第9話 虹色の悪魔


 とある古びた奇妙な骨董屋の奥の方で、腰の曲がった老婆が、水晶に手を当てブツブツ呪文を唱えていた。


 水晶は、ピンクに輝きそして薄紫色とあらゆる色へめまぐるしく変化していった。

 ドアのベルがチリチリ鳴ると、16から17位の少女が入ってきた。



「あら、今日はいつにも増して上機嫌で…」

物越しの良さそうなその少女は、緑のゴスロリの膝上丈のドレスを着て、髪を後ろで編んでいた。

「あなたが、他者に興味を持つのは珍しいですね。いつもなら、実験に使って煮るなり焼くなりしてなぶり殺し、魂を吸収するのがオチじゃなくって?」

 少女は、微笑みながら落ち着いた口調で話しを続けた。

 少女は、見た目の割には表情や言動が異様に大人びており、万物を知り尽くし経験してきたかのような余裕が感じられた。

 彼女からは、少女らしいあどけなさや無邪気さ、不安定さは微塵も感じられず、見た目の割に異様に達観している感じで奇妙な雰囲気がある。

「ああ。エルマ、今回の件は、レア中のレアさ。」

老婆は、ニタリと不気味に嗤うと手を大きく揺らした。すると、水晶が虹色に輝き老婆は若い女性へと姿を変えた。

「アバドンが、そこまで興味を持つだなんて…さぞかし美味しそうな魂の持ち主なんでしょうね。」

エルマは、アバドンが変貌したのを見慣れたかのように表情1つも変えずに柔和な表情を保っている。

「ああ。涎が滴る程さ。私はね、観測が好きなんだよ。人のね、弱い心や醜い心、不安や混沌、絶望が垣間見えるからさ。能力や容姿で醜い感情を増幅させるのはナンセンスだね。人間ってのは、誰もが平等に無力で非力で弱く、そして脆い。」

アバドンは、愉快とばかりにニタリと不気味にほくそ笑んだ。

「本当に、そう思いますわ。実に同意です。」

エルマは、眉をハの字にさせわざとらしく憐れみの表情を浮かべた。

「ああ。私は、早くその子に合ってみたいね。」

アバドンは、目を糸のように細めケタケタ嗤うと今度は姿を少年に変えた。




 昨日は、ブリギットの様子は明らかにおかしかった。

 彼女は、授業中もずっと上の空で全身から気が抜けて思考が停止し鉛のように動きが鈍かった。

 とりわけ、数学と言語学は彼女の得意科目なのだが、小テストではミスを多発していた。共にいつも10点満点中8点以上はコンスタントに取れていたのに、昨日のテストは、数学が6点で言語学は7点だった。


 朝起きたら、ブリギットの姿はそこにはなくいつも以上にベットは整理されており、教科書やノートは綺麗に揃えられていた。


 セイラは、ブリギットを励まそうと言葉を考えたが、今の彼女にはそれは逆効果のような気がして何言ったら良いのか思いつかないでいた。


 とりあえず、同室のエリカに昨日見てもらった占いの状態を聞く事にした。

「ねぇ、エリカ、占い受けてどう感じた?気分が安らいだとか、将来に対する不安が無くなったとか…」

「そうね…不安が無くなったかな…」

「不安…?具体的に、どんな感じ…?」

「ええ、全ての気が綺麗に浄化されて心が洗われたわ。そして、パワーが溢れて…あ…」

エリカも、途中でブリギットの事を思いついたのか、ハッとし口を閉ざし俯いた。

「ねぇ、エリカは占い信じるの?」

「う…ん、分からない…昨日は、私たまたま緊張して思考が不安定だったから、たまたま私がそうだっただけだかし…」

「ありがとう…そうしたら、ブリギットは、たまたま合わなかっただけだよね。」

「私もそう思うよ。」



 

 その日の午前は、飛行術である。

ブリギットの姿は、何処にもなく学校中を探し回っても見つからなかった。

「何処に、行っちゃったんだろ‥」

セイラは、困り果て深いため息をついた。昨日のあの件以来、ブリギットの声はか細く、限度額は枯れ木のように脆い状態であった。



 今日の午前は、飛行術から始まった。

「はい、今日は箒に乗って目的のコースまで飛ぶ訓練をします。今から、私が掲示するコースに沿って飛びます。ドラゴンやゴブリンの棲家は、決して荒らさないように。危険なので、決して勝手な真似はしないように。」

マーガレットは、いつもながらに声を張り上げペラペラ上機嫌で喋る。時折、セイラをガン見しておりあの時、以来ずっとマークしているようだった。

生徒は、箒に乗って先生の後を追う。

「では、私の後に続いて…」

先生が言い終わるや否や、突然ルーナが腕時計を確認しながらソワソワし始めた。

 そして、いきなりスピードを上げて上昇した。


「ルーナさん!」

マーガレットが険しい表示をしルーナを呼び止める。

「ごめんなさい、先生…」

ルーナは、如何にも申し訳ないとばかりの表情をわざとらしくし、箒を弾丸のように飛ばした。

 

