の気配は全く感じられなかった。
朱玲音は警察署に放置された魔力で強化された手錠を見つけると、それで象蛾男を拘束、そのまま警察署の探索を始める。
「……まさか、こんな展開になるとはな……」
警察署の入り口付近で息を潜め見守る存在がいた。
『まぁお前の出番が必要ないならそれに越したことはないだろう?』
「それはそうだが……きっとあの場所からはなんの情報も得られないはずだ」
不知/ナイトメア・メルターは雪夏を安全な場所、雪夏の家の周辺まで送り届けた後、急いで警察署まで戻った。そしてその頃には海凪と象蛾男との決着はついていた。
『なに? そうなのか?』
「警察は元からあの場所から撤退するつもりだったんだろうさ。だから海凪の安い挑発にも乗った。異七木警察は、おそらく自分たちが関わった悪事の証拠となる資料を処分したか、どこかへ移したはずだ」
『なるほど……けれど不知、元から奴らが撤退するつもりだったというのは何が根拠なんだ?』
「アレだ」
ナイトメア・メルターがそう言って指を刺したその先には、銃で武装した男達がいた。軍人という出で立ちではなく、特殊部隊、機動隊といった格好で、数は100名前後、その最前列を大股で歩く男がなにやら指示を出しているようだった。
「あれは多分……異七木特殊状況下警備隊、通称異特隊だ。数日前に魔力ネットで話題なってたから少し調べたんだ。どうも異七木警察署に対して非難声明を出したみたいでな、異七木警察署と敵対してるんじゃないかという噂があった」
『ほう? ならあれは、異七木警察署への進軍中というわけか。どこかしらで事前に襲撃を察知した異七木警察署の連中は、巣穴を捨てて新天地へ』
「巣穴、それはそうかもな。あれでは最早真っ当な組織とは言えなかったし……だが奴らが署へ攻め込むとなると少しマズイな……署内にはまだ先輩と海凪がいる。先輩は証拠集めのために漁っているだろうからこれに気づかないだろう。仕方ない……そこら辺は戦闘で役に立てなかった俺がどうにかするとしよう」
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