第10話 深淵のパンドラ ①


 魔法学校では、あの魔王石とルーナについて議論が行われていた。


 コンサートホールのような広さの円形ホールでは、厳つい顔つきの先生達が顔を歪ませ、酷く困惑していた。


「全く…この学校に、魔王石を持出す生徒が…しかも一年生とは…」

「ええ、ホントに。」

「ああ、何てことでしょう。しかも、よりによって校長が不在で手薄になっていたのが狙われただなんて…」


 皆、思い思いに嘆いており深い憤りを隠せないでいた。


 魔王石は、闇の魔力に関係する重要な石なのだ。500年ほどの長きに渡り、その石は封印されてきた。それ故に手薄になってしまっていたのだ。


 しかも、校長が魔法界の重要な会議で席を空けていたタイミングでだ。


 この石は、特に例の蘇りし13人の魔女の手に渡れば厄介である。魔法界どころか人間をも混乱に陥る恐れがある。皆、石か植物にされかねないー。世界が深遠に染まってしまうー。






「ブリギット!」


セイラが廊下を歩いていると、奥の暗がりの中からブリギットが歩いてきたのが見えた。

「ごめんなさい…心配かけてしまって…」

ブリギットは、申し訳無さそうにしおれて涙を流していた。

「心配してたんだよ、よかった…」

セイラは、ホッとするとブリギットの肩を軽くたたいた。

「ホントに、ホントに、ごめんなさい…」

ブリギットは、大粒の涙を流した。



ーどうして、いつも私だけこんなに弱いのだろう…


ーどうして、いつも私だけこんなに魔女の才能がないのだろう…


 いつもいつもその事ばかりで、ブリギットの脳は支配されていた。


 

 ふと、彼女の影が、微かに揺れていた。




 1時限目は、基礎呪文学だった。

 この日、ブリギットの調子は良かった。


 基礎呪文学はブリギットの一番の苦手分野だったが、

人が変わったかのように調子が良かった。

 いつもの彼女は瞳が暗めで虚ろでいたが、この日は瞳が輝いており、堂々と呪文を唱え自在に杖を振るっていた。

「ブリギット、どうしたの?絶好調じゃない?」

セイラは、目を皿のように丸くさせブリギットを見つめている。

「私、全身に力がみなぎるの。なんか、楽しくなってきちゃった。」

ブリギットは、机の上のペンやテキスト、ノートを宙に浮かせ、また、風や炎を出現させて自在に操り周りを驚かせていた。

 彼女の表情は明るく水を得た魚のように華やかであった。

 彼女の足元の影が、不安定にゆらゆら揺れていた。小刻みに揺れ大きく円を描きそしてグニャリと蛇のような形をしている。

 その影は、次第に人の形に変化していき、ニタリと不気味にほくそ笑んだ老婆の姿になった。





 深い深い森の中を、ルーナは無我夢中で歩き続けている。

ソワソワ辺りを伺いながら、

歩く。


 辺りの木々は、不気味にざわめいており所々に人の形のような奇妙な木々が、生えていた。

その木々は、パニックになり走ったような人や顔を歪ませしゃがみ込む人、倒れ込んだ人などのような形を成していた。


 ルーナは、初めは軽い違和感しかしなかったが、直感でそれは魔法にかかって樹木にされてしまった人なのではないかと、思えるようになった。



 ルーナは、恐怖で悲鳴が出そうになったがゴクリと唾を飲み込み、平然を装いながら歩いていった。


 しばらく歩くと、古びた奇妙な丸太小屋がポツリとあった。

ルーナは、恐る恐るドアをノックした。


 すると、中からエルマが顔を出した。


「あら、早かったのですね?」

エルマは、温和そうな表情でルーナを出迎えた。

「も、持って来た…これで、良いでしょ?」

ルーナは、ガクガク震えながら、胸ポケットから魔王石を取り出しエルマに渡した。


 ルーナは、知っていた。今、目の前に居るのは危険人物だということを。


彼女は温和そうな表情をしているものの、内面は冷酷で狡猾で残忍なのだ。


 サイコパスという言葉があるが、彼女の特徴からそれがぴったり当てはまる。


ー優しく人当たりは良さそうだが、利己的で人の心を巧みに利用するー。


 そして、何より魔力が強大である。重く呼吸が苦しいー。

鉛のようなもの、否、膨大な毒のような物が彼女につまっているかのような感じを覚えた。

 もしかしたら、自分は既に毒に侵食されているのだろうかと、ルーナはカタカタ震えた。


「魔女裁判…私達は長年苦しめられてきました。これで、ようやく復讐が果たせるー。」

エルマは、目を閉じ胸に手を当てた。

 ルーナは、禍々しく毒毒しい魔力から彼女が例の13人の魔女の1人だと悟った。

しかし、それは知られないように平然を装おった。

「は、?あなた、正気なの?人にされて嫌なこと平気でするんだ…魔女裁判の仕返しだか知らないけど、私は無関係よ。これ以上、酷い事するなら、パパに言いつけてやるわよ…」

ルーナは、声をあげると虚勢を張った。

今は、これが一杯一杯なのだ。

「あら、それはあなたも同じじゃなくて…今までの愚行は、沢山見てきましたよ。」

エルマは、意地悪げに微笑む。

そして、手を叩くと地面の板を割り何やら植物がニョキニョキ出現した。

「違う!私は、罰を与えたの!純血じゃない身分も高くないヒョっ娘達に戒めとして…」

ルーナは、逃げようとするも身体の自由が効かずにいた。植物は、茨のようになっていて先に棘が生えていた。

ルーナは抵抗しようとするも、虚しく茨に全身を拘束されぐるぐる身体を固定されてしまった。

「おや、どうやらあなたは嘘をついてますね?では、この調子であと2つのの魔王石の在処を…」

「だめよ…」

 ルーナは、息絶え絶えに声を強める。

茨の締め付けは、益々強くなりルーナは悲鳴を上げた。

「でも、私はこれから貴女の口が裂けても、聞かせてもらうわけですから…」

エルマは微笑みなが、ルーナをじっと見つめていた。

「嫌…」

ルーナは、恐怖で戦慄し兎のように丸くなり何もできずにいた。


 再び、ぼこぼこと床に亀裂が入り何かが突き抜けた。


 そして、次々と土型の人形が出現したのだった。


「では、教えてもらいましょうか…もう二つの石の在処を…」

エルマは、天使のような暖かな笑みを浮かべた。


 しかし、その笑みの内に秘められている異質で不気味で邪悪な魔力をルーナは感じ取った。


 それは、天使の仮面を被った禍々しい悪魔ーサタンのようである。

 

 その強い違和感から、ルーナは益々ガクガク強く震えた。

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