セイラは、ルーナのこの様子を見ると、直感で何やら嫌な予感がした。昔、母が亡くなる時に感じた何処となく気持ちの悪い違和感がしたのだ。


セイラは、箒を強く握りしめスピードを上げた。


「こら、セイラさん!」

背後で、マーガレットの金切声声が聞こえてきた。


 二人の箒は、一瞬で森を抜け丘を超え渓谷まで差し掛かった。


 しばらく飛ばすと、強風が吹き荒れ、二人の箒はぐらついだ。不安定に吹き荒れる風は冷たく、セイラの全身に刃物のように突き刺さる。



「ちょっと、そこのあなた達、待ちなさい!」

先生は、声を荒らげると二人の後を追う。


 二人は、隼のようにスピードを加速させぐんぐん前へと箒を飛ば上昇させた。

ルーナの様子は、明らかにおかしかった。

長い渓谷の間を通ると、風は益々勢いよく吹き荒れる。



 二人の箒は、不規則な弧を描き大きくグラつく。ぐらついた拍子に、ルーナの胸ポケットの中から石が零れ落ちようとした。

 ルーナは、慌てて石を拾いに下降しキャッチする。

 セイラは、この虹色に輝く奇妙な石を見ると、ハッと思い出した。


ーこれって、魔王石…確か、基礎魔法学で聞いたような…

「ルーナ、待って、それ、何処で拾ったの?」

「は?別にあんたには関係ないでしょ。純血じゃないんだから、ロクに使いこなせないわよ。」

「使いこなせないのは、ルーナも一緒でしょ?知ってるよね?魔王石に触れるのはら禁止されてるって。私達のような魔力が未熟で不安定な魔女には、危険だって事を…」

 魔王石とは、魔力を増強させる不思議な石だ。それに向かって呪文を唱えると、願いが叶った、または亡くした夫が蘇ったと、囁かれている。


ーそれは、噂のうちに過ぎない。


 しかし、扱い次第によっては使役者の精神をじわじわと蝕むと言われている。

 マリアナ魔女学園では、生徒は誰も触れる事は許可されてなく、それどころか先生ですら一部の者しか許されてない。

 そんな危険な石を、ましてや一年生が持ち出すことは、決して赦されるものではないのだ。


「その石、何に使うの?馬鹿な真似は止めて。私達の魔力じゃ危険なんだよ?最悪、灰になるって事を知ってるでしょ?」

セイラは、早口でルーナをしきりに説得する。

「じゃあ、どうしろっていうの?ここから落としたら下にいるドラゴンの子供達に被害が起きるかもよ。」

ルーナは、得意げになって下に石を落とす仕草をする。

セイラは、下を見るとハッとした。


 そこは、ドラゴンの棲家だ。あの時、ブリギットと見たドラゴンのコロニーがそこにある。

 セイラは、唾を飲み込むと強く首を横に振った。

「違う…」

「魔術を使うと言うの…?分解魔法で石を破壊したららあなたの身体に危険が及ぶわよ。」

ルーナは、ツンケンしながら石をポケットにしまうと再び箒を飛ばした。

「今すぐ、元あった場所に戻して。いや、その前に先生に事情を話そ?今なら、まだ間に合うから…」

セイラは、声が枯れそうになりながらもしきりにルーナを呼び止めた。


 ルーナの背中を追うが、彼女の箒は弾丸の用にスピードを上げてたちまち点になった。

「まずい…魔王石の力が効いてるんだ…」

セイラは、その光景を見ると顔面蒼白になり全身の力が重く抜けていき、スピードは落ちた。

「セイラさん…」

背後から、先生の呼ぶ声が聞こえた。


「何なんですか?ルールを破るだなんて…この辺りは、ドラゴンやゴブリン、その他魔界生物が棲息していて一年生が付き添いなしに単独で行動するのは、許されません。ルーナは、あの娘は何処に行ったのですか?」

「先生、ルーナが石を、魔王石を持ってました。」

「え!?魔王石?嘘も休み休みにしなさい。魔王石だなんて、伝説の代物です。この辺りに、何百年もそんなものはないでしょう…」

「けど、私、見たんです。長さ10センチ程の卵型をした虹色の石なんです。奇妙な虹色の光も発してました。アレを見た時、眩しくて目がチクチクしました。あと、ルーナの箒がスピード上げて消えてしまいました。ルーナは、何やら思い詰めて焦っているような感じがしました。」

先生の顔は、急に濁り始めた。

「いいですか?あなたは、幻を見たのです。今後、その幻石の事は一切思い出さないように…」

先生は、幻という言葉を強調して話した。彼女は、何か思ったのか深刻そうに顔を軽く歪めていたのが見えた。








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