第21話 祈りの力

これは、遙か昔の話。


とある、深い霧の濃い谷底で、僧侶とドラゴンが共存している秘密の集落があった。


そこでは、僧侶とドラゴンが、お互いに知恵を授け合い共に助け合って生きてきた。


齢13位の少女が、負傷した子ドラゴンを抱き抱え坂道を登っていった。


「あ、ブリギッドお姉様、こんな所に…ドラゴン、怖くないのですか?」

齢10歳位の少女が、坂の上から手を振った。

「ううん、全然。」

「お姉様は、良いですよね…あらゆる生き物と意思疎通出来て、仲良く出来て…私は、ドラゴンだけは、怖くて無理。巨大だし、獰猛で、炎を吐き出し襲ってくるから。」

少女は、無邪気に口を3角に尖らせ駆け下りてくる。

「それはね、人側の勘違いなのよ。リコ。ドラゴンは、本来は静かで優しい生き物なのよ。人が何もしてこなければ、彼らは何もしない。人が友好的に振る舞えば、向こうもそれに応えてくれるの。」

「そうなの…?私も、なれるかな?」

「大丈夫。少しずつ慣れていこう。」

「分かった。やってみる。」

「この子はね、生後直ぐに親を亡くした子なの。攻撃的だけど、臆病なのよ。」

ブリギッドは、子ドラゴンの頭部を優しく撫でた。子ドラゴンは、ぶるぶる震えて縮こまっている。

「この、「人」とは、魔法使いや魔女のことですか?」

少女の質問に、ブリギッドは急にかおを曇らせた。この瞳の奥には、哀しみと絶望、怒りが複雑に入り交じっているようだった。

「そうなんですね?私、魔法使いや魔女の類は嫌いなんですよ。メイだって、あの件が無ければ殺されずに済んだのに。」

リコの心は、憎悪で一杯だった。魔法使いや魔女に対して、強い怒りの感情が、眼光に滲み出ていた。


しばらく、重い沈黙が流れた。

「そろそろ、帰りましょう。この子の傷の手当をしなくては。」

ブリギッドは、沈黙を破ると急斜面をひたすら登った。

「あの樹木の所ですね。」

リコも、その後に続いた。



深い霧の谷を抜け、長い長い坂道を登ると、そこにエメラルドに透き通った巨大は泉がある。その泉の傍には、天に届きそうな位高い、樹齢1500年位の大樹がそびえていた。


その樹は、神聖な樹であり神秘な力を宿していると言われている。この村に暮らしているドル・イドの一族が、代々大事に管理しているのだ。


その樹の傍で、白髪で長い髭、ブカブカの緑のローブを纏った導師が、座り何やら呪文のようなものを唱えていた。



「爺様、この子が…」

ブリギッドは、負傷したドラゴンの子供を抱き抱えると、導師に見せた。


導師は、その子を抱き抱えると負傷した箇所に手のひらを当てた。

「天におわします、大地の精霊よ、今ここに、我らを護りたまえ。イル・バン・アソカ・タクラ・バン」

ドラゴンの胸元の血は、みるみる無くなっていきまるで、逆再生したかのように、元の傷ひとつない綺麗な状態になった。

「爺様、ありがとう。」

「これは、何の力なんですか?」

少女は、不思議そうに導師の右手を見ている。深く皺が刻まれたその分厚い手には、長い苦労と知識が詰まっているようだ。

「これは、祈りの力だよ。天に祈り自然と対話し、治癒していくのだ。」

老人は、低く渋い声で優しく語り始めた。

「凄い!私も、出来るようになるかしら?」

リコは、無邪気に声を弾ませた。導師の不思議な力に目を爛々と輝かせている。

「そうだな。それには、長い長い鍛錬が必要になる。今のお前には、まだ早いがな。」

導師は、皺の刻まれたゴツゴツした手でリコの頭を優しく撫でた。

「爺様、今日もまた、この木と対話してたんですか?」

ブリギッドは、ドラゴンを受け取ると優しく頭を撫でた。さっきまで怯えたドラゴンは、すやすや安眠している。きっと、幸せな夢を見ているのだろう。

「ああ。ブリギッド。樹木と対話し、近況を話し合っていたところだよ。」

導師は、杖を携え閉じていた眼をゆっくり開いた。

彼の瞳には、あらゆる真理が万物の法則が映っているかのように見えた。

「爺様、このオークの樹は、我々一族にとって重要な木なんですよね?だから、爺様はこの樹を長年ずっと大事に管理している。この樹のお陰で、我々は災いから護られ恩恵を受けている。」

「ブリギッド、君は聡明で勘が良いな。」


「ねぇ、爺様、この樹で、爺様の力で亡くなった人も蘇らせる?メイちゃんを…」

リコは、導師の向かいに座ると眼をうるうるさせた。

「いいや、それは、禁忌だ。死者を甦らせるとは、自然の摂理に逆らうことなのだよ。生命は、生まれて亡くなる。みんな、それぞれ寿命というのがあり、決められているのだ。その決められた人生の中で、色んな知識や経験を得て、生きる喜びを得て成長するのだ。人生は、区切りがあるから、尊い物なんじゃよ。過去に蘇えった死者がいたが、凶暴になり、蘇らせたものを食い殺したと、言われている。それくらい、危険なんだよ。」

「そうなんだ…じゃあ、メイちゃんは…」

「大丈夫だよ。メイは、空でお前をずっと見守ってくれている。お前が悲しんだら、不安で、安心して成仏出来ない。あの子を解放してあげることも大事なのだよ。」


「爺様は、爺様は、悔しくないの?仲間やドラゴンが奴等にこんなに無惨に殺されていくのを…」


「そりゃあ、儂だって、辛いさ。だが、憎しむという気持ちは危険なんだよ。憎しみは、己の心を喰い殺し破滅へと導く。我々は、我々しかない与えられた使命と力で、物事を解決に導いていくしかない。」


大樹の葉は、風に煽られザワザワ揺れる。メイは、頬に涙を流し、ゆっくりうなずいた。


「自然に祈るんじゃ。」

導師は、優しく渋く深みのある声で沈黙を破った。

「自然に?」

「この樹は、森羅万象に精通してる。世界の真理を見抜くと言われている樹なんじゃよ。知恵と勇気をさずけてくれるのじゃ。物事を正しい方向に思考を働かせ、判断するのだ。そして、生命の循環を促す。生まれ変わりの樹とも言われているのじゃ。疲労や傷を、病をも癒し、生命エネルギーを強化してくれるのだ。我々にある、特別な力もこの樹のお陰なのだよ。だから、我々は、祈りの力で知恵を持って物事の真理を見抜き正しい方向に導くのだ。」

「そうか、魔力が使えるのもこの樹のお陰なんですね…」

「そうだよ。ブリギッド。ただし、この力は正しい方向に持っていかないと意味が無い。」

「正しい方向に?」

「ああ。過去に、災いをもたらし滅んだ者たちは、己の力を過信し傲慢に振る舞い、負の感情を増幅させ、破滅した。我々は、特別な力があるが、この力は、神様からのメッセージが込められているのだ。決して驕り高ぶらず、謙虚に与えられた役割を皆の幸せの為に使うのだよ。」


「「はい、爺様。」」



心地よい風が流れ、時は平和にゆっくり流れていく。






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